第二十一話
楽しい時間はあっという間。
そんなコトを何処かの誰かが豪語していたのを聞いたことがあるが、ならば今自分は楽しい時間を過ごしているのかと言えば素直に肯定できないのが司だった。
「まぁ……忍は楽しそうにしてるんだけどさ」
迫りくるエイリアンを備え付けの光線銃で退治していく『スペース・ハンター』でスコアアタックに挑戦してみたり、滝を一気に滑り落ちていく『スプラッシュ・ライジング』や途中から逆走していく奇抜なジェットコースターなども踏破したり、終始笑顔の絶えない忍はこのデートを完全に満喫している様子だった。
司も、決してつまらないなどとは思っていない。
むしろ全てのアトラクションが真新しく見えるものだからソレはソレで面白いとは思っている。心の底から楽しめていないのは司の生来の性格と、それから今回のデートを企てた人物への不信感が原因である。
「アイツ、何を考えて忍とこんなことさせるんだろうな」
と、独りごちてみたがここまで来ると何となく彼女の狙いの察しはつく。
恐らく桜夜は、司と忍の関係に元に戻そうとしているのではないだろうか。
そもそも、彼女が司の前に現れた目的も“司の失くした縁を直すため”である。
幼馴染の忍をデートの相手に選んだのも、司と忍の面識を何処かで知ったか、あるいは既に知っていたからだろう。
「……うぅん」
「どうした、司?」
休憩がてらに寄り道した売店で司はコーヒーに口を付けたまま小声で唸る。忍の不思議そうな顔が目の前ににじり寄ってきても、眉根を寄せたまま小難しそうな表情で固まるばかり。
「またそんな顔をして、今度は何を考えてる?」
「……何も」
「私に知られたらまずいことか?」
「まぁ……野暮ったいことだな」
別に知られてもどうとは思わないが、先ほどのフードコートの件と同様で何もいま気にかけるような話題でも無い。彼女と出会ってからずっと引っ掛かりを感じていて、その引っ掛かりが取れそうで取れないもどかしさが延々と付きまとってくる。
それこそ無視したらいいのに、こういうモノは一度気になりだすと止まらない。取れそうで取れないカサブタのようなモノだ。
「……アトラクション、次何行くか決まった?」
司は無理やりにでも話題を反らし、少しでも頭の中から余計な考えを追いだす。今日のところはとりあえず忍とのデートを楽しむ他ないのだ。
「そうだな……絶叫系は十分回ったし、残っているモノといえば」
忍がパンフレットの地図を広げ、それを司も覗きこむ。
今いる場所からもっとも近い場所には水上版コーヒーカップとでも言うべき『リ・リウム』というアトラクションがある。外観も綺麗で思わず司も少々興味をそそられたのだが、昼を過ぎてから風が強くなってきていて水上では寒そうだと心の中で勝手に断念。
メリーゴーランドやゴーカートなどはメインゲート分まで戻る必要があってやや面倒、かつ個人的に恥ずかしくて嫌だ。この場所から近く、ある程度楽しめるモノなら司個人としては何でもいい。
「……少し冷えてきたから、何か室内系のアトラクションだといいかもな。つっても、残ってるモノといえば」
「何だ、寒さを凌ぎたいのか? ……ならうってつけのモノがあるけど」
「うってつけのアトラクション……?」
そんなアトラクション、全く見当がつかない。
そもそも暖を取るためのアトラクションなんぞあるわけないのだから、うってつけという忍の言葉にも少々疑問を抱く。
「今の時間は……四時過ぎか。ならあまり待ち時間もないだろう。すぐに乗れるんじゃないか」
「いや、何に乗る気なのかサッパリなんだが」
「もう目の前に見えてるだろう」
「………………いや、あれはちょっと」
そりゃ確かに入ってしまえば外にいるよりかは遥かに暖かそうではあるが、ぶっちゃけてしまえば司から見ればメリーゴーラウンドと同じくらいというかそれ以上に恥ずかしい。
それはある種、ジェットコースターと並ぶ遊園地のシンボル的アトラクション。
