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喫茶厨房本能寺 ―織田信長、感情のままに喫茶店を運営中―  作者: 本能寺
第五章 明智光秀の謀反と本能寺の躍進

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第47話「黄金の婚礼作戦会議」

第47話「黄金の婚礼作戦会議」



【東暦一五七三年 四月中旬・喫茶厨房本能寺 閉店後】


犬山遠征から清須の本能寺へと帰還した翌週。


シャッターを固く閉ざした深夜の客席フロアには、緊迫した空気が張り詰めていた。


テーブルを囲む面々の中心で、明智光秀は腕組みをし、眉間に深い皺を刻んで立っていた。その横のテーブル上には、長秀が置いた『にゃん丸君招き猫』がちょこんと鎮座している。


分厚いバインダーを抱える長秀、ストップウォッチを磨く一益、腕まくりをして鼻息を荒くする勝家、腕組みをして唸る利家、山岳地図と調理スケッチを交互に睨む成政、そして豪快にスケッチブックを広げている信長。


本能寺の主要な面々が集結し、主役である秀吉と寧々は、少し居心地悪そうに端の席で縮こまっていた。


「……全員、揃いましたね」


光秀はホワイトボードをバンと叩いた。


「いいですか皆さん。本日の議題はただ一つ。六月二日に挙行される羽柴殿と寧々殿の『本能寺結婚式』の演出プラン策定です。大前提を確認します! 犬山で稼いでしまった巨額の黒字は、この婚礼の設備・演出費用として残らず綺麗さっぱり使い切ります!!」


「お、おい明智殿……ええんかそんなに全額使って……?」


秀吉が目を白黒させて尋ねると、光秀は心からの爽やかな笑み(ただし目は血走っている)を返した。


「構いませんとも! むしろ一銭も余らせてはなりません! ただしッ!!」


光秀の表情が一変し、鬼気迫る形相で身を乗り出した。


「金は全額溶かしますが、安全基準は一歩たりとも譲りません! 屋台の黒字を消すために結婚式をやるのであって、本能寺を全焼させたり、清須市消防局を呼んだりするための資金ではないのです! 社長が犬山で口走った『夜車山を店内に再現する』だの『煙と炎の空間演出』だの、あの手の狂気のアイデアは徹底的に現実的な安全ラインへ落とし込みます! 私がこの会議で全員の手綱を握りますからねッ!!」


「フン、相変わらず小役人のように細かい男だ」


信長が腕を組み、不敵に鼻を鳴らした。


「だが光秀、手綱を握るなんぞと抜かすなら、貴様が納得するだけの豪快な絵図を引いてみろ。まずは俺からだ!」


信長はスケッチブックを勢いよくテーブルの中央へ叩きつけた。そこに描かれていたのは、夜の木曽川を模した漆黒の絨毯の上に、怪しく光り輝く黄金の茶室、そして天井から吊り下げられた無数の赤い提灯の群れであった。


「犬山の夜車山が放った、あの三百六十五の灯火! あれを本能寺の店内にそのまま持ち込む! 店内の照明をすべて落とし、客席の頭上を覆い尽くす『四千七百の提灯シャンデリア』を吊るすぞッ! 空間全体を紅蓮の炎で染め上げるのだッ!!」


「却下ァァァッ!!」


光秀の怒号が店内に響き渡った。


「天井に四千七百個も火を吊るしたら、一分と持たずに熱気でスプリンクラーが作動して店内が大洪水になります! だいたい店舗の耐荷重を無視するんじゃない! 却下、即座に却下です!」


「む……ならどうするのだ光秀!」


「提灯の数は十三個! 各テーブルに小型の卓上行灯を配置し、光源はすべてLED電球にします! 和紙のシェードに特殊な透かし彫りを入れて情緒を演出し、特注の調光システムを組む! これで電気工事費と特注デザイン費をたっぷり計上できますし、火災リスクを極限まで抑えられます!」


「ぬぅ……火を使わぬとは情緒に欠けるが……特注の調光システムか。闇をコントロールするという意味では悪くはないな」


信長が腕を組んで唸った。光秀は内心でガッツポーズを作った。(よし……! 特注費で莫大な現金を溶かしつつ、火災要因を完璧に排除したぞ……!)


