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喫茶厨房本能寺 ―織田信長、感情のままに喫茶店を運営中―  作者: 本能寺
第五章 明智光秀の謀反と本能寺の躍進

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第50話「本能寺の変――黄金の清須」

第50話「本能寺の変――黄金の清須」



【東暦一五七三年 六月二日 午後二時・喫茶厨房本能寺】


店内に渦巻く熱気は、もはや祝宴の枠を完全に超越し、一種のトランス状態へと突入していた。


仙石秀久が全身の鈴を狂ったように打ち鳴らしながら歌い、参列者全員が肩を組んで踊り狂う。高砂の席では秀吉と寧々が感涙に咽びながら抱き合い、厨房では信長がけたたましい笑い声を上げながら至高の肉を鉄板で踊らせている。


「ガハハハハ! 飲め、食え、笑えッ! 祝い尽くして灰になれィッ!!」


「「「うおおおおッ!!」」」


会場を満たす、天井知らずの【祝福】と【歓喜】。


だが――その場に満ちた濃密な【喜】の奔流を受け止め続けていた会場中央の『黄金茶室』は、すでに前例のない共鳴限界を超えていた。


バチィッ……! ドォン……ッ!


金箔パネルの継ぎ目から、紫電を帯びた黄金の稲妻が激しくスパークし、火花が散った。


「……な、なんだ!?」


勝家が腕を止めた。店内のスピーカーから、キィィィィィン……という耳をつんざく高周波のハウリングが鳴り響く。


床を這うはずの低温アロマミストが、黄金の燐光を吸い込んで激しく逆流し、天井へ向かって黄金の竜巻のように渦を巻き始めたのだ。


「ま、まずいッ!」


長秀が電卓を取り落とし、顔色を変えて叫んだ。


「黄金茶室の共鳴許容量を完全に突破! 金箔パネルの共鳴制御が飽和して、制御不能になっています! 吸い上げられた【喜】のエネルギーが逆流し、自己増幅状態に入っています!!」


「な……なんですってェェェッ!?」


膝をついていた光秀が飛び起きた。


「火災は防いだ! 煙も防いだ! 猿も防いだはずだぞ!? なんで火もついてないのに爆発寸前になってるんだァァァッ!!」


「火ではございません、店長!」長秀がバインダーで頭を抱えながら叫ぶ。「これは純粋な【喜び】が許容量を超えたことによる、感情エネルギーの暴走臨界です!!」


「喜んでるだけで爆発する設備があるかァァァッ!!」


光秀は血相を変えて黄金茶室へ突進し、制御盤のブレーカーを手当たり次第に引き落とした。その拍子に、抱きしめていた『にゃん丸君招き猫』を慌てて黄金茶室の足元脇へと放り出すように置き去ってしまう。


「止まれ! 止まりなさい! 緊急停止だ! 全電源遮断ッ!!」


カチッ、カチッ、カチッ!


しかし、ブレーカーは虚しく跳ね上がるだけだった。


「だ、ダメです光秀殿!」利家が青ざめて叫ぶ。「電気で動いてるんじゃないっス! この場の全員の『おめでとう』って気持ちを燃料にして、勝手に共鳴を増幅させてるっス!!」


「全員今すぐ真顔になりなさいッ!!」光秀が客席へ向かって絶叫した。「笑うな! 喜ぶな! 悲しいことを思い出せ! 税金の請求書とか! 住宅ローンの金利とかを思い浮かべるんだァァッ!!」


だが、一度火がついた祝祭の熱狂が、そんな言葉で冷めるはずもなかった。


仙石秀久は涙を流しながら「秀吉先輩バンザーイッ!」と全身の鈴を激震させ、参列者たちは「明智さん面白いギャグをありがとう!」とさらに大爆笑して拍手を送る。


「ガハハハハ! 止められるものなら止めてみよ光秀!」


信長が厨房から飛び出し、両手を広げて咆哮した。


「これぞ人間の魂の極致! 祝いの心が天を突いたのだ! 爆ぜろッ! 黄金に染まり尽くせィッ!!」


「社長ォォォォォッッ!!」



挿絵(By みてみん)



次の瞬間――。


ピカァァァァァァァァァッッ!!


『黄金茶室』が、太陽そのものと化した。


店内の遮光カーテンをものともせず、本能寺の屋根まで黄金色に染め上げるほどの、圧倒的な光の奔流が全方位へと解き放たれたのだ。


【同日 午後二時十分・愛知県清須市上空】


その光景は、上空からも確認できるほどの異常発光として、後に衛星観測記録にも残ることとなる。


清須市の中央に位置する『喫茶厨房本能寺』を中心として、半径数キロメートルに及ぶ大地が、突如として眩い黄金の閃光に包まれた。


道路を走る自動車が黄金色に輝き、街路樹の新緑が黄金の葉を茂らせ、行き交う人々が「な、なんだこれは!?」と我が身を見下ろす。清須城の天守も、住宅街の屋根も、電柱も、空に浮かぶ雲までもが――まるで世界全体が黄金のベールに包まれたかのように、温かく、神々しい輝きを放ち始めたのだ。


熱線もなければ、衝撃波もない。


ただただ、その光を浴びた清須市民の心に、ふつふつと「何だか知らんが、めちゃくちゃめでたい気がする」「せっかくだから誰かを祝いたい」という、説明のつかない祝福の感覚が広がっていった。


