そのじゅういち
「嘘っ!」
「真実であったでしょう?美しかったお嬢さん。あなたの本当の姿を私はとうとう見ることができたようです。あなたのために二人も殺して、あなたのために墓まで掘って。昨日と今日の人生を捨ててあなたを娶ろうとした私を神様がお許しになるはずはありません。私は今すぐこの場から離れなければ神様は遠のくばかりでしょう。では、さようなら。美しかった娘さん」
かたんと小さな音をたてて椅子から立ち上がった手芸屋は、そのままドアに向かいました。
「待って、あなた!あなたがいなければ私はどうしたらいいの」
娘は思い出しました。
手芸屋に貰った布をドレスに仕立てて祭りを一緒に過ごそうというあの約束を。
そうして娘はベッドから飛び降りて布が山のように積まれた籠を手に取ると、頭からその布を被さって手芸屋の後を追いかけました。
「まって、まって。ドレスがほら、できあがったの。一緒にこれで祭に行きましょう!」
「あなたはまだそんなことを言ってるのですか。誰が見てもあなたは十五の娘ではなくて八十五の老婆でしかありません。老婆が白いドレスを作って祭に出るなんてありえませんし、私は十五のあなたとは約束をしましたが老婆であるあなたとは約束などしていません。では、ほんとうにさようなら」
手芸屋は白い布を頭からかぶった老婆に軽く頭を下げると、そのまま振り返らず歩き始めました。
娘はどうやって手芸屋を引きとめて自分の世話をしてもらおうかと必死で考えましたが、何一つ思いつくことがありません。
その時テーブルの上に手芸屋のはさみが置いてあったことを思い出し、あわてて家に取りに帰りはさみを手に持つと、あわてて手芸屋を追いかけました。
もうすぐ森の入り口に差し迫るころ、老婆は手芸屋に追いつきました。
「ああ、あなたっ!」
声だけは美しい娘のままの老婆に声尾をかけられて、娘に二度と会いたくはないと思っていたはずの手芸屋の足がぴたりと止まりました。
そうして振り返らず前を向いたままで手芸屋は老婆に最後の言葉をかけました。
「無駄です。もう、なにもかも無駄なのですよ。あなたは一人であの粗末な小屋でお過ごしなさい。それがあなたにとって最善のことだと思いますよ」
「では、さようなら」と手芸屋がお別れの言葉を紡ぐ前に、老婆の持っていたはさみが手芸屋の背中に突き刺さりました。
手芸屋はびくんと身体を震わせたものの、決して老婆を振り向くことをせずにそのまま前に倒れました。
そうして背中にささったはさみをなんとか抜き取ると、そのまま息を引き取りました。
なんてことでしょう。
老婆はただたんに手芸屋に戻ってきてほしかっただけでした。
はさみは手芸屋に返すべきもので、それを凶器として手芸屋に渡すわけではありませんでした。
ただ手芸屋が老婆をないがしろにして、老婆に振り替えることもせずに淡々と話したことに憤りを感じてしまって、手が勝手に動いてしまったのです。
老婆は手芸屋の背中にはさみを指したときの返り血を浴びてしまい、自分のしでかしたことに恐れおののいて腰を抜かしてしまいました。
真っ白かった祭用のドレスの布は、返り血がこびり付いてどす黒く変色していきました。
そうして真っ黒だった美しい髪は手芸屋をあやめてしまったがために色が一気に抜け、老婆にふさわしい真っ白の髪になりました。
老婆は森の入り口でしばらくずっと座り込んでいました。
そうして日が暮れるころ、むくりと立ち上がると手芸屋の躯をそのままにして、とぼとぼと森の中へと戻って行きました。
森の奥の粗末な家に、いつのころからか一人の魔女が住んでいます。
魔女が何歳だかなんて誰一人知る者はいません。
ただ、魔女が人を毛嫌いして近づくものを殺してしまうことだけは、村人なら誰でも知っています。
なぜなら魔女はいつも墓穴をほりつづけているのですから。
魔女がいるかがり、誰も森には入らなくなりました。
そうして魔女は孤独のうちに、また孤独という言葉も分からないままに塵となって消えました。
おしまい。
どうでしたでしょうか?
日頃から感謝することをせず、世話をしてもらって当然で、与えることはせず与えられることが当たり前で、自分が楽しむこと以外の一切の労働をすることなく暮らしていた娘と、それを容認していた母親のお話です。
思ったよりも長く、また途中でR指定を加えてしまいましたが、それでもなんとか完結にこぎつけたことにはほっとしました。
もともとこの話は娘と母親の設定と、娘の最後の『誰からも見捨てられて孤独のうちに死ぬ』という設定だけで書き始めました。
グリム童話ように、この話になにかしら教訓的なものを見出してくだされば作者としては嬉しい限りです。
最後まで拙い文章を読んでくださり、ありがとうございました。