「次は俺だッ!」


立ち上がったのは勝家だった。丸太のような腕を振り回し、鼻息を荒くする。


「祭りと婚礼にゃあ、度肝を抜くド派手なアトラクションが要るぜ! 犬山といえば日本モンキーセンターだ! 近隣の猿たちを何百匹も集めて手なずけ、新郎新婦が入場する花道で、猿どもに一斉に『からくり太鼓』を叩かせて出迎えるってのはどうだッ!?」


「絶対にダメですッッ!!」


光秀の悲鳴混じりのツッコミが炸裂した。


「なんで猿を結婚式場に乱入させるんですか!? 暴れ出して料理を強奪されたらどうするんですか! 保健所が一発で乗り込んできて営業停止処分ですよ! 生き物を演出に使うなァッ!」


「チッ、漢気あふれる百猿太鼓がお流れかよ……!」


「代わりに、犬山の伝統技術であるからくり人形の職人に依頼し、伝統の技を組み込んだ『からくり太鼓人形』を一台、高額で特注発注します! 職人への特別技術料で余剰金を綺麗に削り落とし、衛生的にも完璧にクリアします!」


「なるほど、職人の伝統技術に金を落とすか。米の備蓄と同じく、形に残る堅実な投資ですな」


長秀が電卓を叩いて頷く。勝家も「ロボか……まあメカなら文句ねえ!」と腕を組んで座り直した。


「では、俺の番だな!」


身を乗り出したのは佐々成政だった。テーブルの上に広げたのは、雪山のような白い山塊がそびえ立つデザイン画である。


「婚礼の目玉といえばケーキだ! 俺が考案したのはこれだ――『さらさら峠ウェディングケーキ』!!」


「さらさら峠……!?」


光秀の眉根がピクピクと跳ねる。


「そうだ! 標高二千七百メートル、北アルプスの峻厳なる雪稜を極限まで再現した純白の三段構造! 飴細工の氷壁を登攀用ピッケルで切り崩しながらファーストバイトを喰らわせる! 登山家魂を揺さぶる山岳ウェディングケーキだッ!」


「ピッケルを結婚式場に持ち込むなァァァッ!! 刃物と雪山遭難の気配を祝いの場に持ち込むんじゃない!!」


光秀が絶叫し、すかさずホワイトボードを修正する。


「ケーキの形状は採用します! ただしピッケルは厳禁! 高級生クリームと犬山で採れた白桃のジュレをふんだんに使った『雪山風シャルロットケーキ』に仕様変更! ナイフ入刀は特注の金箔ナイフを鍛冶職人に誂えさせ、素材費と加工費で徹底的に予算を溶かします!」


「む……金箔ナイフで稜線へアタックか……悪くない」成政が腕を組んで頷いた。


「お次は俺の提案っス!」


前田利家が立ち上がり、爽やかな笑顔でテーブルを指差した。


「犬山で手に入れた『にゃん丸君招き猫』と、勝家殿が出したモンキーセンターの写真……犬山の『犬』と、モンキーセンターの『猿』のピースが揃ってるんスよね。ほら、以前うちの黄金茶室で、鵜匠の斎藤道三様を接客したことがあったじゃないですか」


「ええ、ありましたね。それが何か?」


「道三様の息子さん、義龍様が花火職人をやってるんスよ! だから犬と猿に続いて『キジ』の形を模した特注の線香花火を義龍様に作ってもらって、各卓で一斉に点火する演出はどうっスかね!?」


「また火かァァァッ!!」


光秀が頭を抱えかけたが、ハッと息を呑んで踏みとどまった。


「……待てよ。線香花火……? 打ち上げではなく、卓上用の極小花火なら……低発熱・低煙仕様の特注線香花火を義龍殿に開発依頼すれば……特注開発費として莫大な技術料を払える上、煙もほとんど出ず、火災リスクも安全基準内に収まるのでは……!?」


光秀の目がキラリと光った。


「採用です! 斎藤義龍殿へ『低発熱・低煙キジ型線香花火』の特注開発を正式依頼します! 火薬の研究開発費を満額前納しましょう!」


「よっしゃ! さすが明智殿、話がわかるッス!」


利家がニカッと笑った。


そこへ、ストップウォッチを止めた一益が静かに口を開いた。


「……犬、猿、キジときたならば、最後の一手は自ずと定まる」


「滝川殿、何か名案が?」


「犬山産の最高級桃です。引き出物に、厳選された桃を木箱に詰めて入れる。婚礼当日に最適な熟度となるよう、発注から納品までの所要時間、保存温度、熟度管理――すべて私のタイムスケジュールで完璧に完遂可能」


