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コイヒメサクヤ  作者: 夜斗
第三章
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23/25

第二十二話

「綺麗……ですね」


 遊園地中央メインストリートを往くナイトパレードの光が、夜の帳に花開き幻想的な光景を創り出す。

そこに人々の笑顔や歓声が加わって、眺めているだけでその幸せや感動がこちらにも伝わってくるような気がする。

 桜夜はそれをぼんやりと見つめながら、小さく溜息を吐いた。


「……」

「とてもパレードを見ているヒトとは思えないような顔、してるね」

「あ……橋那ちゃん」


 そんな温かな輝きに照らしだされた桜夜の顔は、それらとは反対に暗く陰鬱に染まっていて、今すぐにでも泣きだしてしまいそうな顔をしていた。


「君の役目は果たされた。再び繋がった二人の縁は間もなく結ばれると思うよ」

「そう……ですよね。うん、私頑張りましたよね。お仕事も無事成功して、司君も忍ちゃんも幸せに……なって……」


 本来結ばれていた縁を桜夜の手によって取り戻し、そして二人の間柄は正常に戻る。

 忍の本来の気持ちも司に届いたはずだし、今まで頑なに人との関わりを断っていた彼の交友関係も徐々に広がっていくだろう。

 それはとても幸せなことであり、祝福されるべきこと。

 それなのに、約一名だけそれを素直に喜んでいいのか分からないヒトがいる。


「……さて、と。ボクはそろそろ行くよ。こっちも仕事があるし、君のことを知らせに戻る必要もあるし」

「橋那ちゃん、私の監視員さんだったんですね」

「別に隠してたってわけじゃないけど、仕事のついでに頼まれてたんだ」

「そう……ですか」


 何となくそんな気はしていたが、今の桜夜にとっては取るに足らないような瑣末なことだった。

 念願である、司と忍の二人の縁を結び付けた。

 別に、そのことに対して不満を抱いているというわけではない。

 むしろ自分がやるべき責務を果たし胸を張ったっていいはずなのに。

 心の端っこが、チリチリと痛む感覚に蝕まれている。


「……納得いかないかい?」

「そんなことはないんです! そんな、こと……」


 そうやって言葉にすればするほど、自分の本心なのかどうか分からなくなっていく。

 自分は納得できていないのだろうか?

 本当は、心のどこかで二人の関係が壊れたままでいいと思っているのだろうか?

 あわよくば……なんて、考えてしまっているのだろうか。


「あ……はは、あはは~。自分でも、ちょっと分かんなくなっちゃいました……ダメですね、私」


 震えている彼女の声。

 乾いた笑い声と、瞳に湛えた今にもこぼれ落ちてしまいそうな大粒の涙。


「……ボクには、そういう色恋沙汰ってのはよく分からないけど」


 彼女の元から去る前、橋那は一つだけ桜夜に言葉を贈ることにした。


「少なくとも、自分の気持ちをずっと心の中に仕舞ってたら苦しいんじゃないかな。だから、君も告白するべきだと思うよ」

「告白って……誰にです?」

「……あとは彼に任せるとする。じゃあ、またね」


 桜夜を慰めるには自分では役不足だと橋那は重々承知していた。

 そして、渡りに船とも言うべきタイミングで現れた彼に後のことを勝手に任せ、橋那は鉄柵の上から颯爽と空へと跳ぶ。


「へ? あのちょっと橋那ちゃん何処に――」

「……やっぱり、居たんだな」

「は……? あ、ぅわッ!? つつ、司君?!」


 突然展望スペースに現れた司に驚き奇声を上げた桜夜に、彼は冷やかで訝しげな視線を送ると呆れたような溜息を吐く。


「何となく、居るような気がしてたんだ。最初は気のせいかと思ってたんだけど……」

「あー……ははは。えーっと、ほら、そもそも私はこのデートの企画の原案者なんですし、お二人の様子とか、それとなく気になっちゃったりしますから」

「……まぁ、別にそれはいいんだけどさ」


 司はゆっくりと桜夜の隣に、ちょうど人一人分の空白を空けて隣に並ぶ。ちょっと寂しいとは思いつつも、桜夜はパレードを見下ろす彼の横顔をそれとなく見つめていた。


「忍ちゃんほったらかしにしてて、いいんですか?」

「一応断りはいれてるから少しぐらいはいいはず。……それよりも」


 不意に司の顔が桜夜の方に向き直り、知れず桜夜の胸がドキッと小さく跳ねる。

真摯で、それでいて少し躊躇いを残したような真面目な顔。

今まで一度だって見たことのない表情だった。


「聞きたいことがある、いいか?」

「は……は、はい。何でも、どうぞ」


 緊張で思わずぎこちない返答を告げてしまったが、今になって聞きたいこととは何だろうか。

 固唾を呑んで言葉を待つ桜夜に、司は唇を動かした。


「俺と会った時、お前は確かこう言ったよな。俺の“失われた”縁を直すのが使命だって」

「はい。……えと、それが何か?」

「その原因は、俺が小さい頃に遭った“事件”だって言ってたよな」

「……はい」

「実は……さ。最初は黙ってたけど、思い当たる節があったんだよ。それって確証はないけど」


 桜夜は何も言わず、そのまま司を見据えたまま次の言葉を待つ。

 無意識のうちに、桜夜の胸が早鐘を打ち出していた。


「小学一年の時、ちょうど俺の引っ越しが決まる少し前。俺と仲が良かった友達の三人で神社で遊んでた時の話。おにごっこだったか、かくれんぼだったか、まぁ何で遊んでたのかまではちょっと思い出せないんだけど、学校が終わってから日が暮れるまで三人でずっと遊んでたんだ。

