第38話「破滅の投資と破天荒な営業」
第38話「破滅の投資と破天荒な営業」
光秀が久秀に莫大な研究費を投入してから数日後。
光秀は、「これで利益は消え去り、危険設備の復活も永久に凍結された」と、密かに胸を撫で下ろしていた。
しかし――。
技術顧問の松永久秀から、本能寺の事務室へ一本の電話が入ったことで、その安寧は脆くも崩れ去ることとなる。
「……クックック、明智殿。研究の進捗報告でございます」
受話器の向こうで、久秀が妖しく喉を鳴らす。
「久秀さん! どうですか!? やはり『本能寺オーブン』と『平蜘蛛』の安全化など、物理的に不可能だと証明されましたでしょうか!?」
「いいえ?」
「……は?」
光秀の顔から血の気が引く。
「出力を落とせば、安全にはできます。ですが、それでは『料理狂』の織田社長が納得しないでしょう?」
「そ、それは……」
「ならば答えは一つです」
久秀の声が、楽しげに弾んだ。
「出力を落とさず、壊れないようにすればいい」
「…………」
「潤沢な研究費のおかげで、超高耐久フレームの開発に目途が立ちました。設備そのものの耐久性能を極限まで引き上げれば、以前のような破損事故は大幅に減らせます」
「つ、つまり……出力を落とさずに、安全に使えるようになる……ということですか……!?」
「ええ。少なくとも、以前よりは」
「少なくとも!?」
「クックック……完成も間近でございますよ」
ガチャリ。
電話が切れた。
光秀は受話器を握りしめたまま、絶望のあまりその場に膝から崩れ落ちた。
(嘘だろ……ッ!?)
(手元の現金を消すために渡した研究費が……危険設備を『壊れない超高出力兵器』へと進化させているだと……!?)
「だ、ダメだ……!」
光秀は青ざめた顔で立ち上がり、電卓を叩いた。
久秀へ資金を流し込むだけでは足りない。
何としても利益そのものを極限まで圧縮し、残りの購入資金すら溜め込ませない手を打たなければならない。
(そうだ……!)
光秀の脳裏に、再び悪魔的なアイデアが閃いた。
(前回の利家殿と成政殿は、たまたま能力が噛み合って利益が出ただけだ!)
(今のホールは利家殿のおかげで完全に仕事が回っている!)
(ならば、そこへさらに人を投入する!)
(しかも今回は――体育会系の厳つい男だ!)
光秀は速攻で求人広告を打ち、面接室に現れた大柄な男・柴田勝家を即座に採用した。
「柴田勝家と申します! この体躯と体力、すべて本能寺のために捧げますッ!」
「よし! 採用です勝家殿! 今日からホールでドカンと働いてください!」
「お任せくださいッ!!」
(勝った……!)
光秀は内心で拳を握った。
(完璧に足りているホールへ、さらに人を追加した! これで人件費という名の固定費が膨れ上がり、今度こそ純利益は吹き飛ぶ……!!)
