第十章 共同生活(3)
楽しんでいただけたら幸いです。
どうしてジャンヌが俺にキスをしたのか理由は定かではないが、ともかく俺は両手を拘束されていることを言い訳にして、さして抵抗の意志を見せることもなくジャンヌとのキスを甘んじて受け入れていた。
だって男なら誰しもこんな美少女とのキスを拒む奴はいないと思う(中には特殊性癖の奴もいるから全員という保証はないが)。
しかし、こういうのを”ラッキースケベ”というのであろうか。こういう展開になるのは某漫画の主人公くらいかと思っていたけど・・・・・・、まさかこの俺がそんな役得を享受できるなんて未だに信じられなかった。
けれど、これって現実なんだよな? っていうか、これが夢だとしたらどんだけ想像逞しいんだよってなるし、そんなキス願望がある夢を見る変態には成り下がりたくなかった。
というか、こんなの俺がまるで”愛情”に飢えているみたいじゃないか。
俺はそんな感情求めてなどいないし、どっちかというと求めるより捧げる方だ。そしてその愛情は全て妹へと向けられていて、俺は一度たりとも自分の方から求めたことも欲したこともない。
なのに、なんだこの感情は。この安心感は。
あぁ、駄目だ。俺はこの世界に来てから徐々に毒されてきている。
しかし、俺はその変化を心の奥底で受け入れ始めている。その証拠がこのキスというわけだ。以前の俺ならばジャンヌの顔が近づく前に逃げ出しているであろうから。その俺がこうしてジャンヌのキスを受け入れているのは、己の変化を受け入れているという事に繋がるというわけだ。
・・・・・・ただ単に美少女とのキスだから避けないだけ、と言われたらそれまでだけど。
けども以前の俺はそんな外見で惑わされるような軟弱な男ではなかった(はず)。美少女であろうが醜女であろうが拒んでいたであろうことは確実なのだ。
――――――――――にしても少しばかりキスの時間が長すぎやしないか? 外人のキスする時間がどのくらいなのかしんないけど、それにしてもちょっと長すぎる気もする。
それにこのキスは恋人同士がするディープキスじゃなくて、何ていうのかよく海外ドラマで演者がするねちっこいキスなんかじゃなく、日本の俳優陣がするフレンチキス的なあっさりとした感じのキスだし。ああいうのってちょっと重ねるだけですぐ離すような気がするだが、外国人のフレンチキスは五分以上するものなのか?
あぁ、駄目だ。
今までそういう類の情報などは妹の情操教育に悪いからと託けたのに加え、俺の方もその手の事に興味がなかったので徹底的にシャットアウトしていた部分もあるし・・・・・・。こればかりはお手上げだ。
もうほんとジャンヌの方から何らかしらのアクションを起こしてくれない限りは、ずっとこの状態のままというわけで。
別にヘタレなわけではないよ、多分。
っくそ、これからは多少の性知識を勉強しておくか。
そうすればこのような目に遭う事もなくなるはずだ、と俺は固く決意するのであった。
と、そうこうしている間に漸くジャンヌが満足した様で、俺の唇に重ねていた己の唇をゆっくりと離す。柔らかな唇が離れる瞬間、何だか俺の方も名残惜しいような気分になり、ついジャンヌに向かって「もっと」とおねだりをしそうになる。
だがそんなことを気軽に言い合う関係でもないので、俺は慌てて口を噤んで一時でもそんな気持ちを抱いた俺自身を叱咤した。
(なんだよ。あいつと俺は恋人関係でもないのに。何、名残惜しんでんだよ)
俺は陰鬱とした気持ちを抱えながら、俺とのキスによる余韻に浸っているジャンヌへと、このような行為に走ったその真意を問い質そうと俺は先ほどの余韻も何かも吹き飛ばして口を開く。
「・・・・・・おい、なんでこんなことしたんだよ」
「―――――――――? 何言っているの? いつもしていたじゃない」
「はぁ? 寝ぼけてんのか? 俺はお前とは昨日会ったばかりなのに、そんなき、キスなんて毎日しているはずがないだろう!!」
俺はジャンヌの思わぬ切り返しに驚きを隠せなかった。
一瞬この女は頭が大丈夫なのかとも思った。冗談を言っているのではないかとも疑ったが、しかし彼女の口ぶりから冗談を言っているような雰囲気はせず・・・・・・、彼女は本気でそう言っているのが伝わってきた。
しかし、こちとらジャンヌと日常的にキスを交わした記憶は一切ない。
何が何だか分からなくなって頭上に疑問符がいくつも浮かんでは消える俺に、なおもジャンヌの衝撃発言は続く。
「いつも朝起きた時とかにキスしてくれたじゃない。忘れたの?」
とか。
「いつもは貴方の方からしてくれるのに、今朝はどうしたの?」
とか。
全く身に覚えのない事を次々にカミングアウトするジャンヌ。
――――――――誰だ、そのリア充。
少なくとも俺ではないことは確実だ。俺にはそんなイケメンみたいな真似できるはずもなければ、そんなことをする彼女もいた事が無いからだった。
しかし、その疑問にもすぐに合点がいく。
恐らくジャンヌは俺とそのリア充とを勘違いしているんだ。
そうだよ、うんうん。
どうにかそう自分で区切りをつけると、その間違いを指摘してあげようと口を開いた矢先に、ますます俺の脳に大ダメージを伴う口撃が投下された。
「―――――――――妹にキスするのは普通の事だ、って言ったのは”兄さん”の方じゃない」
・・・・・・・今、何て? 兄さん? 兄さんって、あのブラザー?
誰が? 俺が? ジャンヌの兄?
いやいやいやいやいや。何そのジョーク。笑えない。全くもって笑えない。
アメリカンジョークにしては性質悪すぎでしょ。
どう見たってこいつの方が俺より年上じゃん。
いや、でも年の割には背も俺よりかは低いし、胸も・・・・・・、うん。歳の割には大変慎ましいというか。
って、そんなことはどうでもいいんだよ!!
そもそも500年以上前に生きていたジャンヌの兄なわけないじゃん!! この俺が!!
あまりの衝撃発言に脳内が混乱状態の俺に、ジャンヌは更なる爆弾発言を投下する。
「―――――――兄さんは、ここで私とずっと暮らすのよ。”家族”なんだもの。当たり前よね」
ナニソレ。
聞いてないんですけど!!
戸惑う俺にジャンヌははにかんだ笑みを浮かべて、混乱のあまり身動きのとれない俺の体を抱え込むようにして抱きすくめた。
背中に回った手がぎゅううう!! ともう決して二度と手放しはしないという様に、抱きしめる腕に力を込めて、己の存在を俺に刻み付けるように華奢な体を俺の体にこすりつけてくる。
「ねぇ、兄さん。私を、ジャンヌを一人きりにしないよね? ずっと一緒にいてくれるよね」
その切実な声に、俺は何も言い返せなくなり、ジャンヌの俺を求める声をただただ聴き続けたのであった。
――――――――眼下に見えるジャンヌの姿に、己の妹の姿を重ねながら。
次回から物語は少しずつではありますが動き出します。
そしてずっと放置していたケティの行方も明らかになる予定です。
では、次回に。




