第十九話
「まぁ……なんだ、そこそこだったな」
「どの口が言うんだ、どの口が」
片道一時間は掛かるはずの『惨劇ノ迷宮』で三十分弱という破格のクリアタイムを叩き出した司達はフードコートで昼食をとることにした。
昼時とあって相当な混み具合だったが運良く二人掛けのテーブルを見つけ着席。
メニューに目を通してみると定番なモノからデザート、和菓子やケーキバイキング、時期としてはやや怪しい流しそうめんにスナックフードなどと、普通のレストランに比べたらやや過剰とも思えるほどに充実していた。
「さて、何を食べるとしようか……ふむ」
早速気持ちを切り替えたらしい忍は十ページ越えのメニューを開く。司も司で何か頼もうと思っているのだが、何となく他のことが気になってた所為かハンバーグランチの写真が白黒に見えていた。
「……どうした? ボーっとして」
「え? いや、別に」
そんな司の生返事に忍の眉が小さく曲がる。
不機嫌、というより相手してもらえなくて拗ねた子供のような反応。それに気付く司ではなかったが。
「早く決めて、食べて、他のアトラクションを回らないと損をするぞ。せっかく遊園地まで来て、オバケ屋敷とレストランだけで満足するのか?」
「そのオバケ屋敷を半分も楽しめなかったのは誰の所為だ誰の」
「む……ぅ。さっきのコたちにも少し申し訳なかったな」
そういえばセーラー女子も学ラン男子も気が付いたらいなくなっていた。
最短記録を出した副賞としてお菓子の詰め合わせをもらったのだが、彼女たちの分を渡す前に忽然と姿を消してしまっていた。男子はともかくとして、女子の方は何となく見知った人間にそっくりだったような気もしたが……
「……ちょっと、聞いていいか」
二人が頼んだカルボナーラとミートドリアを半分ほど食べ終えてから、司は思い切って前々から引っ掛かっていた幼少の頃の話を持ち出した。
「その、変な話だけどさ。俺と忍と、もう一人誰かいなかったか?」
「……は?」
カチーン、と忍の手からフォークが滑り落ち食器と衝突、落下。
そして何故か、徐々に青ざめていく忍の表情。
「おま……おまッ、私をからかってるのか。あのオバケ屋敷には私と司と、それからあのコたちの四人で」
「あー、違う違う。ほら、小さい時の話だよ。俺が引っ越す……前の」
「なんだ……お、脅かすんじゃない……」
「脅かしてないだろ……全然」
何をどう解釈したら……いや、前置き無しに言った所為か。
「前に商店街でおばさんに言われたんだ。昔は三人仲良く遊んでたね~ってさ。俺と忍までは分かるんだけど、もう一人って居たか? 俺、全然記憶に無いんだ」
「…………うぅん、どうだったかな。何となく誰かいたような気もするし、誰もいなかったような気もする……おばさんは女の子って言ってたか?」
「え? あぁ、そう話してたけど……」
忍のその言葉に、司は口に運ぼうとしていたドリアを思わず落としかけた。
おばさんが女の子だと言っていたことをまだ話してもいないのに、忍は何故か女の子だと断定できていたらしい。
今の今まで引っ掛かっていた小さな歪みが、その瞬間急にざわっと大きく揺れ動いたかのような感触。
これはどうやら過去を真面目に思い出し、そして司自身も考えるべき必要がありそうだ。
「他に何か思い出さないか? 些細なことでも何でもいいからさ」
「……司、今日はここに何をしに来たのか忘れたか?」
「へ? いや……別に忘れたわけじゃないけど」
「細かいことなら帰った後でいいだろ。今は今を楽しむべきだ」
「そりゃ……まぁ」
至って正論。
せっかく遊園地に遊びに来ているというのに過去を掘り下げようとは、冷静に考えてみれば司の行動は随分と野暮である。
食べ終えた食器を抱え、忍は静かに席を立つと一度司の方に視線を落とす。
「私も司に聞きたいことはある。……けど、今ここで話してもしょうがないから後で話す」
「……」
少し席を外す、と言い残して忍はカウンターの方へと歩き出す。
そんな後ろ姿を見送って、司は小さく溜息をついてから天井を見上げた。
「…………俺と忍と、もう一人……」
思い出さなきゃいけない気がする。
それは、司の中の小さな確信。
忘れてしまった少女の存在こそが、あの日の事件の鍵だと確信していた。
・ ・ ・
「いやぁ……怖かったけどすっごく楽しかったですねぇ」
「……桜夜、君にいくつか聞きたいことがあるんだけどいいかな」
同時刻の同レストラン、司達の席から遠く離れた窓際席。
そこにはセーラー服を着込み喜色満面な桜夜と、学ラン姿の橋那の姿があった。
桜夜とは違い、どうも橋那は呆れと疲れが入り混じっているご様子で。
「はい? 何でしょうか?」
「……一応、何処に誰がいるとか気配は読めてたよね? それなのに全力で怖がってどうするのさ」
「気配で何処にいるのか分かってても、何が出てくるか分からないんだから怖いんです。最初のぶわーって音は、橋那ちゃんも気付けなかったでしょう?」
「まぁ、そりゃあね」
橋那たちが常人を凌駕する力があるとしても、流石に機械相手では気配を察知しようがない。
とはいえ、他の利用者同様に絶叫を上げる桜夜は神としてどうかと思う次第。
「聞きたいことって、それだけですか?」
「……その、この格好についてもなんだけど」
「とっても似合ってますけど?」
それが何か?
