第十章 共同生活(4)
楽しんでいただけたら幸いです。
ジャンヌの言っていることの意味がよく分からなかったが、完全否定するとまたもや雲行きが怪しくなりそうだったので、とりあえず彼女の言葉に曖昧ではあるが相槌を返すことにした。
今のところ俺に危害を加える気はなさそうだったし、このまま大人しいフリをしてここの内情を探るのもいい手かもしれない。
どのみちこの状態では完全に彼女から逃げ切れる保証もないし――――――――、どうにかして逃げる準備を整えた方がいいと判断した俺は、しばらくの間この場所に留まることにした。
それにだ。
森の中には何やら得体のしれない化け物が徘徊しているので、まずこいつらをどうにかしてもらわないと、もし仮にジャンヌから逃げおおせたとしてもその化け物らに殺される可能性があるからだ。
確かケティの話ではあの森を徘徊しているのは、ジャンヌが創り出した魔物とかなんとか言っていたのを思い出す。ということは、そのジャンヌが魔物らに俺たちを襲わないように命じれば、あの森から安全に脱出できるというわけだ。
その為にはまずジャンヌに俺のことを完全に信用してもらう必要がある。信用してもらうためにはまず寝食を共にすることが最重要になってくるであろう。
俺はその期間を一週間~二週間と定めた。
まぁ、そのくらいあれば彼女の信用を得ることくらい容易いであろうし、ジャンヌの人となりを知るにも十分な期日であろうと判断する。
せめてその間はジャンヌの望み通りに振る舞うことにしよう。
彼女の望む”兄”とやらを演じ切って見せよう。
何、俺はリアルでも”お兄ちゃん”だからな。兄を演じるのならばこれほどの適任者はいないと自負する。ただ少し懸念材料なのは俺はジャンヌの事を”何も知らない”ということだ。
兄弟の名前とか、好きな食べ物とか、趣味とか。
そういうごく普通な事は何も知らない。彼女の偉業やその壮絶な最期ばかりが有名で、誰も彼女の内面的な事を知らないのだ。
勿論、俺もその中の一人に過ぎない。というかこの世界に来るまで、ジャンヌ・ダルクの事などさして興味もなかった。
あぁ、歴史上にそんな女がいたんだくらいにしか思っていなかった。歴史の本とかに書かれている表面的な部分しか把握していなかった。
今までそれで十分だったけど・・・・・・・、今はその程度の知識では駄目なのは百も承知だ。
彼女の兄を演じるのならば、彼女の、ジャンヌ・ダルクという少女の事をきちんと理解しなければいけない。
ありのままの彼女と向き直らなければいけない。
それがただの人間にしか過ぎない俺がジャンヌ・ダルクに出来る精一杯の誠意だと思った。
取りあえず、ジャンヌの兄を演じようというならば、彼女の事を名前で呼ばなければいけないよな。それもごくナチュラルに。自然な感じで。
兄が妹の名を呼ぶのにとちったりつまったりしたら不自然だもんな。
俺は軽く咳払いをすると、脳内で何度かシミレーションを行い、いよいよそれを実行に移す。
なんだかすごく緊張するけども、それをジャンヌに悟られるわけにはいかない。なるべく平常心を保ちつつ、俺は未だに俺の体に抱き付いて離れないジャンヌの名を呼んでみることにした。
勿論、彼女の名を呼ぶときは努めて優しい声音になる様に意識した。
「――――――――ジャンヌ、大丈夫だ。俺はお前の望む限りここにいるよ。だから、これを解いてくれないか? 俺の事を信用しているのならこれを解けるはずだ」
まずは彼女の不安を取り除くこと。その上で彼女の弱みに付け込んで、自身の要求を通すことも忘れなかった。
正直弱みに付け込む真似はしたくはなかったが、使えるものは何でも有効利用しないと、と俺は心を鬼することを決意する。
今の彼女には”兄の○○”というワードが効くはずだ。
