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コイヒメサクヤ  作者: 夜斗
第三章
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第二十話

 微妙に気まずい雰囲気を漂わせつつ、司と忍はアトラクション巡りを再開していく。

 デート(、、、)はまだ始まったばかり。

 数えきれないほどあるアトラクションを司達は何処まで楽しむことが出来るのだろうか。


「……少し、風が強くなってきましたね」


 すっかり普段着(、、、)に着替え終わった桜夜と橋那は中央案内所の屋根の上で再び彼らの動向を見守っていた。

高所にいる所為なのか何となく風当たりが強くなってきた気がする。亜麻色の髪が乱暴に揺れ動き、時々顔にくっ付いて鬱陶しい。


「そういえば桜夜、彼らは今日一日で結ばれるの?」

「そのために私たちがいるんです。こうやって、草葉の陰から応援するんじゃないですか」

草葉の陰(、、、、)……ね」


 本来であれば縁を切る橋那がここにいる理由はほとんどないのだが、ここまで付き合ってしまうと何となく結末まで見届けたくなってしまう。所謂、乗り掛かった船というモノ。

 しかし、いくらなんでもたかが一日のデートであの二人の距離が急接近するとは思えなかった。先刻のオバケ屋敷で同行した時、橋那はそれとなく二人を観察していたのだが、何処となく二人の間にズレがあるように思えていた。


「……えぇっと、じゃあ少しお話でもしましょうか?」


 二人の過去についてなら当事者(、、、)の桜夜の方が詳しく知っている。

 橋那は退屈しのぎのつもりで聞こうと思い手近な場所に腰を下ろした。


「小さい時は、私と忍ちゃんと司君と仲良し三人組で遊んでたんです。学校は一緒だったんですけど、忍ちゃんだけ二つ上のクラスで私は司君と同じクラスだったんですね」


 ぽつりぽつりと、桜夜は小さかった頃の自分や二人のことを思い返しながら語りだす。

 三人で一緒に遊んだこと、公園や商店街を走りまわって怒られたりしたこと、オニゴッコではいつも忍に負けていて、司には余裕勝ちしていたこと。

 時には一緒に勉強をすることもあったり、家族ぐるみで遠方に旅行に行ったこともあった。

 そして、たった一度だけの大ゲンカのこと。


「司君は優しい人ですし、年上の忍ちゃんも面倒見が良くて滅多に怒ったりもしませんでした。私も……あいや、時々癇癪起こすことはしばしば……時々…………あれ、思い返すとけっこう癇癪起こしてたような……」

「で? そんな優しい二人が怒るほどの大ゲンカって何なのさ?」

「……正確に言うと、怒ったのは私と忍ちゃんというか……あの……全部私の所為というか」

「そんなに言いにくい理由で喧嘩したってこと? 小学一年生で、人に語らうのも躊躇うような喧嘩の理由って……」


 「まさか」と橋那の表情に険が走り、不穏な色に染まるのを見た桜夜が慌てて訂正に入る。


「へ、変な理由じゃないです! 今橋那ちゃんが考えたようなことじゃ、決して、ないです!」

「……まぁ、死体埋めたりとかは小学生でも辛いか」

「そんな末恐ろしい小学生時代なんて嫌です! というか、今いったい何を想像してたんですか!?」

「それで、結局喧嘩の理由は何なんだい?」

「…………」


 ふいと橋那が見上げたその先で、何故か桜夜の頬が熟れた林檎のように真っ赤に染まっていた。今しがた叫んだからなのかとも思ったが、それだけなら別に身体をくねらせる必要はないだろう。


「その、笑ったりしませんよね? 個人的にあの、物凄く、恥ずかしい……理由なんですけど……」

「ボクが君のことを一度でも笑ったことがあったかい?」

「……あったような、なかったような」

「じゃ、どうぞ?」


 橋那の催促を受け決心がついたらしく、桜夜は一度胸に手を置いて深呼吸をしてから震える唇を動かした。


「……そ、そのですね。け……けっ、けけ……け」

「将来、君と彼女と結婚するのかを聞いて揉めたとか」

「わた、私と、忍ちゃんのどっちと結婚――ってちょっとぉ!? 何でそれ先に言っちゃうんですかぁッ!?」

「それくらいは読めるっていうか、読めてた(、、、、)っていうか……あ」


 屋根の上の端っこにうずくまり、もはや地味過ぎて誰もやらなくなった地面に「の」の字を書きながらしょぼくれ始める桜夜。何となくバツが悪くて橋那は軽い咳払いを一つ。


「ん、んんッ。それで? 彼は何て答えたんだい? ……まぁ、それで喧嘩になったってぐらいだから彼女の方を選んだんだろうけど……」

「……いいえ、司君は結局どちらとも言いませんでした。というか、私も忍ちゃんも司君も、それが原因でみんな泣いてましたから」

「泣いてた?」

「私が怒って、忍ちゃんがそれに怒って、そうやって喧嘩する私たちを見て、司君も泣きだしたんです。……それで済めば、全然良かったんですけど」


 問題はその先だった。

 二人の喧嘩のボルテージがマックスに達したあの時、桜夜にとって思いもよらぬ事態が起こった。

 ざわ、と冷たい風が吠えて二人の間に沈黙が訪れる。橋那の瞳が、遠くを見つめた。


「……それが、例の“事故”か」

「“事故”なんかじゃないです。私の我儘の所為で……だから、優しかった司君だって、忍ちゃんの本当の気持ちも――!」

「……そっか」


 止め処なく溢れだす大粒の涙を拭おうともしない桜夜を見、橋那は傍から見れば素っ気なく映るような短い言葉だけを返して明後日の方向を見やった。

 何て起伏の激しいカミサマだろう。

 宝石のような思い出を想起して頬を染めたりすることもあれば、打って変わって秋雨のように泣きだし、かと思えば無垢な子供のように笑いさえする。

 そんな起伏を少し羨ましいと思いつつ、同時に脆いなと危ぶむ。

 その脆さは、ヒトの脆さだ。


「じゃあ、泣いてるヒマはないんじゃない? あの二人、また別のアトラクションに向かったみたいだよ」

「えっ……あぁ、は、ハイ! ちょっと、待って……」


 桜夜は袖が汚れるのもお構いなしにゴシゴシと顔を拭うと、中央案内所の屋根から颯爽と飛び降りる。

 レンガで彩られた道を突き進んでいく彼女の背中を見つめながら、橋那は呟く。


「……少し、可哀想でもあるかな」


 泣いても笑っても、桜夜は自分の責務を果たそうと必死になっている。

 そんな桜夜の行動とは裏腹に、彼女の本当の気持ちはどんどん遠く届かなくなってしまう。

 他者の幸せのために、己が幸せを押し殺す。


 『健気』なんて言葉じゃ、とても足りなかった。

次のお話が今年最後の更新になるのかなぁ……

年末年始って、何だかんだ忙しくなったりするんでキライっす……


細かなお話は活動報告にて。

それでは。

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