斎王代(後)
葵祭の路頭の儀は、京都に初夏の到来を告げる。
平安時代の装束に身を包んだ数百人の行列が、薫風が吹き抜ける都大路をゆく雅やかな祭りだ。
僕たち四人は連れだって、行列の見物に出かけた。
北大路通と加茂街道の交差点は、賀茂川を渡ってきた行列が上賀茂神社方面に向かって角を曲がるので、見物にはうってつけの場所だ。
快晴ということもあって、祭りは大盛況だった。早くから出かけて、行列が見やすい場所を確保しておいてよかったと思う。
検非違使からはじまる行列は、一時間弱ほど続く。その最後を飾るのが、斎王の一行だ。
高橋先輩が、待ちかねたと言わんばかりに口を開いた。
「やっとこさ、斎王代のお出ましや。これを見んと、見物に来た意味があらへんからな」
斎王代とは、平安時代に賀茂の神に仕えた斎王の代わりを勤める女性だ。
京都に縁のある未婚女性で、しかも多額の費用を負担できる名家や資産家の令嬢から選抜される習わしだ。
橙色の装束を着た屈強な若い男子が八人かかって担ぐ腰輿の上で、十二単を身にまとった白塗り化粧の女性がすまして座る姿は、平安時代の内親王を彷彿とさせる葵祭の花形だ。
輿が目前を通ると、春花と真優理先輩が同時に、はあっとため息を漏らした。
高橋先輩が、はははと笑う。
「天水も真優理も、やっぱり女子やったちゅうわけやな」
遠慮のないその言葉に、春花は気のなさそうな笑みを返す。
一方の真優理先輩は、眉間にしわを寄せてつっかかった。
「まるで普段はそうやない、みたいな言われようやな。心外やわ」
弥勒菩薩が阿修羅に変わったな、と僕は不埒なことを思う。
真優理先輩の反撃を、高橋先輩は軽く肩をすくめてやりすごした。
斎王代の行列が過ぎ喧騒が収まった頃合いを見計らって、僕は高橋先輩と真優理先輩に、春花と付き合っていることを告白した。
ふたりとも、ぽかんと口を開けたあと、真優理先輩は「やられたわ」とつぶやいて、そのまま口を噤んだ。
高橋先輩は、そんな真優理先輩をなぜか悲しそうに見やったあと、ため息をひとつついて僕たちに向き直った。
僕は、あれこれ追及されるだろうと身構えた。けれど。
「おまえらがそれでええんやったら、俺はべつにかまわへんで。いままでどおりに付き合うだけや」
あっさりとそう返されて、僕は拍子抜けした。
高橋先輩はのんきに認めてくれたが、真優理先輩は「ええわけないやろ」と声を荒げた。
「なあ、春花。あんた、そんなことしてて良いって、本気で思うてるんか」
かなりの剣幕だったが、それは怒っているというより、どこか諫めるような、諭すような声音だった。
「やめとき、真優理」という高橋先輩の制止も耳に入らないように、真優理先輩は詰問を続けた。
「あんたは家を継ぐ身やろ。あんたの実家からしたら、葵祭で斎王代がおらんようになったようなもんやで。わかってるんか」
真優理先輩が、なぜそこまで春花を詰るのかはわからなかったが、それ以上に、彼女が春花の身上をそこまで詳しく知っていることに違和感を覚えた。
そんな僕の疑問を吹き飛ばすように、春花は「真優理ちゃんから、そんなこと言われる筋合いはないよ」と言い返した。
「だいいち、斎王代なんて、そんなにいいものじゃないよ。知らない人はお姫様みたいに思ってるけど、もともと斎王は権力者の都合で、意にそわない生き方を強制された女性だよ。でもそれを誰かがやらないと、他の人が身代わりになるんだよ」
そういえば春に野々宮神社を訪ねたときに、詩織も同じようなことを言っていた。春花の言葉はおそらく正論なのだろうが、真優理先輩は意にも介さないように「はあ」と語尾を上げた。
「そんな大昔の話をしてるんやなくて、現代の話や。あんたはいつもそうや。やりたいとひとこと言えば、生き雛でも斎王代でもなれるんやで。自分がどれだけ恵まれてるか、考えたことはあるんか」
どこか嫉妬にも似た真優理先輩の文句に臆することなく、春花は彼女を見据えて言い返した。
「恵まれてるって、本気で言ってるの? 何をするにしても、斎王代を勤めた人だっていう呪縛がずっとつきまとうんだよ。昔の斎王となにも変わらない、窮屈な人生を送るだけなんだよ」
「それが、ええとこのお嬢様の贅沢な悩みやって、言うてるんや」
もう、売り言葉に買い言葉だった。それはまるで、あの流し雛のときの続きを見ているようで。
このままではまずいと思った僕が口を挟むより、わずかに早く……。
「真優理」
と、高橋先輩の声がした。
落ち着いた、けれど有無を言わせない呼びかけに、真優理先輩がはっとしたように口を噤んだ。
高橋先輩がそのまま言葉を続ける。
「そこまでや。それは天水の問題で、お前がとやかく言うことやない。……お前も、わかってるんやろ?」
喧嘩を売っているのは真優理先輩の方なのに、高橋先輩の言葉には、傷ついた人を慰めるかのような響きがあった。
まだなにか言いたげだった真優理先輩は、高橋先輩に目を向けると、言葉を飲み込んだようだった。
高橋先輩は僕の肩をぽんとたたいて、片目を閉じてみせた。
「今日はこれで解散やな。真優理、ちょっと歩こか。マールブランシュのケーキ、ご馳走するわ」
こくん、と頷いた真優理先輩の手を引っ張って、高橋先輩は人ごみに消えた。