特に信用とか信頼とか。その辺りを刺激すれば、大体は思い通りに事が運ぶはず。
まるで二時間サスペンスとかで真っ先に殺される悪人のようだ、と真っ先に思い浮かべるも、これは必要悪と自身でそう思い込むことにした。
そして俺の読み通り。ジャンヌは俺の両腕の自由を奪っている拘束をすぐさま外してくれ、ようやく自由の身になった俺は安堵の息を吐く。やはり五体満足なのはいいことだ。
すっかり固くなった筋肉を解すように軽くストレッチしながら、俺は次なる要求をジャンヌに突き付けることにした。
取りあえずこの要求が通ったら、俺はしばらく彼女の”疑似家族”に付き合うつもりでいた。
その要求とは――――――――――――、
「なぁ、ジャンヌ。もう一つだけお願いがあるんだけどさ。聞いてくれるか?」
「・・・・・・なに、兄さん」
「そのさ、お前が捕らえている女――――――――、ケティとかいう女を黄昏の森の外に放り出してほしいんだ」
「いくら兄さんの頼みでもそれは駄目よ。あいつは”捕虜”なのだから、明日の朝に処刑して二度とこの森に来ようなどと思わないようにさらし者にするのだから」
俺に見せる時の甘い顔を払拭し、残虐そうな笑みを浮かべてそう宣言するジャンヌ。
あまりにも冷酷無比な言葉に、俺は慌ててジャンヌの考えが変わる様に思考をフル回転する。その様な事はどうしても避けなければ。ケティこそが俺の、いや今回の作戦の要なのだから。
どうにかして彼女には村まで逃げ帰ってもらわないと。
そしてこの状況をルーシアたちに伝えてもらわないと。
その為にはどうしても”生きてもらわなければ”いけないのだ、ケティには。
俺は一か八かではあったが、どうにかジャンヌの考えが変わりそうなよい案が浮かんだので、その案をとりあえず言ってみることにした。
正直に言って、彼女の気が変わるかどうかは二割にも満たない低い賭けではあったが、それでも言うだけならタダだ。
「そのさ、殺すよりもわざと生かして逃がした方がいいんじゃないか? その女の口からお前の恐ろしさが広まって、誰もここに来ようと思わなくなると思うぞ。それに、俺はジャンヌが人を殺すのを見たくないな」
どうだ――――――――!!
俺は一息に言い放った後、固唾を飲んでジャンヌの動向を注視する。
すると、先ほどまであれほどケティに対する敵意や殺意に満ちていたジャンヌであったが、俺の言葉を聞いた途端にその殺気だった雰囲気を雲散させて、俺の顔色を窺うように上目遣いで俺の方を見上げてくる。
どこぞの乙女かお前は。
しかし、どうやらこの作戦は上手くいったようだ。
俺は一仕事を無事にやり終えたような、すごく満ち足りた表情を浮かべて一息つく。
それほどまでに緊張していたのだ(察してくれ)。気持ちは正に核ボタンをを押す大統領の気分だ。
「そ、そうなの? まぁ、兄さんがどうしてもというなら、あの女を解放してあげてもいいわ。それにあの程度の雑魚。例え逃がしてもさほど脅威でもないし」
「そうか、そりゃ良かった。俺はお前の判断を尊重するよ」
「ならば、早速あの女にはこの森から出て行ってもらうわ。早速、あの子たちに命令してと・・・・・・」
俺はジャンヌがそういうのを待っていた。ケティが解放されるついでに、あの少女たちも一緒に解放させてあげれないかと考えていたのだ。
そして、おそらく今が絶好の機会だ。これを逃すと少女たちを逃がすチャンスは早々ないであろう。
「それなんだけど、あの女の子たちも一緒に解放してあげてくれないか」
「・・・・・・どうして? あの子たちはとても便利なのよ。私の手伝いに必要不可欠な人材だし」
「手伝い? そんなのは俺が手伝うよ。だからな、いいだろう?」
「でも・・・・・・」
ケティの時のようにすんなりいかないようで・・・・・・、ジャンヌも俺の提案にあっさりと首を縦に振らない。
