おわりと、それから
「仕事サボって、こんなトコロで何してるんだい?」
季節は巡って、神在町の空に桜の花びらが舞う頃。
とある神社の社の上に、舞い散る桜と同じ色合いの羽衣を纏った少女と、その隣に黒い着物の少女が並んで立っていた。
「サボってません。私はちゃあんと自分のお仕事を全うしてるんです」
「……気になるなら素直に覗きに行けばいいのに。前みたいに人の生活の中に溶け込むのなんて造作もないだろう?」
「でも、転校の手続きとか事務的なコトは結構大変なんですよ? 書類とか制服とか用意しなきゃいけないし、予算少ないから半分は自腹なんです」
頬を膨らませながらそう反論する桜夜に苦笑しつつ、そんな彼女の様子を見に来ている自分も物好きだなぁと橋那は心の中で思った。
当初の目的を果たし、彼女はめでたく縁結びの神様への仲間入りを果たした。
とはいえ、まだ彼女が所属する神社も決まっていないし、彼女自身がもう少し世間を見て回りたいと自己申告した所為もあって、桜夜はまだ神様に片足突っ込んだ現人神のままである。
「あの時のデートの一件でキミの問題は全部解決したんだろう? だったら、もう心配するようなことは無いと思うんだけど」
「でも、二人の間に何があるか分からないから心配なんです! また喧嘩したりだとか、もしかしたら忍ちゃんより素敵な人が現れちゃったりだとか!」
「……君の力で招かない限り、今はそういうコトないと思うよ?」
「でもでもでも、です!」
要するに、桜夜は二人の先行きを案じて見守っていたいのだ。
自分が結んだ縁だから、自分の大事な友達二人の縁だからこそ、その行く末を最後まで見届けたいのだろう。
「……それじゃあ、他の人をほったらかしにして二人を見守るつもりかい? 結婚して、年老いて……死ぬまで?」
「けっこ……ん……………………っは!?」
「未練タラタラじゃないか……」
「そそ、そんなことありません! そりゃ、結婚なんて話が大きくなれば狼狽えもします!」
「どうだかなぁ」
そうやって橋那が桜夜をからかっていると、鳥居の向こう側にふらりと人影が現れた。
二人とも揃って神在高校の制服なのだが、一人だけ胸にコサージュを付けている。
「寄り道したいって、ここにか」
「思い出の場所だし、あまり人も来ないからな。二人っきりになるにはちょうどいい」
「……まぁ、たしかに人っ気は無いけどさ」
「噂をすれば何とやらだね。行かなくていいの?」
「すぐ傍に行って色々お話したいけど……ほら、あんまり口出ししちゃうと迷惑かなぁって思いますし」
「……一応、君も神様の仲間入りしたしね。いい心掛けだと思う」
「神様……かぁ」
ふと、桜夜は自分の手の平に視線を落とす。
血の気が通っててふっくらして、見るからに健康的な手の平。
神様、なんて大それた存在になったのに自分の身体はほとんど変わっていない。強いて言うなら、誰かに見える見えないのコントロールが出来るだけだ。
「君はこれから、もっとたくさんの人の縁を見極めて、繋いで、見守らなきゃいけない。あの二人みたいにたった数日だけじゃなくて、数年、数十年、それこそ未来永劫ずっと……ね」
橋那の話も聞きつつ、桜夜の視線はしっかりと二人の方へと注がれている。
二人は鳥居からゆっくりと歩きだし、ちょうど賽銭箱の前でピタリと足を止めた。
「司は進路、どうするつもりなんだ?」
「え? ……いや、まだ何も考えてないけど」
「何も考えてないだと? 進学か就職かぐらいは決めてるんじゃないのか?」
「うぅん……どっちでも、いいっちゃあいいんだけど」
「曖昧なヤツだな。そんなんだと路頭に迷って野垂れ死にするぞ」
「卒業式の後にんな物騒なこと言わなくてもいいだろ……」
忍はきっちりと大学入試を終え、既に寮への引越しの手筈が済んでいるという話。
まだ一年残している司は、未だ卒業後のビジョンは見えていなかった。
先の見えない話をしていても、何となく不毛だなぁ程度にしか思わない。
「まぁ、そこは司次第だが……まさか、約束は忘れてないよな?」
「……わかってるよ、言われなくても」
忍と離れないこと。