大人も子供も、一部のおねーさんおにーさんに請け合いと間違いなし。
別に嫌いではないが、この状況下では躊躇わざるを得ないソレはゆったりとした速度で回転している。
「……他のでいいんじゃないか」
「いや、最後はアレと決めていたんでな。時間的にもちょうどいい。行くぞ」
「最後って、おい! まま待て、待ってくれ。何も手を掴まなくても――! 分かったから、歩くって! 引っ張るなっての――」
※
太陽の如く輝く笑顔で見送った係員の顔を恨みがましく睨んでいた司だったが、やがて溜息と共に視線を正面に戻すと、同時にすぐに視線を右にずらした。
「何だそわそわして。司は高い所が苦手だったか?」
「別に、苦手じゃないけどさ……」
視線を僅かにずらしているのは忍が正面の席に座っているからだ。
夕日に当てられた黒髪は艶やかに輝き、ほんのりと紅色に染まった頬は普段の三割増し……いや、今まで見た忍の表情の中でダントツに綺麗だった。
(……こんなに、綺麗だったか……忍って……)
だからこそ、司は直視に堪えずチラチラと目を泳がせるので精一杯だった。
そんな司を高所に怯えてると思ったらしく、忍はくすくすと小さく微笑した。
「安心しろ、落っこちたりはしないから。ちょっと揺れはするだろうけどさ」
「……だから、ビビってないっての」
微かに揺れるゴンドラの感触に一抹の不安こそ抱くものの決して怯えているわけではない。どちらかと言えばガチガチに緊張しているといった方が司の心境的には正しい。
観覧車、それは言ってしまえば天空の密室。
踏み入ってしまえば最後、ゴンドラが一周するまで何処にも逃げる場所が無いのだ。
乗った直後の高度ならともかく、既にジェットコースターのレールよりも高い位置に来てしまうと既に飛び降りるどころの話じゃない。
“デート”の時点で多少なりと覚悟していたが、情けないことにいざとなると竦んでしまう。
「……なぁ」
ついに来たか、と生唾を飲み込む司。
予想していたよりもずっと速い忍の言葉に身構え、全身が硬直する。
「お前、まだ怒っているのか?」
「……」
真剣で、まっすぐな視線が司に突き刺さる。
神社と違って今度は逃げ場が一切ない。
視線を逆方向に反らそうが、身体を捻ろうがどうにもならないこの絶対的な距離感。
「……前にも言ったけど、別に怒ってるんじゃないんだよ」
どうにか絞り出した言葉がそれだった。
しかしこれでは説明としては中途半端どころか何も意味を成さない、ただの返答に過ぎない。
そんな言葉だけで忍が満足するわけもなく、彼女の責めるような視線が司を捉えて離さない。
「怒ってないなら……どうしてあんな態度だったんだ。十年来とはいえ、見知った幼馴染に冷たくされると、こちらとしても不服だし、それに何より…………寂しかった」
「それは、だから……え?」
弁明しようとしたその瞬間、忍の口から信じられないような言葉が飛び出したような気がして思わず司は身体を向き直らせ聞き返してしまった。
寂しかった、と聞こえたのは司の空耳でも錯覚でも何でもなかった。
「私はな……お前が転校してきたって聞いて、本当は嬉しかった」
それなのに。
「お前は私と会うなり、まるで別人みたいに、私の知らない人間みたいに冷たくするから……私は……ッ」
「ちょちょ、ちょっと忍、落ちつけって。頼むから……その、泣かないでくれよ」
ぼろぼろと、堰を切ったように溢れ零れゆく忍の涙。
服の袖で拭っても拭っても、その涙はとめどなく溢れていて。
「泣いて、ない……ッ」
「だから……あぁ、もう。これで顔拭けって」
口ではああ言ってはいるものの、泣き止むどころかむしろ状態は悪化の一途を辿ろうとしている。
焼け石に水とも思ったが、司はポケットからハンカチを取り出して忍に差し出した――その時、不意にゴンドラが突風に煽られたのかガクンと大きく揺れ動いた。