 ……でさ、家に帰る直前に、最初で最後の大喧嘩が勃発したんだ」

「大喧嘩、ですか」


 懐かしげに遠くを見つめる司の表情は、まるで視線の先に当時の情景が浮かんでいるかのように穏やかなものだった。

悪い思い出、と今は思っていないらしい。

桜夜はそれを見て、ほんの僅かに救われたような心地で彼の言葉に耳を傾けていた。


「どうして、大喧嘩なんてしたんです? 司君、何か悪いコトでもしましたか?」

「別に俺が直接的な原因じゃ……あぁいや、俺も俺で原因のひとつか……」


 恥ずかしそうに頬をかきながら、司は適当な言葉を拾い集めるように言葉を継いでいく。


「その……俺の友達ってのが女の子二人だったんだ。一人は同い年、もう一人は二つ年上の。年上の方は昔っからクールというか、ちょっと大人びてたからあんまり怒ったり泣いたりだとかはしなかったんだけどさ、問題はもう一人の、同い年の子の方」


 微笑を浮かべた司の視線が、何となくこっちを見ているような気がして桜夜の頬が熱を帯びる。

 見つめられた恥ずかしさと、これまた別の恥ずかしさ故。


「やたら元気で、思い返してみれば結構ませた(、、、)性格の子でさ。年上の子も手を焼いてて、俺も振り回されっぱなしだった。何かと高いトコロに行きたがるし、並んで歩こうとすれば先頭か、何故か俺の真横を歩きたがったりだとか」


 例を挙げたらキリがない、とでも言いたげに肩をすくめる司。

 桜夜は桜夜で、耳が痛いやら胸の奥がこそばゆいやら様々な衝動が全身を駆けまわっていた。


「……その子がな、帰り際にこんな質問を俺にしたんだよ。将来――」

「結婚するなら、私と忍ちゃんどっちと結婚する――ですか?」


 自分が今まさに口にしようとした言葉が桜夜に先を越され驚きに目を見開く。

 そして、それと同時に司の瞳に確信という名の小さな光が宿った。


「縁結びの神様らしいし、知ってて当然か。そう、結婚するなら自分と忍どっちにするかって言われたんだ。何でそんな質問を、何であの瞬間にされたのかは分からないけど……その時、初めて忍が声を荒げたんだ」


 とっくの昔から桜夜は知っている。

 司は質問を投げかけられ、困惑と緊張の板挟みに駆られうっすらと涙を浮かべて。

 そして、それに気付いた忍が二人の前で初めて激昂した。


「あの時の俺は……まぁ、結婚の意味もサッパリ理解してなかったし、何を基準に二人の中から一人を選ばなきゃいけないのか、選ばないと何されるのかって不安でいっぱいでさ。結局答えられなくて、終いには責められたと勘違いして泣きだす始末。その途端に忍が本気でキレて……」


 桜夜は、忍から思い切り怒鳴られた。

 司を困らせて泣かしたこと、そんな突拍子もない質問をしたこと、彼女の言葉一つ一つがとても鋭い棘のように桜夜の心に突き刺さって、それでも意地を張った桜夜は猛反論した。


「別に困らせるつもりはなかったって。泣かせるつもりはなかったって。二人とも一歩も引かないで喧嘩はますますヒートアップして……俺は、ほとんど何も出来なかったけど」


 泣き止まぬ司を前に、大喧嘩を繰り広げる二人。

 途中からほとんど小さな罵詈雑言の投げ合いだったのだが、その喧嘩に終止符を打つある言葉が彼女の口から飛び出した時、三人の関係に亀裂が走った。


「喧嘩の途中でその子が叫んだんだ。もう“絶交”だって。その瞬間、俺も忍も黙りこくっちゃってさ、どうしていいか分からなくなったんだ。絶交なんて言葉自体は他の友達が言ったりするのを聞いてたから何となく意味合い自体は分かってた。でも、まさか自分たちが言われるとは思わなくってさ……」


 放心する司と忍の顔を、桜夜はよく覚えている。

 咄嗟の激情に任せ叫んだその結果、自分でも予期せぬ事態を巻き起こしてしまった。

 たったその一言が、文字通り三人の関係を断ってしまったのだ。


「そこからなんだ。まるで坂道を転がり落ちるみたいに事態は急変した。俺の両親が知らない間に引っ越しの話を進めてて、喧嘩して帰ってきた次の日には引っ越すことになってた。学校も、先生に軽く顔を出しただけでほとんどお別れの挨拶なんて出来なかった。もちろん、その子にも忍にもだ」