市内のあらゆる交差点で、見知らぬ者同士が「おめでとう!」「何かわからんが乾杯!」とハイタッチを交わし始める。


清須市全域が、丸ごと一つの巨大な『黄金の祝祭空間』へと変貌を遂げていた。


【同日 午後六時・全国ニュース速報】


『――続いてのニュースです。本日午後二時頃、愛知県清須市を中心とした広範囲において、街全体が一時的に黄金色に発光するという前代未聞の怪奇現象が発生しました。


原因は、市内の飲食店「喫茶厨房本能寺」で執り行われていた結婚披露宴とみられています。


専門家によれば、参列者や新郎新婦から発せられた莫大な【喜】の感情エネルギーが、店内に設置されていた「黄金茶室」と共鳴し、暴走を引き起こした可能性が指摘されています。


人的被害および物的損壊はゼロ。現場からは「人生最高の結婚式だった」「街全体が祝福に包まれていた」との声が相次いでおり、SNS上ではこの前代未聞の奇象を指して――【本能寺の変】というワードが、世界トレンド一位を独占しております』


ニュースキャスターが真顔で読み上げるテレビ画面を、光秀は放心した目で見つめていた。


場所は、すっかり光の収まった『喫茶厨房本能寺』の店内。


街を包んでいた黄金の光は綺麗に散り失せ、清須の街並みは何事もなかったかのように日常の夕景へと戻っていた。店舗も全焼を免れ、パーテーションの金箔が綺麗に消し飛んだ程度で済んでいた。


新郎新婦の秀吉と寧々は、疲れ果てながらも「一生忘れられん式になりましたわ……」と幸せそうに微笑み合い、仙石秀久は燃え尽きて客席で爆睡している。


だが――ただ一つだけ、元に戻っていないものがあった。


「……な、なんだこれは……」


光秀が震える手で拾い上げたのは、黄金茶室の真横に置き去りにされていた『にゃん丸君招き猫』だった。


街全体の黄金化が嘘のように引いたというのに、暴走の直撃をゼロ距離で浴び続けたこの招き猫だけは――陶器の地肌まで芯から染め抜かれたかのように、ピカピカと眩い純金色に輝いたまま、元の色に戻らなくなっていたのだ。


「……本能寺の変……」


黄金のにゃん丸君を抱きしめたまま、光秀の口から魂の抜けたような呟きが漏れた。


「またやった……。安全基準を固めて、金を溶かして、完璧に手綱を握ったはずなのに……結局、街を巻き込んで事件化しやがった……!」


光秀は金色の招き猫を抱きしめ、カウンターに突っ伏してシクシクと泣き始めた。


「もう嫌だ……。今度こそ清須市から営業停止を食らう……。本能寺は終わりだ……私の経営再建計画もこれで水泡に帰したんだ……」


カチャリ、と長秀が店の電話の受話器を置いた。


その背後では、店舗の固定電話とファックス、そして光秀の社用スマートフォンが、ジリリリリリッ! と狂ったように一斉に鳴り響き始めていた。


「……店長」


「うるさい……もう消防局にも警察にも出頭しますよ……」


「いえ、警察ではありません」


長秀が分厚い予約台帳をバインダーに挟み直し、眼鏡の奥の瞳をギラリと光らせた。


「すべて、結婚式の予約および演出の問い合わせです」


「……は?」


光秀が涙で濡れた顔を跳ね上げた。


「全国のプレ花嫁、ブライダル業者から問い合わせが殺到しております。『街全体を黄金に染め上げる奇跡の婚礼を、私たちも挙げてほしい』『費用は米千俵でも一億円でも積む』『六月二日の本能寺で式を挙げれば絶対に離婚しないという伝説が生まれた』と……」


「い、一億……!?」


「わずか数時間で、来年秋までの土日祝日枠がすべて仮予約で埋まりました。犬山の引き出物セットにも全国から注文が殺到。金額にして、当店の向こう三年分の運転資金が、わずか数時間で確定いたしました」


「ぎゃああああああああッ!!」


光秀の悲鳴が夜の清須にこだました。


黒字を消すために打った手が、日本中を巻き込む空前絶後のメガヒットPRと化し、本能寺の金庫へ過去最大の濁流となって逆流してきたのだ。


厨房から、片手に『缶コーヒー有楽斎』を持った信長が豪快に肩を揺らして現れた。プシュッとプルタブを開け、コーヒーを一口呷る。


「ガハハハハ! 見たか光秀! 料理と祝いの熱気が、天下を丸ごと黄金色に染め上げてやったぞッ!」


信長は光秀の肩をバシバシと叩き、快哉を叫んだ。


「これより本能寺は『天下無双のブライダル厨房』としても名を馳せる! おい長秀、稼いだ金で、今度こそあの本能寺オーブンと平蜘蛛を買い直すぞッ!!」


「ハッ! 直ちに買い戻し口座の資金を決済に回し、調達の手配に入ります」


「やめろォォォッ! やめなさい貴様らァァァッ!!」


黄金色に輝き続けるにゃん丸君招き猫が、まるで光秀の受難をあざ笑うかのように、右手を上げて福と金運を招き続けていた。


光秀の謀反は、またしても完璧に、そして宇宙の果てまで粉々に打ち砕かれたのである。


東暦一五七三年六月二日。


かつて別の歴史を歩んだ世界で歴史を覆した凶変の日は、世界で最も幸福で、最も莫大な利益を叩き出した『奇跡の祝祭日』として、その名を現代に轟かせることとなった。




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