第十七話
『惨劇ノ迷宮』
この遊園地が開園するよりも前、この場所には一つの洋館があった。
詳細は未だ不明だが、ここはとある貴族の別荘だった。
こんな辺鄙な場所に別荘を作ったのは何故か?
それは、この洋館の主である男が黒魔術の研究に魅入られていた所為だと言われている。
悪霊を呼び込むため、日夜執り行われた降霊魔術。
使用人の死体、果ては生きた家族すらもその媒体として使い、異界の魔物を創り出そうとし――やがて、この館は死霊や魔獣が跋扈する惨劇の迷宮と化す。
客人の方々が生き残る方法はただ一つ。
この呪われし館の秘密を解き明かし、深淵と至り真実を手にするのだ――
・ ・ ・
――という設定のプロモーションムービーをきっちり十分ほど鑑賞し、別室からロビーへと一度戻ると、没落貴族っぽい衣装の係員に館内での注意事項の説明が始まる。
携帯電話の電源はオフに、館内での写真撮影などはもちろん禁止。
手荷物は内装を傷付ける恐れがあるので最寄りのコインロッカー(無料)に預けること。万が一気分を悪くしてしまった人は……などなど。
その程度の基本マナーは心得ていたるで司はほとんど聞き流してしまっていたが。
司は順路を確認するため、古ぼけたシャンデリアの薄明りを頼りに洋館マップを開く。
「このオバケ屋敷、見た目以上に広いな。所要時間一時間ってオバケ屋敷にしてはかなり歩くぞ。一部は順路を無視して進めるみたいだけど……」
「そうか」
ロビーを出て廊下を抜け、最初に向かうのが呪いの書物が溢れる『悪意の書斎』(マップにそう書いてある)。
書斎を抜けた後は死者の霊が死の戯曲を奏でるという『飢餓のホール』(マップにそう以下同文)。
ホールを越えて『剥奪のキッチン』を通り、『錬金術師の地下牢』を往けば第一チェックポイント、そこまでは懐中電灯を使えるらしいのだがそれ以降は係員に没収されるとのこと。……それ以降も奇抜なんだか中二臭いんだか判断に困るネーミングの部屋を進んでいくらしい。本当に怖いのか若干怪しくなってきた感が。
「トイレとかは途中にないみたいだな。入る前に済ませておけよ」
「そうか」
「万が一気分が悪くなったら各所に避難用出口ってのがあるみたいだ。……何かギブアップみたいで情けないから使いたくないけど」
「そうか」
「……忍、俺財布忘れたから後で昼飯奢ってくれないか」
「そうか」
流石に同じ返事が四度も続くと怪訝に思わざるを得ない。
隣の忍へと視線を向けると、腰に片手を当てた姿勢のまま石膏像のように固まっていた。自分からオバケ屋敷に向かうもんだからてっきり得意、あるいは彼女自身が好んでいるのかと思ったがそんな風にはとても見えない。
見るからに緊張、延いては怯えているようにさえ見える。
ポーカーフェイスを作って平静を装っているようだが、さっきから右手が潰されそうなほど強くキツく握りしめられているので絶対に平静というわけではない。
「……怖いのか?」
「なっ、何を言っているんだ司は。私が怖がるわけ、ないだろう?」
「ふぅん……」
テンプレートなセリフを言い放ち、かつ語尾が半音跳ね上がっていてあからさまに怯えているのが分かる。何もこの歳でオバケ屋敷如きに虚勢を張らんでもと司は思うのだが、どうも忍は違うらしい。
そんな傍から見ても怯えきっていながらも、忍はギクシャクとした動きで一歩ずつ前進し始める。かなりスローペースだったが、それでもどうにか列の最後尾に辿り着く。
「それでは、ここから四人ずつ順番にお進みください。くれぐれも足元にはお気をつけて」
陰鬱な雰囲気など知ってか知らずか係員は至って事務的に誘導を始める。
先頭に立つカップルが老夫婦とグループを組んで木製の扉を押し開いて進んでいく。それを皮切りに次々と四人グループが組まれ、スムーズに列を消化させていく。
「……あれ。このままだと二人で進むことになるんじゃないか?」
そんな何気ない言葉にピクリと忍の肩が跳ねたが司は気付かない。
先頭のグループから数えていたのだが、どうも司の前の四人で一区切り出来上がってしまい、このままだと後ろに誰もいない司と忍は二人だけになってしまうのだ。別に司はそれでも構わないのだが、アトラクションとしてはどうなのだろう?