そうやって改まって口にするのも恥ずかしいし、冗談でも忘れたとは言えない。
これは司にとって数少ない、大事な友達からの贈り物。
もう簡単には手放せない。
「今のうちからしっかりと勉強に励んでおくことだな。うっかり不合格でもしたら……」
「最悪、浪人してでも入るから安心しとけ」
「そ……うか。ふふ、楽しみだな」
「……大袈裟だなぁ」
そんな二人の様子を、桜夜は身体をウズウズさせながら見つめていた。今にも手が出そうなのを気力で抑え込んでいるらしい。
「……その、もうちょっとくっ付いたらどうなんですかね……これじゃ、前とあんまり変わんないじゃ……」
「人の付き合い方にも色々あるってことでしょ。らしいと言えば、らしいけど?」
人も色恋も千差万別。
桜夜が思い描くような付き合い方のカップルもいれば、二人のような付き合い方もあると割り切ればいいのに、桜夜はその辺りの考え方がまだまだ浅いらしい。
「そうだ司、帰る前に写真撮らないか?」
「え? まぁ、いいけど……」
賽銭箱の前に二人が並び、忍はポケットから携帯電話を取り出して小さなレンズを向ける。
「俺、あんましカメラ映りよくないぞ」
「安心しろ、最初から期待してないから」
「……そーですかい」
忍の頬がくっ付きそうな至近距離にまでグイと引き寄せられ、電子音と同時にシャッターを切る音が響く。
凛々しく微笑む忍の横で、普段とあまり変わりないような仏頂面の司が映っていた。
「ん、やっとツーショットの写真が撮れたな。お前、ゲームセンターとか行ってプリクラ撮ろうとすると逃げるから大変だった」
「……あれはちょっと、マジで勘弁してほしい」
「そーか。じゃあ、ついでだ」
「ついで? なに――ん――!?」
司と忍が重なったかと思った次の瞬間、二人の顔が見る見るうちに赤く染まっていくのが見えた。忍は少し余裕ありげに、司は燃え上がるかのように、そして……橋那の隣でただならぬ表情でわなわなと震えている人物も。
「い……! いまッ、いま……の!?」
「司、この後も暇だろう? なら私と適当に付き合え」
「だから! 今の不意打ちは――!」
「ん? なんだ? 一言言ってからの方が良かったか? ふふ」
「そういう問題じゃ……って、オイ! 行き先も教えず走るなってのに! ……何なんだよ、全く」
そんな口ぶりの割には満更でもないといった具合の表情の司は、小さく肩をすくめるとゆっくり歩き出す。
そして、鳥居の下辺りで不意に足を止め本殿の方へと振り返る。
狼狽する桜夜の瞳の中に、司の姿が映り込んだ。
「頑張って、くださいね」
「……ありがとう」
風の音に消えてしまった桜夜の声が聞こえていたかのように、司は口だけ動かしてから行ってしまった。
残された桜夜と橋那は、ただ黙って彼の背中を見送る。
「それでいいの?」
「これで、いいんです。司君は司君で、忍ちゃんは忍ちゃんで、私も私でこれから頑張るんです。私はもう近づけないけど……お友達ですから。寂しいとか、ちっとも思いません」
「……ん」
強がりか、本心か。
それは橋那にとってはどうでもいいハナシ。
肝心なのは、これからの彼女自身の生き方だ。
「さ、一喜一憂してる場合じゃないよ。人との巡り合わせは絶えず動き続けてる。君の役目は、そんな巡り合わせのコントロールなんだから」
「分かってますってー! そんなお小言みたいに何度も何度も言わなくてもー!」
自分の責任は全て果たすことは……出来た。
後ろ髪引かれる思いではあるが、今の自分はもう二人だけを見守るということは出来ない。
縁結びの神様として、彼らを含めた全ての人々の“縁”を見守らなくてはならない。
「だけど……だけど、もうちょっとだけココに居ても……いいですよね?」
「……分かった。連絡が来るまで、ボクも付き合う」
色恋沙汰にも多感な神様だからこそ、ちょっとぐらい人間寄りの思考じゃなきゃ務まらないのかもしれない。
彼女は他のどんな誰よりも、この地位に適任な存在だった。
「……この涙が止まるまで、ここに居たって……いいですよね……」
全てが始まったこの場所で。
彼女の物語は、静かに幕を閉じる。
30分後に、あとがきを投稿します。
少々お待ちを。