「うお、っと――ッぁ!?」
「きゃッ!?」
ただでさえ狭いゴンドラの中で足を縺れさせてしまい、右手を差し延べた勢いをそのままに忍の身体に覆いかぶさるような形になってしまう。予想外の出来事、そして予想外の急接近に司の心臓が爆音の如く早鐘を打ちまくる。
「わわッ、悪い! 直ぐに退くから――!?」
「行くなッ!!」
「へ? って、うおわぁッ!?」
司が慌てて飛び退こうとしたその矢先、突如忍は両腕を広げて司の胸に飛び込んできた。
狭いゴンドラの中でぶつかり合う二人の身体。
気がつけば、司は忍の身体を抱えながら揺れるゴンドラの天井を見上げていた。
「ば……ばば、バッカじゃねえの!? おま、こんな狭いトコで体当た……しかも、抱き、つつつ……ッ!?」
「こうでもしないと、またお前が居なくなるんじゃないかって……!」
「んなワケが……ッ!」
「あの時だって、私の前から黙って消えたじゃないか!!」
「それ……は……」
司だって、出来れば一言二言言ってから別れるべきだったと思っていた。
そもそも別れたくなどなかったのに、気がつけば子供という小さな存在では抗えきれぬ流れの中に既に飲み込まれていて、ほとんど済し崩しに事が進み何の報せも出来なかった。
司が忍を避けていた理由。
それは偏に、彼女に何の言葉も告げれずに別れてしまったことの後ろめたさだった。
忍を転校先の神在高校で見つけた時、司はもしかしたら責められるのではないかと怯えていた。
大事な幼馴染だったから、責められるのが怖かった。
大事な幼馴染だったから、ちゃんと話すべきだった。
十年来の罪悪感は司の心を延々と蝕み、恐怖し、結果としてみれば彼女を遠ざけるようにしてしまった。
「その…………えと、悪い」
「……」
忍は司の胸に顔を埋めたまま、無言のまま。
「本当は、俺だって色々言いたいコトが、あったんだけどさ……自分でも知らないうちに引っ越しの話が決まって、それから転校の手続きとかも、親が勝手にどんどん進めて……それで、結局何にも言えないまま引っ越して……だから、俺は」
忍に、謝りたかった。
「……俺は、忍こそずっと怒ってるんじゃないかって思ってた。そのことで怒られるのが嫌で、だから顔も合わせづらくて……だけど、ちゃんと謝りたいとは思ってて…………」
自分の気持ちを表に出せば出すほど、自分の情けなさが露見していく。
謝りたかったけど、出来なかった。
それこそ、あの時の自分と何ら変わりがない。
「…………色々、ごめん」
「……じゃあ、お前はもう何処にも行かないな?」
「少なくとも……勝手にどっか行くつもりはない……と思う」
「じゃあ、約束しろ」
「……分かっ」
言いかけた司の顔に、忍は右手の小指を差し出す。
「口約束だけじゃ、認めない。指を切れ」
「……お前、それだけ聞くと結構怖いんだけど」
「いいから」
半ば強引に右手を奪われ、忍の指と司の指とが絡む。
固く結んだ指先にじわりと温かな何かが触れたような気がして、司は自分でも知らず内に口元を綻ばせてしまった。
「なんだ、何が可笑しい?」
「いや、別に」
「いいか、約束だぞ。もう勝手に、絶対に、私の傍から離れるな」
「え、何時の間にそんなハナシに」
「嘘吐いたら針千本……本当に飲ませるからな」
「……おい、目がマジだぞ」
殺気じみた尋常ならざる迫力を漂わせつつ、司と忍の指がそっと離れる。
小指の先の温もりは、つい最近も経験したばかりだ。
この歳にもなって、しかもたったの数日で二度も指切りをするとは誰が予想できただろうか。
「ん、そろそろ時間だ」
「……そう、だな」
ゆっくりと氷解していく二人の距離感。
ややあって、忍が司から身を離したその瞬間――司の中で、一つの記憶が失くした色を取り戻していた。
今年最後の更新。
物語もいよいよラストスパート……あと数話でエンディングです。
次回更新については、活動報告にてご報告いたします。




