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コイヒメサクヤ  作者: 夜斗
第三章
16/25

第十五話

 遠足前に眠れない人間が、当日になって寝坊して慌てて玄関を飛び出る――なんてシチュエーションは漫画の中だけだと、数時間前までの司は頑なに信じていた……のだが。


「いや、その……面目ない」

「司が待ち合わせ時間に遅れるとは驚いた。昨日は興奮して寝れなかったとか? 思ってたよりまだまだ子供なんだな」

「……うっさいな」


 ガタゴト揺れる電車の中で、瞼に隈を付けた司はほとんど子供のようにふくれっ面をしながら車窓の向こう側を憎々しげに睨んでいた。

 無論、外の景色に全く非は無い。

 昨晩、司は布団に入ったまでは良かったものの、瞳を閉じた途端レジャー施設の情景が浮かび上がり、延いては忍の姿まで浮かび上がってきて、やれ何処へ行くだの、何をするだのと脳内で勝手にイメージトレーニング(何を鍛えるのかサッパリ不明)を始め、結果ただただ無駄に夜を更かし寝不足気味だった。

 今日は件の日曜日。

 司は桜夜の目論見通り忍とのデートに出かけていた。

 ……“デート”と言うと個人的には怖気が立つので普通に遊びに出掛けていると置き換えておく。

 司達が向かっているレジャーランドは神在駅から数駅ほど越え、そこから専用のシャトルバスに乗り換えたその先にある。次の駅で下車してバスに乗り込めば、到着時刻は奇しくも桜夜の予定していた午前十一時ごろになると思われる。


「それにしても遊園地なんて久々だな。つい最近また新しいジェットコースターが追加されて、どうやら日本一の長さと爽快感を誇るとか……ん? どうかしたか、司」

「いや、別に」

「なんだ、ジェットコースター怖いか?」

「そんなわけ、ない……けどさ」


 司が歯切れの悪い返事を返すと、忍は少し意地の悪い笑みを浮かべた。


「……まさか、遊園地に行ったことが無いとか言わないよな?」


 この世に生を受けてから当に十年と過ぎている。

義務教育の過程の中で卒業記念旅行だの修学旅行で行くこともあれば、連休や長期休暇に両親と一緒に出かけることだってあるだろう。忍も高校生に上がってからはしばらくご無沙汰だったが、この遊園地には既に何度も足を運んでいる。

 忍のちょっとした冗談のつもり――だったのだが。


「や、流石にそれは無いか。この歳になれば嫌でも経験は――」

「ご明察。生まれて此の方、俺は遊園地なんて一度も行ったことが無いよ」

「……え?」


 ポカン、と効果音付きで忍の顔が間の抜けたような顔になる。

 司の言葉は決して嘘ではない。

 引っ越す前も後も、小学生時代の遠足や中学時代の修学旅行で遊園地に訪れたという経験は無かった。興味こそあったのだが、引っ越した後は家の事情で色々と忙しく、気が付いたらあっという間に高校生になってしまっていた。

無論、他に連れ立っていく友人のいない人間が一人で行くわけもなく、今日が正真正銘初の遊園地になる。

 何処かの誰か風に言えば、単純に“縁”が無かったのだろう。

 寝不足の理由も、実を言えばそれもあったのかもしれない。

 メリーゴーランドやコーヒーカップのような乗り心地の予想が容易く付きそうなアトラクションはさておき、何も知らないままの状態でジェットコースターをただただ単純に『楽しそう』と思えるほど司の心も幼稚ではない。

 ……もっと単純に言えば、ちょっと恐い。


「その……なんだ、悪かった」

「別に謝るようなことでもないってのに……」


 微妙に気まずい空気を漂わせつつ、司は車窓の景色に視線を戻した。


 ※


 メインゲートに辿り着くと同時、秋晴れの空に舞い上がる色取り取りの風船たちが今日の来場者たちを空から歓待していた。


「これが、遊園地……」


 そんな、未開の土地に一歩踏み入れてしまった冒険者のような司のやや大袈裟な呟き。

 いや、決してそんな辺鄙な場所ではなく至って普通の遊園地なのだが、司としては色んな意味でインパクトが凄かった。

 まず、敷地の広大さ。

 入場口の端にある看板にこの遊園地の全体図が記されているのだが、その端っこに豆知識とピックアップされた項目がある。

 この遊園地の面積はおよそ五十万平方メートルとある。東京ドームで換算するなら十個分に相当する面積だ。とてもではないが一日歩き続けたとしても回り切れたものではない。

 そして、その広大な敷地の中に盛り込まれた数え切れないほどのアトラクション。

 定番の観覧車やゴーカートはもちろん、オバケ屋敷や絶叫系アトラクションから子供向けの広場など幅広く設置されている。ジェットコースターに至っては、難易度(この表記はどうかと思う)の低いという速度も高さも抑え気味のモノから、高高度から一気に降下するスリル満点のモノなど多種多様なラインナップに驚きを隠せなかった。……そんなの、一個もあれば十分じゃないだろうか。


「地図を見ながら固まってどうしたんだ、司」


 そんな忍の声にハッと我に返って慌てて振り返る。ラフなジーンズにジャケットという装いは飾り気こそ控えめだがスポーティーで彼女の気性にピタリと一致している。あまり着る物に頓着しない性格の司としては、隣を歩くのに何となく抵抗感を感じなくもない。


「この歳で迷子になんてなりたくないから、順路とか見てただけだっての」

「地図なら私が把握してる。お前が勝手にはぐれでもしない限り道に迷うなんてことは無いよ」

「……」


 いくら司と言えどここまで広く、かつ見知らぬ場所で勝手な単独行動はしないつもりだ。

 そんな忍の言葉に何となくムッとしてしまったが、これではまるで子供だと後になって反省する。

 案の定、忍に軽く笑われてしまった。


「まぁ、司にとっては初めての遊園地だからね。不安になるのもしょうがないか」

「別に不安ってほどのもんじゃ」

「……なら、こうするか?」


 不意に忍の手が伸びたかと思うと、徐に司の手をぎゅっと握りしめた。

 突然の忍の行動に司は目を瞬かせ、頬を火照らせながらパクパクと口を動かすばかり。


「んな、ちょ……ッ!?」

「こうすれば、はぐれる心配はないだろ? 私も、この方が……楽だしな」


 シチュエーション的に男女逆じゃないのかだとか言いたいコトが山ほど湧きはしたものの、予期せぬ事態にオーバーヒートしてしまった脳内回路に加え、軽やかな足取りで歩き出した忍に引っ張られ、司は少々もつれ気味に足を動かした。

 背丈が変わっても変わらない彼女の背中の頼もしさに、司は若干の悔しさを感じながら懐かしいなとも感じていた。

お久しぶりな更新。

第三章の開幕でございます。


細かなお話は活動報告にて。

では、待て次回。

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