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その夢を、星空に -Star Observation Society KYOTO-  作者: TOM-F
Sign02 ペルセウス プリンス・チャーミング
23/24

風待(前)

 大学の新年度が始まった。

 メンバーの全員が順当に進級したので、先輩たちは四回生に、僕は三回生になった。

 カリキュラムを組んだり、必要な書籍や資料を用意したりと、四月はあわただしかった。

 変わらない日常もあった。

 講義に出席し、アルバイトに精を出し、路子カフェで食事をする。

 メンバーが顔を合わせても、示し合わせたかのように、誰も綾乃のことは話題にしなかった。春花も、真優理先輩も、そして小西先生も、僕への態度はそれまでとなにも変わらなかった。ただ、高橋先輩だけは、「俺に会わせへんかったんは、あかんやろ」と一度だけ僕を責めた。


 明日からゴールデンウィークに入るというその日、たけのこ御飯のランチを食べていると、真優理先輩が「連休はどうするん」と皆に問いかけた。

「バイト」と、高橋先輩は短く答えながら、箸でつまみあげた木の芽をお椀の蓋の上に除けた。

 紅茶が入ったカップを配っていた春花は、「それ食べられますよ」と高橋先輩にアドバイスしたあと、僕をちらりと見て口を開いた。


「わたしは実家に帰省。例大祭があるから」


 流し雛でのことがあったせいだろう、春花からは、無理して来なくていいよ、と事前に言われていた。僕はそれを、額面通りに受け取ることにした。


「僕も実家に帰ります。とくに用もないけど」


 そう答えた僕に、春花は安心したように微笑んだ。

 けれどそのペリドットの瞳は、わずかに曇って見えた。



 翌日、僕は実家に帰省した。

 帰省といってもJRの新快速に乗れば、二時間もかからずに実家のある町に着く。

 そこは典型的なベッドタウンで、まわりには観光地もショッピングを楽しむような場所もない。だから帰省しても、さしてすることもなかった。


 五月晴れが続いていて、天気だけは良かったから、僕は海辺にある神社まで散歩にでかけた。

 家を出ると、二軒先に綾乃の実家がある。小さな写真館で、二階の綾乃の部屋には子どものころからしょっちゅう出入りしていた。


 あれからもときどき、綾乃とはメッセージのやりとりはしていた。あんなことがあっても、綾乃はやはり綾乃だった。けれど、なにも変わっていないと思えば思うほど、僕は彼女との間にできてしまった隔たりを実感せざるをえなかった。

 したかったことができたと、綾乃は言った。彼女はまちがいなく、なにかを得てニューヨークに旅立ったのだ。

 ならば、僕はどうか。特別な存在だった綾乃と、特別な関係になれたはずだった。なのに、いくら思いを巡らせても、僕が得られたものはなにもなかった。それよりも、むしろ……。

 伏見稲荷で撮った綾乃の写真は、あれから一度も見られずにいる。


 誰も傍らにいない、何もすることがない。

 空っぽの心のままで、僕は人気の少ない神社に詣でた。願い事は、やはりなにも思いつかなかった。

 一礼して拝殿に背を向ける。鳥居の向こうに見える瀬戸内海は青く、ひたすら茫洋と広がっていた。



 京都に戻る前日、旅行に出かけていた妹が帰ってきた。

 久しぶりに家族が揃った夕食は、母と妹の手作りの料理が食卓に並んだ。素朴ながらも舌になじんだ味の煮物や焼き物を食べながら、話題は僕や妹の将来のことに及んだ。


 今年から地元の大学の法学部に通いはじめた妹は、「会社員は性に合わんから、弁護士か検事になるわ」と言いながら、父が飲んでいた缶ビールをかすめ取ってぐいっと飲み干した。飲み終えたアルミ缶をテーブルに置いた妹は、「これノンアルやな」としらばっくれた。

 未成年のくせに堂々と飲酒するばかりか、違法行為を明らかな嘘で糊塗するようなアウトローが、司法職に就いていいのかどうか、はなはだ疑問だった。

 僕と顔を合わせた妹は、「で……」と据わった目で話を振ってきた。


「お兄ちゃんは、どうするん。一介の教員で、人生を終えるつもりなん?」


 その言いようは、質問なのか挑発なのか微妙で、僕はもちろん返答に窮する。

 父は、新しい缶ビールのプルトップをプシュッと開けて、はははと笑った。


「智之には、公務員が合っているかもしれんな。目立たずにこつこつやるのは得意だろう。それなら、なにも朝陽にこだわる必要はないぞ」


 大手の計測器メーカーでそれなりの役職に就いている父の言葉に、僕の先輩ともいうべき職業の母が頷く。


「就職するなら、公立学校の教師がいちばんよ。でも、できればすぐに帰ってこられるくらいのところに、いて欲しいわね」


 それくらいがいいのかもしれないと、僕は思った。

 教師という職業はけして楽なものではないし、両親のように地道に人生を歩んでいくだけでも、簡単なことではないだろう。こんな僕が、誰かの役にたとうとか、誰かを助けようとか、そんなことまで望むのは、自分を過大評価しているだけではないのか。

 けれど……。


 ほんとうにそれでいいのかと、誰かが僕のなかでささやく。

 なにか大事なことを忘れかけていないか、と。

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