第三十章 貴方に会いたくて(78)
二日連続投稿です。
楽しんでいただけたら幸いです。
「ーーーーーーそれで作戦内容は?」
俺は四つん這いの体勢を維持したまま、右手に持った片刃の刀身に何かの液体を垂らすケティへと距離を詰めつつ、小声でマリ・ド・サンスを倒す作戦の指揮を尋ねた。
ことこの手の事はズブの素人の俺よりケティの方がうってつけだ。歴戦の傭兵である彼女の方がきっとよい作戦を思い付くであろうと踏んで俺は尋ねたのだ。
ケティはツィーと指で半透明の液体を刀身にくまなく塗り込むと、
「・・・・・・あぁ、そうだ、な。敵は理性を失くした獣と成り下がってる。このような敵に話し合いなどの賢い策は一切通用しない。ならばどうするか?
話は簡単だ。
敵は理性を失くした手負いの獣が一匹。対する我らは三人。いくら魔女であろうと数人がかりでかかれば太刀打ち出来まい」
普段ならば難しいかもしれないが、今ならば通用する策だ、とも付け加えるケティ。
彼女の言うことにも一理ある、とは思う。
一人の敵に複数人で挑むのは戦では常套手段だ。よほどの手練れでもない限り捌くのは至難の技だし、歴戦の兵士ならば単身でも決して苦戦することはない。
それに三人と言えど俺はド素人だし、もう一人のロゼとかいう名の女は怪我人だ。
ハッキリ言って足手まといの何者ではない。
なのに勝機があるというのか。
少し甘く考えているのではないか、と俺はケティの発案した作戦に異議を申し出そうになる。
だがケティの方がこんな俺より一枚も二枚上手なのだ。だからケティの考えた策を信じよう。
実際の戦いにおいてやはり複数人の方があっという間に有利なのだ。
面白いようにパサバサと敵を斬り倒せるのは漫画やドラマなどの創作物だけだ。
「ーーーーーーじゃあケティの作戦でいくとして、どうやって対処するんだ? 前にも言ったと思うけど俺は実践経験なんて0に等しいぞ」
そう。
何度も言ってると思うが、俺はケティのような兵士でも何でもない一学生だ。
出来ることも数少ない。まともに武器も扱えるかどうかも分からない。ロゼとかいう女の子も負傷してるし、ケティは一体どうするのか。またまた危険な破れかぶれな案を提示するのでは、という不安が頭をよぎる。
いくら数人がかりとはいえーーーーーー、俺は固唾を飲んでケティの言動を注視する。
しかしケティの発した案は俺の予想外のものだった。
「アラタ。お前はこの作戦の要だ。いいか、あの女の注意、というか意識をこちらに集中させるから、お前はその隙を付いてあの女の死角を付いてトドメを刺せ」
何と・・・・・・、まさかのまさかこの俺が殿役であった。
意外すぎるキャスティングだ。てっきり俺は注意を逸らす囮役だと思っていたのにーーーーーー、本気なのだろうか?
ケティの思惑が分からない。案の定今までだんまりを決め込んでいたロゼから抗議の声が投げ掛けられた。
「ケティ様!! 本気なのですか!? こんな素人に大事な殿を任せるだなんて!!」
口外にこいつ失敗すると公言しているロゼの発言を聞いて、
「そういきり立つなロゼ。こういうのはな下手な奴ほどいいんだ。それに囮役は腕の立つ者に決まってる。アラタでは攻撃を避ける前に死んでしまうだろうよ」
確実にな、と両の肩をすくめてロゼの反論を否定するように言葉を被せてくる。
ロゼの言うことにも一理あるし、ケティの言うことにも説得力がある。
戦場において殿役は花形だ。
本来ならばアラタのような半端者に託すような大役ではない。
ケティこそが相応しい。
だから納得がいかない。だから異を唱えるのだ。
自分の気持ちを理解してくれないケティに軽い苛立ちと憎しみを抱く。
だがーーーーーー、ここは仕方ない。こちらが折れよう。
そもそも油断して情けなくも怪我を負ったのは自分のせいなのだから。
イヤでイヤで仕方ないが、ここはケティの案に渋々と従うとしよう。
それが最善であると信じて、とロゼは喉の奥へと反論を飲み込んで、
「ーーーーーー分かりました。私の命をケティ様とアラタに預けます」
本心とは裏腹な言葉を絞りだし、ケティたちに従うという意思の現れとして頭を下げて見せた。
他人に己の命を預けるのは初めてたがーーーーーー、こういうのも案外悪くないのかもしれない、とほんの少しだけロゼは思った。
ロゼの了承を得たケティは満足そうな表情を浮かべると、
「よく言った。すまないなロゼ。何お前の力があれば百人力だ。この作戦は無事に完遂されるだろう」
本心ではない癖に、と言いたそうなロゼの横顔を見やりつつ、俺は取り敢えずケティの話に意識を集中することにした。
ケティの策は実践経験豊富な彼女らしい、よく考えられた実に効率のよい作戦内容てあった。
実践経験皆無な俺のことも、そして負傷しているロゼのことも考えられた、それこそ欠点のない作戦だった。
文句のつけようがない、とロゼは感嘆して数秒ほど押し黙ると、ケティの口から発せられる作戦開始の下知を待った。
覚悟は出来ている。
それは暗殺者らしいロゼも同じであろう。
俺は視線の先で痛みの声をあげて悶え苦しむマリへと今一度視線を向けてゴクリと乾いた喉へと唾液を流し込むのであった。




