第40話「結婚式プロジェクト始動」
第40話「結婚式プロジェクト始動」
【東暦一五七二年 十二月初旬】
秀吉と寧々の結婚式が、半年後の「東暦一五七三年 六月二日」に喫茶『本能寺』で盛大に執り行われることが決定した。
翌週、本能寺のフロア中央には臨時の大作戦会議テーブルが設営され、信長、光秀、秀吉、そして新戦力である利家、成政、一益、長秀の全員が顔を揃えていた。
「いいか貴様らッ!」
信長がテーブルの上にドカンと分厚いスケッチブックを叩きつけた。
「これは単なる身内の祝言ではない! 本能寺の『食の力』と完全予約制特別室『黄金茶室』の威光を、この尾張・美濃全域へ知らしめる天下統一のプロモーションだ! 手加減なし、妥協なし、持てる技術と情熱のすべてを注ぎ込むぞッ!」
「「「おーッ!!」」」
一同の勇ましい返答が響く中、光秀だけは電卓を小脇に抱え、口元を緩ませていた。
(素晴らしい……! これぞ私が望んでいた展開! 衣装、会場装飾、引き出物の特注、婚礼用の超豪華食材……! 妥協を排して湯水のように金を使えば使うほど、積み上がった余剰利益は綺麗さっぱり蒸発する! これで『本能寺オーブン』と『平蜘蛛』の買い戻しは完全に阻止できる……!!)
光秀はビジネススマイルを全開にして前に進み出た。
「社長! おっしゃる通りです! 秀吉殿と寧々殿の晴れ舞台ですから、予算のことなど一切気にせず、最高のものを惜しみなく発注いたしましょう! 衣装も京都の最高級西陣織、引き出物も特注の漆器など、一番値の張るプランで見積もりを取ります!」
「待て、光秀」
信長が腕を組み、鋭い眼光を光らせた。
「誰がそんな既製品の成金趣味に金を出すと言った?」
「……え?」
光秀の笑顔が固まる。
「一番金がかかるのは『料理』だ。客の腹を満たし、魂を揺さぶるのは、いつの時代も皿の上の味だろうが!」
信長はスケッチブックをバサッと開いた。そこには、信長の荒々しい筆致でびっしりと描き込まれた『婚礼フルコース試案』が並んでいた。
「婚礼のメインは、尾張牛の極上ローストと、楽市楽座による三種ハーブの燻製鴨! そして締めには、黄金茶室の特性を極限まで引き出す『至高の金箔引き出物菓子』と『特製婚礼モーニング』をぶつける!」
「……は、はぁ……」
「成政ッ! このメニューに見合う幻の食材を、全国の山々から一合目から泥臭く掘り起こしてこい! 一益ッ! 婚礼料理の提供スピードをコンマ一秒単位でシミュレーションしろ! 長秀ッ! 婚礼用の米は最高峰の特A米を何俵確保できるか計算しろ! 利家ッ! 参列する地元の親父どもや親族の警備・誘導計画を叩き上げろッ!」
「山頂目指して極上の肉を探し出してまいります!」
「調理動線の短縮、すでに計算に入っている」
「最高級の銀シャリ、米十俵の手配に動きます!」
「親族もヤクザも全員ビシッと誘導してみせるッス!」
矢継ぎ早に飛ぶ信長の指示に、優秀すぎる新スタッフたちが電光石火の勢いで動き始める。
「ちょ、ちょっと待ってください社長!?」
光秀が青ざめて叫んだ。
「それでは単なる『本能寺の通常業務の極限進化』ではありませんか! 料理の開発にこだわったら、成政殿がまた安く仕入れて原価を抑え、一益殿が効率化して、長秀殿が米の管理をして……また店の実力と評判が上がって儲かってしまいます! もっと無駄に、派手に、中身のない浪費に金を使いましょうよッ!!」
「何をワケの分からんことを喚いておるか、たわけが!」
信長は手にした『缶コーヒー有楽斎』をカチリと開け、グッと飲み干した。
「本能寺が金をかけるのは、味と客の感動だけだ! くだらん見栄の浪費なんぞ一銭もいらん! 手作業の魂を極限まで研ぎ澄ますのが、我が本能寺の『全額負担』の流儀だッ!」
「そ、そんなぁ……ッ!」
光秀は膝から崩れ落ちそうになった。
利益を浪費して現金を消し飛ばすはずが、料理狂の信長の手によって「店舗のブランド力と料理品質をさらに跳ね上げる大規模開発プロジェクト」へと軌道修正されてしまったのだ。
そこへ、秀吉がおずおずと手を挙げた。
「あ、あのー……社長、明智さん。料理を最高にしてくれるのはホンマに涙が出るほど嬉しいんですけど……実は、寧々ちゃんから一つだけお願いがありまして」
「ぬ? 寧々が?」
「はい。結婚式当日に飾る『ウェルカムボード』とか、記念の『前撮り写真』だけは、どうしても自分たちの手で思い出の場所に行って揃えたいって言うてまして……」
秀吉は少し照れくさそうに頭を掻いた。
「半年の準備期間があるなら、少し遠出して、二人の記念になる場所で写真を撮ったり、結婚式に飾る縁起物を探してきたいんですわ」
「ほう……前撮りか。面白い。本能寺の公式PR写真としても使わせてもらうぞ」
信長の目が輝く。
「それと……もう一つあります」
秀吉は少しだけ表情を改めた。
「昔、平蜘蛛の開発でお世話になった織田長益様にも、ちゃんと婚礼の挨拶をしておきたいんですわ」
「有楽斎様にか?」光秀が反応する。
「はい。あの頃、俺たちが色々と無茶をしていた時にも、長益様には色々と力を貸していただきましたから。せっかくの人生の節目ですし、直接ご報告しておきたいんです」
「なるほどな」信長が腕を組む。「ならば、挨拶ついでに前撮りもしてこい。どうせなら、長益のところで婚礼の相談もしてくればいい」
「ええ。それで、寧々ちゃんとも相談して決めたんですわ」
秀吉は懐から一枚の案内を取り出した。
「まず長益様に婚礼の報告をして、それから寧々ちゃんと犬山の町を見て回ろうと思っとります」
「犬山……?」光秀が案内を覗き込む。
「はい。せっかくの機会ですから、挨拶だけで帰るんやなくて、二人の思い出も作ってこようと思っとります」
秀吉は少し照れながら笑った。
「結婚前の、最後の二人旅ですわ」
「ほう……」
信長がニヤリと笑う。
「それなら土産話も期待しておるぞ。面白いものを見つけたら、本能寺の結婚式にも取り入れるからなッ!」
「えっ!? 結婚式にですか!?」
「当然だッ!」
「いやいや、俺らの結婚式ですって!」
「だからこそだッ!!」
光秀は二人のやり取りを眺めながら、ひっそりと電卓を握り直した。
(まあいい……。犬山への旅くらいなら、まだ大した出費ではない。むしろ前撮りも結婚式のPRになる。重要なのは、とにかく現金を使うことだ……)
こうして秀吉と寧々は、織田長益への婚礼の挨拶と前撮りを兼ねて、犬山へ向かうことになった。