「素晴らしい! この超高級桃の仕入れ代で、残余資金も綺麗に消化できます!」


光秀が手応えに拳を握りしめたところへ、さらに自らホワイトボードへペンを走らせた。


「犬、猿、キジ、桃……これだけ揃って、肝心のあれを落とすわけにはいきません! 犬山銘菓の『きび団子』も引き出物に特注追加します! 創業数百年の老舗和菓子処へ掛け合い、金粉をあしらった婚礼専用の特注きび団子を誂えさせましょう! 伝統の菓子代で予算をさらに一段階溶かします!」


「犬山で桃太郎伝説にまつわる名物を取り揃えるとは……米の作付け計画のように寸分の隙もありませんな」


長秀が深く頷き、スッと眼鏡を押し上げた。


「引き出物に関して、私からも一つ提案がございます。犬山遠征の折、針綱神社近くの広場に店を構えていた『イイトモファーム犬山城三の丸店』にて、自家製米粉のバームクーヘンを視察いたしました。米の旨みと年輪の重なりが婚礼の慶びを体現する、実に縁起の良い菓子です」


「ほう! 地元の米粉バームクーヘンとは、素晴らしい着眼点ですね!」


光秀が顔を輝かせた瞬間、長秀の目が鋭く光った。


「ただし、柔らかなソフトバームでは日持ちが短く、米の保存性という観点から不安が残ります。ここは外側をしっかりと焼き固めた『ハードバウム』を採用すべきです。噛み締めるほどに米の滋味が染み渡る堅牢な焼き上がりは、収穫高にして米五十俵分の重厚さを誇り、夫婦の絆を末永く固く結ぶ証となりましょう」


「ソフトだと賞味期限が短いからハードバウムに……!? 理由が異常に現実的かつ堅実すぎる!!」


光秀は思わず突っ込みながらも、電卓を弾く長秀に深く頷いた。


「いいでしょう! 滝川殿の高級桃、特注きび団子、そして丹羽殿のイイトモファーム特注ハードバウム! 豪華三段引き出物セットとして採用です! 特注箱詰め代で予算をさらに綺麗に溶かしていきましょう!」



挿絵(By みてみん)



と、そこで光秀はふと我に返り、縮こまっていた二人に視線を向けた。


「……ハッ! いけない、我々ばかりが熱くなって肝心の主役のお二人の意見を聞いていませんでした! 羽柴殿、寧々殿、何かご希望はありますか?」


「えっ、あ、ウチですか!?」


突然振られた寧々は目を丸くしたが、胸元に手を当てておずおずと切り出した。


「あの……犬山で前撮りをしたとき、引き出物の準備やロケの手配をしてくださった有楽斎さんのカフェのコーヒーが、すごく美味しくて心に残っとって……。もしよかったら、すでに手配していただいている有楽斎さんの特製ブレンドコーヒーを、綺麗にラッピングして少し多めに皆さんに考えていただいた引き出物に添えてお配りしたいなって……」


「素晴らしい!!」


光秀は両手を打って大絶賛した。


「なんて慎ましく、心温まるアイデアでしょう! 採用です! 六・二にちなんで、六十二回分の超特大ドリップコーヒーセットとして特注焙煎を依頼し、豪華絢爛な西陣織の風呂敷で個別ラッピングさせましょう! 丁寧な特注手作業と高級素材で包装費を徹底的に上乗せできます!」


「ろ、六十二杯分!? 毎日飲んでも二ヶ月持ちますよ明智殿!?」


寧々が目を白黒させる横で、秀吉が

「あ、あのぅ、ほんなら俺からも一つええですか……?」と恐る恐る挙手した。


「羽柴殿! 何なりとおっしゃってください!」


「実は……俺の高校の後輩で、仙石秀久っていう売れないミュージシャンをやっとる奴がおってですね……。あいつ、鈴の音一本でずっと頑張っとるんですけど全然芽が出んで。もし許してもらえるなら、新郎側の余興として呼んで、一曲歌わせてやってほしいんです」


「採用ですッ!!」


光秀は即座にホワイトボードを叩いた。



「売れないミュージシャン! なんて素晴らしい響きでしょう! スケジュールを押さえるのも容易ですし、知名度がないなら事務所経由で法外な出演料を請求されて経費が天元突破する恐れも微塵もない! 交通費と謝礼、そして演奏機材の設営費としてきっちり適正予算を計上できます! 完璧な余興枠です!」