しかし――。
光秀の期待は、またしても裏切られた。
「いらっしゃいませぇぇぇッ!! 本日はようこそ本能寺へッ!!」
勝家が腹の底から放つ超重低音の豪快な挨拶が、店内にズシンと響き渡る。
武骨。
豪快。
暑苦しい。
だが――妙に気持ちがいい。
その体育会系のノリと、武骨ながらもどこか愛嬌のある情熱的な接客が、本能寺の奥に位置する完全予約制の高級特別食堂『黄金茶室』の客層に大刺さりした。
「勝家ちゃん! 今度、うちの取引先との宴会をやりたいんだけど、黄金茶室って空いてる!?」
「ハッ! ご宴会でございますなッ!」
勝家は即座に予約台帳を開いた。
「何名様でございますかッ!?」
「えっと、十五人くらい」
「承知しましたッ!! その人数でしたら黄金茶室の特別コースが最適ですッ!!」
「まだ内容を聞いてないんだけど!?」
「ならば今ここで最適なものをご提案いたしますッ!!」
「決めるの早ッ!?」
勝家は、客の利用目的を聞くや否や、宴会、接待、企業の会食など、それぞれに合わせた黄金茶室の利用方法を猛烈な勢いで提案していった。
そして――。
「接待なら黄金茶室が最適ですッ!!」
「新商品の発表会なら、貸切利用はいかがでしょうかッ!!」
「社内表彰式なら、こちらの特別コースをお勧めいたしますッ!!」
持ち前の体育会系営業によって、勝家は地元企業の大口宴会や接待予約を次々と『黄金茶室』へ引っ張ってきた。
ただのホールスタッフとして採用したはずの男が――いつの間にか、最高単価の商品を売りまくる営業担当へと変貌していたのである。
高単価な『黄金茶室』の稼働率が跳ね上がり、店舗の売上はかつてない次元へと突入した。
「……あ、あ、あああぁぁぁぁッ!?」
その日の深夜。
事務室で帳簿を確認した光秀は、髪を掻きむしって叫んだ。
「増えた……ッ!」
「固定費で利益を潰すはずが……勝家殿の大口営業で『黄金茶室』の利益が跳ね上がり、前回の倍以上の巨額な利益が残っているぅぅぅっ!!」
光秀は電卓を握りしめたまま震えた。
人を増やせば儲かる。
研究費を渡せば設備が強化される。
そして、余剰人員として雇った男が、最高単価の部屋を満席にしてしまう。
(も、もうダメだ……!)
(手元にこんな巨額の現金が残っていたら、久秀さんの研究が完成した瞬間に、オーブンと平蜘蛛を現金一括で購入されてしまう……!!)
追い詰められた光秀は、目の色を変えた。
(ならば――)
光秀は帳簿を抱え、厨房で仕込みをしていた信長のもとへ弾丸のように突撃した!
「し、社長ォォォッ!! 大至急お聞きくださいッ!!」
「うおっ!? なんだ光秀、また血相変えて」
光秀はゼェゼェと肩で息を吐きながら、信長の目の前に最新の経営状態が記された帳簿を突きつけた!
「社長! 今の我が店の利益は、完全に異常事態です!」
「異常事態?」
「はい! これほどの現金を手元に眠らせておく理由などありません!」
「現金があるなら良いことじゃねえか」
「違いますッ!!」
光秀は血走った目で叫んだ。
「現金があるから危険なんですッ!!」
「……?」
「今すぐ、この増えすぎた利益をすべて使い、創業初期の各種開設ローンや設備準備金の『ガンガン繰り上げ返済』を実行すべきですッ!!」
「繰り上げ返済だと?」
「そうですッ!!」
光秀は手帳に書いた返済シミュレーションを信長へ突きつけた。
「借金を一刻も早く完済し、無借金経営を達成するのです!」
(よしッ……!)
(研究費で消せなかったのなら、返済という名目で手元の現金を綺麗に消し去ってしまえばいい!)
(現金さえ無くなれば、危険設備の買い戻しは物理的に不可能になる……!!)
信長は手にした『缶コーヒー有楽斎』をグッと煽り、光秀の鬼気迫る返済シミュレーションをじっと見つめた。
やがて――。
信長は不敵にニヤリと口角を吊り上げた。
「ガハハハハハ!」
「で、では……!?」
「言うようになったじゃねえか、光秀ッ!」
信長は豪快に笑った。
「借金を踏み倒すどころか、全額繰り上げ返済で完済するとは……まさに天下人の経営だなッ!」
「…………」
光秀の顔が引きつる。
「決定だ!」
「……え?」
「出た利益はすべてローンの繰り上げ返済にぶち込めッ!!」
「は、はい……!」
「借金をゼロにして超優良企業になったその瞬間――」
信長の目が、ギラリと輝いた。
「久秀の超高耐久化された最強の二大設備を、現金一括でドカンと買い戻して復活させてやるぞッ!!」
「あ……あ……」
光秀の口から、声にならない声が漏れた。
手元の現金を消し去るために提案した『繰り上げ返済』。
しかしそれは、本能寺を『完全無借金の超優良企業』へと進化させ、未来の二大設備をキャッシュで購入するための、完璧な財務基盤を整えてしまうのだった。