そんな司の懸念はどうやら前の係員も同じらしく、時々こちらの方に視線を泳がせていた。
「ふ、二人きり……か」
係員のそれと似たような視線を真横から感じ振り向いてみると、いつの間にか忍の瞳に光が戻っていた。
「ま、まぁ私は別に怖くもなんともないしどうってことないけど。その方が、その……も、燃えるしな」
「……途中でリタイアしても笑わないからさ、ヤバくなったらちゃんと言えよ?」
「何を言うか。そそ、そっちこそ、気絶しても私は知らないぞ」
「気絶って……そりゃまたずいぶん大袈裟な」
『ぎゃぁぁああああああ!?』
突如響いた絶叫と同時に司の右手が『ゴキッ』と嫌な音を立てる。文句の一つでも言おうとして視線をずらすと、真っ青な顔の忍がパクパクと力無く口を動かしていた。
……むしろ、忍の方が気絶するんじゃないか?
そうこうしている内に、いよいよ司達の順番が巡ってくる。案の定、きっちり司達だけ残ってしまっていた。
「……俺たちは二人でってことですか?」
もはや聞くまでもないと思ったが念のために訊ねると、係員からは予想外の返答が飛んできた。
「いいえ、後ろのお二人と合わせてちょうど四人となりますのでご安心ください」
「は? 後ろのお二人って……?」
列の最後尾に並んだのだから司達より後ろの利用客などいるわけが――そう思って振り返ったその先には係員の言うとおり見知らぬ二人組が並んでいた。
「……か、厠に行っていたら遅くなってしまった。申し訳ない」
「あはは~。どもです~」
一人はごく普通のセーラー服姿の長い黒髪の女子。もう一人は男子……なのだが、細い顔立ちの所為で一瞬女子なのではないかと錯覚してしまった。男子と判別できたのは学ランのお陰だ。
「では、こちらをお持ちください。館内は非常に暗いのでくれぐれも足元にお気を付けください。それでは」
手渡された懐中電灯の具合を確かめつつ、空いている左手で懐中電灯を握る。入り口の扉がギギィと歪な音を響かせ、一寸先も見えない闇が懐中電灯の明かりを吸い込んでいく。雰囲気は相当なものだ。うすら寒い空気がふわ、と全身を這うのを感じる。
「うわぁ……ドキドキします! あの、これからよろしくお願いしますね!」
同伴するセーラー女子がぺこりと頭を下げ、それに倣うように学ランの男子も軽く会釈する。ご丁寧な中学生だなぁと無意味に感心しつつ、司は一瞬だけ違和感を覚え足を止めた。
「……はい? えっとあの、そんな熱い視線送られると困るんですけど……」
「いや…………悪い、何でもない」
見覚えのない制服だし、他に特にこれといった特徴もないごくごく普通の女子中学生なのだが……そんな彼女に、司は言いようのない既視感のようなものを感じていた。
「……他人の空似か?」
どっかの縁結びの神様と似たような話し方をするヤツだ。
そんなくだらない雑念は首を振ってかき消し、司は洋館の闇へと一歩踏み込んでいった。
なろうコン大賞のタグを付けてみました。
読んでくれる人が増えてくれたらちょっと嬉しい……です。
……実は『図書室の幽霊は占星術師』のタグが間違ってて、それを直すのに便乗して付けたトカ付けないトカ……ハッ!?