とでも言いたげなきょとんとした視線が橋那に刺さる。
「え……っと、これって、男の人が着る服だよね? よりによって何でボクがこの服なのさ」
「とっても似合うからいいじゃないですか。滅多に着られるモノじゃないですよ?」
そりゃあまあ、確かに彼女の言うとおり滅多に着れるものではないし、似合っていると言われれば悪い気はしない。決して悪い気はしないのだが……この胸の奥の言い知れぬわだかまりは何なのだろう。
うっかりこれを肯定してしまうと、自分にとって何か大切なモノを失くしてしまうような――そんな大袈裟な感慨がじわりと浮かぶ。
それを知ってか知らぬか、桜夜は目の前で四種類目のケーキに舌鼓を打っていた。
「んー、甘くて美味しいです。ショートケーキ以外のケーキなんて、もしかしたら初めて食べたかもしれません。甘いものは別腹って本当ですね、何個でも行けちゃいます」
「……そういえば、コレは何?」
橋那が心底不思議そうな表情で指を刺したのは、彼女の前でパチパチと音を立てている飲み物。
見た目は真っ黒で明らかに身体によろしくなさそうなのに、その上にはほんのりと芳しい香りを放つ雪の塊のような白いモノが浮かんでいる。
不可思議な魅力が興味をそそる一品。
橋那は差し込まれていたストローで、それをおっかなびっくり突っついて警戒心を全開にしていた。
「それはコーラフロートって言うんですよ。コーラの上に、アイスクリームを乗っけたモノです。メロンソーダに同じモノを乗せたメロンクリームソーダってのもありますけど」
「……」
言葉でこそ知ってはいるものの、コーラもアイスクリームも実物を見るのは今日が初めてだった。
“初めて”という言葉は非常に重く、そして勇気を必要とする関門である。
「……美味しいの?」
「私は好きですけども」
「…………」
ごくり、と生唾を飲み込みストローに口を付ける。
「……吸わなきゃ飲めませんよ?」
「わ、分かってる」
ある意味、オバケ屋敷よりもずっと緊張しているような気がする。
ストローの奥からゆっくりと吸い上げられた黒い液体が舌に触れた瞬間、雷撃のような衝撃が橋那を襲った。
「ッ…………ん」
「どうです? お味の方は?」
舌に触れると同時しゅわしゅわと炭酸が弾け、バニラアイスの芳醇な香りと甘味を口の中で拡散させていく。弾ける感触をそのままに喉を通っていく感覚は、奇妙でありながらとても爽快感を伴っている。真っ黒い外見からは想像も出来ないような、病み付きになってしまいそうな味わいに橋那は瞳をパチパチと輝かせた。
「気に入った。これ、こーらふろーと……って名前なんだね?」
「おかわり、します?」
「……うん」
この一時だけ、橋那の頭の中から当初の目的が霧散してコーラフロートで溢れかえる。
炭酸飲料を始めて飲んだヒトがこんなにも愉快だとは桜夜も思いもしなかった。
ちょっと個人的理由で金曜日からの3日間が楽しみです。
詳しくは活動報告の方で。




