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魔女と騎士  作者: 宮原 ソラ
3章
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オスカレイク領2

 話し合いは、何ら支障なく滑らかに進んだ。

 オスカレイク伯爵は、王都からの伝令鷹により、黒騎士が事態の鎮静化のために派遣された旨を既に聞いていた。

 そこに至る複雑な経緯についてはさすがに知る由もなかったが、もともと隠す気もなかったウォルターが、エメラインとスウェンのおかげで騎士として命拾いしたことを正直に打ち明けた。

 吉と出るか、凶と出るか、フィオルなどには懸念もあったが、この場合は吉と出た。

 娘の奇行に長年苦しんできた伯爵は、その原因が消えたことを、エメライン自身から聞いて知っていた。それを為した者が魔女ユリアであり、正気に戻った途端あやうく焼け死ぬところだったのを救い出したのが騎士ウォルターであることも、知っていた。

 彼らに対して、悪い感情を持つなど出来ようはずもなかったのである。

 

「ザカリアには数名偵察を出したが、誰一人として返っては来なかった。さて、どうしたものかと、頭を悩ませていたところだ。三千と言わず、五千でも一万でも、騎兵を与えよう。好きに使うが良い」

「いえ。三千で十分です。あまりに多いと、今度はそれだけ速さが失われますので。ありがとうございます」


 三人の騎士と魔女は、そのままラグリード城への滞在を許された。

 一礼し、退出しようとしたところ、ウォルターとユリアの二人を伯爵が呼びとめた。


「少し……話がしたい。よろしいかな?」


 娘エメラインのことだろうと判断したフィオルとイアニスは、速やかに部屋を後にした。

 彼ら二人とも、他人の秘密や内面に首を突っ込みたがる厄介な性癖は、無かった。






「長年娘を苦しめてきたモノ……その正体は、一体何だったのだろうと思ってな。どんな些細なことでもいい。知っていれば教えてもらえないか」

 魔法や呪術に関しては、ウォルターは門外漢も甚だしいので、返答の仕様がなかった。ユリアが慎重に言葉を選びながら、口を開く。

「憑り付いていたのは、精霊……です。過去呼び出され、還る道を失い、歪んでしまったものです。ただ……その中でも、かなり上位の精霊だったように思います」

 メディアの直系子孫であるユリアですら、視えたのはほんの一瞬だった。その一瞬の後、影はすぐに形を潜めてしまい、気配も消えた。

 少なくとも、それが出来るだけの力を持つ精霊だったのだ。白の君でなければ、恐らく払うことは不可能だっただろう。

「何故、そんなものが……エメラインに」

「申し訳ございません。そこまでは私にも……」

 ユリアは項垂れた。

「ただ、一つだけ……確かに言える事があります。狂いし者、は、自然と人に憑り付くことはありません。誰かが、歪められた外の魔術を使って、エメライン様に……」

 その先を口にすることは躊躇われた。

 エメラインの言動をおかしくさせていたのは紛れもなく魔法だが、根本の原因を作ったのは人間なのだ。

 しかも、エメラインは物心ついた頃には既に狂った精霊に囚われていた。そんな幼い時分に、呪いをかけられるほど強く人の恨みを買っていたとは考えにくい。

 犯人は、エメライン自身よりもむしろ伯爵を苦しめるために魔術を行使したと考える方が自然だろう……。


「私、か……あるいは原因は。エメラインは、私が受けるべきだった何者かの報復を、その身で代わってしまったということか……」


 恨まれる覚えはたくさんある、と、伯爵は呟いた。

 地位も金もあった。若い頃には無茶もやった。人も傷つけた……肉体的にも、精神的にも。


「長年エメラインに仕えていたスウェンですら、気付かなかった。貴女は相当に力の強い魔女なのだな。ユリア殿」


 伯爵の言葉に、ユリアは慌てて首を振った。

「いえ、それは違うのです。伯爵さま。私たち魔法使いにも、得手不得手があるのです。スウェンさんは、かなり強い魔力を持っています。知識も豊富な方なので、単純に対決したら負けるのは私です。ただ、視る力にはあまり恵まれていなかった……そういうことだと思います」

 それに、と、ユリアは思う。

 エメラインの呪いの進行を抑えていたのは、恐らくスウェンの存在だ。

 普通の人間にはない「根源」の力を、魔法使いたちはその身に秘め、常にゆるく放ち続けている。それが良い影響をもたらしたのは想像に難くなかった。


「エメライン様には、スウェンさんが必要です。どうか、お二人を引き離さないであげて下さい……」


 ユリアが妙な心配をしていることに、伯爵は気付いたのだろう。初めて声を上げて笑った。

「エメラインも、もう二十六なのでな。伯爵家の財力と人より多少優れた容姿がなければ、ただの売れ残りだ。あの魔法使いはなぁ……エメラインが火事で二目と見られない貌になっても、伯爵家から縁を切られても、一向に構わないから娘が欲しいと言いおったわ。いやむしろ、そうなれば、何の地位もない自分でもようやく釣り合いが取れると」

「スウェンさんが……そんな事を」

「若い頃の私を見ているようでな。……いやいや大人しげな顔をして、あれもなかなかの気性だな」


 一昔前、よりにもよって国王と恋のさや当てを繰り広げたこともある伯爵は、身分差などで恋人たちを引き裂くつもりは無いらしい。

 いい年なんだからさっさと孫を生めと娘に伝えてくれと、何とも言い難い伝言をユリアに託し、話し合いは一先ず終わりを見せたのだった。




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