しょうがない。
このセリフはあまり言いたくはなかったのだが・・・・・・、だがこれもあの子たちを解放するためだと、俺は恥ずかしい気持ちも堪えてその台詞を言い放った。
「俺は、他でもないジャンヌと二人きりで過ごしたいんだ。可愛い妹であるジャンヌと二人きりで。そのためには部外者は邪魔だろう?」
言い終わった後ですごく後悔した。
どこのイケメンが吐くセリフだよ。こんなん口から砂糖吐くレベルのウザさだよ。
しかし、当のジャンヌは俺の台詞に痛くときめいた様で、どこかまんざらでもない表情で、
「――――――――分かったわ。兄さんがそこまで言うならば、あの子たちもあの女と一緒に解放する」
――――――――――――――よぉし!! と、俺は心中でガッツポーズを取る。
どうにか最悪の事態は完全に回避できたうえに、自身の思い描いた通りに事が運んでいる。
俺はケティたちが無事ならば、自身を犠牲することは厭わない。
それでもしばしの別れに何だか物寂しさを抱いた俺は、
「なぁ、ジャンヌ。少し相談があるんだけど・・・・・・」
ケティたちを解放するために部屋から出ていこうとしたジャンヌの背に向けて、俺は自身の思いを伝えるために口を開いたのであった。
ケティが目を覚ましたのは、日の光も差さないどこかの暗い一室であった。ジメッとした空気や埃っぽさから自身が捕らえられているのは地下室であることが判明した。
ケティは負傷した箇所が動くたびに痛み、その痛みが走る度に顔を歪めながら、それでもどうにかしてこの場所から逃げ出そうと試みるが・・・・・・・。
今の状態からではあまり無茶も出来ない上に、ここに来る前に持ってきた装備品の数々も没収されてしまったため、奥の手である強行突破も出来ないときたもんだ。
自分は生粋の武人だからか、丸腰というのは不安になるもので。
それに薄暗いからか周りの状況なども把握できない。ここはどこなのかとか、今の時刻はとか。その他諸々の情報が何一つ入ってこない。
それは戦場では”死”を意味する。
まぁ、もっとも敵に捕らえられた時点で自分は”死ぬ”に等しいであろうが。
どうせ敵に殺されるならば、いっそのこと自分自身で命を絶ちたかったが、自害できるような物は何もない。
あぁ、本当に万事休すだ。
それに、とケティは薄れゆく意識の中で、ある少年の事が脳内に浮かぶ。
あの後、アラタはどうなったのか。そんなのは想像しなくても分かる。
どうして自分はあんなにも簡単にやられてしまったのか。後悔だけがいつまでも胸中に残る。
自分は彼の身を護る為に派遣されたのに、それがこの体たらくときたもんだ。
いっそのこと殺してくれた方が良かった。このままではおめおめと村へと帰れない。というかどんな顔して帰ったらいいか分からない。
任務を無事に果たせなかった誹りは免れない。
そのことが、その事実がとても辛かった。
このままジャンヌに殺されるのを待つのも一考かもしれないな、とケティは早くも己の生死を諦めようとしていた。
静かに歩み寄って来る”死の訪れ”を待ちつつ、ケティはジクジクと腹の傷が痛むのを忘れようと瞼をソッと閉じると、不意にケティが今一番聞きたかった声が聞こえるような気がした。
その声は、優しく語りかけてきて、ケティはどこか安心したように表情を和らげて、久しぶりに聞くその声に耳を澄ませながら全身を包む眠気に身を委ねたのであった。
その声はこう、言っていた。
『―――――――――――ケティ、生きてくれ。俺は、お前が助けに来てくれるのを待ってる』
ケティの描写は次回の冒頭に主人公視点でもう少し詳しく書く予定です。
どうにか解放する運びに持っていけました。
次回からはジャンヌとの共同生活が本格的に始まる予定です。
では、次回に。