「あ、ありがとう明智殿……! 仙石も絶対泣いて喜ぶわ……!」


秀吉が感激に目を潤ませる。


「よし! では、空間の演出はどうする?」


信長がギラリと目を光らせた。


「犬山の川面に漂っていた、あの煙と光の乱反射だ。あれを婚礼の中核にする! 本店の『楽市楽座』を限界出力で回し、会場内に濃密な燻煙を立ち込めて雲海を作り出すぞッ!」


「だから室内で煙を焚くなと言っているでしょうがァァァッ!!」


光秀は息を切らしながらホワイトボードに図を描き殴った。


「煙ではなく、『ドライアイスの冷気』と『特殊な微粒子アロマミスト』を使います! 本願寺エネルギーホールディングスの安全規格に合わせた、低温式の特注ミスト発生器を三台全額前払いで購入します! 床面近くから低温で噴射させ、火災報知器への影響も抑えつつ、床に幻想的な白い帳を張り巡らせる! そして料理の燻煙は、奥の厨房で密閉処理し、提供する瞬間にガラスドームを開けて香りだけを立たせるのです!」


「……ほう」


信長が顎に手を当て、鋭い視線で光秀の図面を見つめた。


「床を這う冷気の霧と、皿の上だけで解き放たれる極上の燻香……。なるほど、闇と光、そして香りの緩急か。面白い、実に計算された演出だ!」


「さらにメイン会場ですが」


長秀が静かに手を挙げ、メガネを光らせた。


「店舗中央に、あの『黄金茶室』で使っている組立式パネルを展開いたします。普段のカフェ営業で使うパーテーションを黄金色に再コーティングし、内部に控え室および神前ブースを構築。費用は金箔の特殊加工代として、米百五十俵分が計上されます」


「よし、それも採用だ!」


光秀は力強く頷いた。


(……良かった……! 本当に良かった……ッ!!)


光秀の胸中を満たしたのは、言葉では言い尽くせぬほどの深い安堵であった。


(最初は社長が夜の犬山に感化されて、いったいどんなとんでもない狂気の感情エネルギー設備を開発すると言い出すかと胃を痛めていたが……新しい感情エネルギー設備じゃなくて本当によかった……!!)


本能寺オーブンや平蜘蛛のような、暴走すれば手に負えないヤバい調理兵器など一つもない。


(これで犬山で稼いだ黒字は、特注LED調光、からくり太鼓人形、さらさら峠ケーキ、低煙キジ花火、高級桃ときび団子、ハードバウム、六十二回分ドリップ珈琲、仙石君の余興、特注低温アロマミスト、黄金茶室の金箔施工によって、一円たりとも残らず綺麗さっぱり消滅する! しかも危険な生火も、暴走する燻煙もすべて排除した! これで安全面は万全だ……!)


光秀は『にゃん丸君招き猫』の頭を撫でながら、満足感に満ちた溜息を吐き出した。


「決まりましたね。六月二日、喫茶厨房本能寺で行われる婚礼は、徹底した安全基準と莫大な演出費用によって担保された、平和で優雅な『光と霧のウェディング』となります!」


「うむ! 秀吉、寧々、楽しみに待っておれ! 俺が貴様らのために、天下無双のフルコースを焼き上げてやるからなッ!」


信長が豪快に笑い、秀吉と寧々は胸を撫で下ろして深く頭を下げた。


「ありがとうございます、社長、明智さん……!」


会議はこれ以上ないほど円満に、そして完璧な計画のもとに幕を閉じた――はずであった。


だが、光秀はまだ知らなかった。


人間がどれほど綿密な安全基準を組み上げようとも、感情エネルギーまでは完全に管理できないということを。


【喜】の感情エネルギーを共鳴・増幅させる特性を持つ、本能寺の『黄金茶室』。


そこへ六月二日、参列者たちの純粋な【祝福】と【歓喜】から生まれる、莫大な【喜】のエネルギーが集まり続けたとき――一体どのような現象を引き起こすのか。


そして、犬山で蒔かれたいくつもの小さな種が、巡り巡ってどのような想定外の事態を呼び寄せてしまうのか――。


光秀の計算をあざ笑うかのように、運命の六月二日は、刻一刻と近づいていた。




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