 教室にポカンと空いた小さな机の虚しさに、桜夜の胸は強く締めつけられた。

 忍にもいち早く声を掛けようと思ったのだが、絶交と叫んだ手前簡単に顔を出すわけにもいかず、そしてまた桜夜もある理由が原因で転校を余儀なくされることとなっていた。


「忍から聞いたんだけど、その子も……俺が引っ越した数日後には遠くに引っ越しちゃってたらしい。連絡を取ろうにもメールも何も無かった時代だし、そもそも連絡先を伝える暇もなかったしな。忍はそれから上手くやってたみたいだけど、俺は別の学校でまぁ……な」


 自虐するような司の言葉に、桜夜は無意識のうちに両手を指の爪が喰い込むほど強く握りしめていた。

 自分が全ての元凶。

 あの時、司に興味を持たなければ。

 声を掛けなければ。

 無意味な質問をしなければ。

 後悔ばかりが胸の奥に積もり重なって、重く重く桜夜の心に圧し掛かる。


「お前の言ってた幼少期の事件ってのは、これのことだよな」

「……そうです。そして、その事件のきっかけの女の子は……」

「お前……なんじゃないか?」

「……え……ッ!?」


 後悔に苛まれる桜夜に、司は思いもよらない言葉を口にした。

 彼の優しげな瞳に、からかいや冗談を含む色は見受けられない。


「……最初から、色々と引っ掛かってたんだ。お前と会った時も、忍のことや俺との関係を知ってたり、やけに俺と忍を組み合わせようとしたり……」

「あー……あ、あっははは……」


 そりゃそうか、と桜夜は完全に脱力した笑みを浮かべる。

 いくら縁が切れていようとも、ここまであからさまでは気付かれてしまうのも無理はなかったのだ。

 ただ、と司は不意に表情を変えた。


「一つだけ、納得のいかないことがある」

「なん……ですか?」

「どうして、お前のことを忘れてたんだろうな……俺の数少ない、大事な……友達だってのに。忍は覚えてて、お前を忘れてたってのは……」

「それは……」


 偶然とはいえ、桜夜が招いてしまった結果。

 そしてそれは、皮肉にも桜夜が今こうして縁結びの神として立っている由縁でもあった。


「全部、私の所為……なんです」

「……どういう意味だ?」


 訥々と、桜夜は自らの罪を懺悔するかのように司に語りだす。


「あの時、私が……みんなの“縁”を、切っちゃったんです。絶交だって叫んだあの瞬間、私の知らないうちに、私のチカラ(、、、)が発動してしまって……制御も何も知らなくて、私にも何が何だか分からなくて……だから、私は……」


 ほとんど嗚咽混じりになりながら、気がつけば桜夜は今までの思いの丈をぶちまけていた。


「司君と忍ちゃんが離れ離れになったのも、司君が孤独になってしまったのも、忍ちゃんが苦しんでたのも、全部全部私の所為なんです……! だからこうやって、私はあの時の責任を取るために必死に……頑張って……でも、でも本当に、一番悪いのは私で……! だから……ッ!!」

「……ごめん、別に桜夜を責めるつもりはないんだ。だから、その……泣き止んでくれ」


 司は決して、桜夜が悪いなどとは微塵も思っていない。

 ただ幼馴染と喧嘩して、別れて、こうしてまた出会えたことにむしろ感謝しているくらいだった。


「その……あんま気取った言い方は出来ないけど、桜夜は別に悪くない。別に誰が悪いとかそんなのはないって」

「でも、私があの時あんなことしなければ……」

「少なくとも、俺は忍ともう仲直りしてるんだから。残ってるのは、お前だけだ」

「私……ですか?」


 桜夜の赤く腫れた瞳に、ぼやけて微笑(わら)う司の姿が映る。


「その……色々とありがとな、桜夜。お陰で色々と救われた。忍のことも、お前のことも」

「そんな、だって私は、本当に何も」

「……そろそろ忍を待たせちゃうから行くよ。またな」


 小さく手を振りながら、司は足早に展望スペースの階段を降りて行ってしまった。

 パレードに向かう彼の姿が消えるまで見送ると、桜夜は大きく溜息を吐いた。


「はぁ~あ………………私ってば、最初っから完全敗北だったんじゃないかなぁ……」


 二人のことを気にするあまり、いつの間にか損な性格になってしまったらしい。

 悪い気はしないし、かと言えば釈然ともしないけど……

 ひとまずこれで、桜夜の使命は終了と相成った。

更新、お待たせ(?)いたしました。


いよいよ次回で最終話&あとがきとなります。

長かったような……や、長かった気が……うん、長かった。

って、まだ終わってないので最後までお付き合いいただけたら嬉しいです。


次回更新は来週のこの時間に。

では、待て次回。

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