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喫茶厨房本能寺 ―織田信長、感情のままに喫茶店を運営中―  作者: 本能寺
第五章 明智光秀の謀反と本能寺の躍進

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第37話「疾風怒濤――デリバリーの極意」


第37話「疾風怒濤――デリバリーの極意」



光秀の「利益圧縮を狙った増員提案」から数日後。


喫茶『本能寺』の面接室(兼・休憩スペース)には、一人の男が静かに佇んでいた。


「滝川一益と申します。調理補佐の募集と聞いて参りました」


黒髪をすっきりと切り揃え、影のように無駄のない動きを見せる男。


光秀は受け取った履歴書を見つめながら、内心で激しくガッツポーズを決めていた。


(勝った……! 利家殿と成政殿の加入で、すでにホールと厨房のオペレーションは極めて滑らかに回っている! そこへさらに調理補佐として一益殿を雇えば、完全に過剰人員! これで人件費という名の固定費が膨れ上がり、利益は確実に圧縮される……ッ!)


「採用だ!」


光秀の思考を遮るように、信長が即断即決した。


「貴様、料理はできるか?」


「一通りは」


「包丁は?」


「扱えます」


「火は?」


「問題ありません」


信長の目が輝いた。


「採用だッ!!」


「早すぎますぞ社長ッ!」


一益は静かに一礼すると、即座にエプロンを締め、厨房へ足を踏み入れた。


だが、光秀の甘い企みは、営業開始からわずか十分で木っ端微塵に打ち砕かれることとなる。


「成政! 特製モーニングの玉子焼き、五人前だ!」


「ハッ! 四合目から一気に焼き上げ――」


「終わった」


「……は?」


成政がフライパンを握るより早く、一益の手元から五皿の完璧な玉子焼きがカウンターに並べられた。


「な、なんだその手数はッ!?」


信長が目を剥く。


一益の包丁さばき、火加減の調整、盛り付け。すべてが異様なまでに速い。しかも、料理の品質は一切落ちていない。


「……なるほど。速さもまた、料理の技術というわけかッ!」


「そこに気づかなくていいです社長ッ!」


信長と一益、二人の超絶技巧が揃ったことで、厨房の調理待ち時間は実質ゼロへと突入した。


しかも信長には仕込みの細部にさらにこだわり抜く余裕まで生まれ、料理のクオリティは一段と跳ね上がってしまった。


さらに営業終了後、一益が淡々と口を開いた。


「織田社長。現在の厨房には、まだ調理能力に余剰があります。私が調理工程を圧縮すれば、手作業の品質を保ったまま、外販へ乗り出せます」


一益は一枚の資料を差し出した。


「テイクアウト用の『金色ゆで卵』および特製サンドイッチによる、自社デリバリー事業を開始すべきです」


「デリバリーだと……!?」


光秀の顔から血の気が引く。


「はい。清須市内および近郊のオフィス街へ、出来立ての味を最速でお届けします。配送は……私一人で十分です」


一益はそう言うと、店の裏手に停めてあった配達用バイクのキーを指先で回した。


翌日から始まった『本能寺特急デリバリー』は、清須市を震撼させた。


「お届けに参りました。本能寺の特製モーニングセットです」


「えっ!? 注文してから、まだ三分しか経ってないよ!?」


「最短経路を選びましたので」


「いや、そういう問題じゃないだろ!?」



挿絵(By みてみん)



どれほど激しくバイクを駆っても、岡持ちの中の『金色ゆで卵』やスープは一切傾かない。


しかも、清須市内の路地裏や抜け道まで完璧に把握し、最短距離を一切迷わず駆け抜けていく。


『【衝撃】本能寺のデリバリー、注文した瞬間に届くんだがwww』


『温かいスープが一切こぼれてない! 忍者かよ!』


SNSで一益の「神速配送」が大バズりし、オフィス街の企業やイベント会場からデリバリー注文が殺到!


店内営業の売上に加え、外販のデリバリー売上まで爆発的に上乗せされる事態となった。


「……ひ、ひぃぃぃぃぃっ!?」


その日の深夜、事務室に光秀の悲鳴が響き渡った。


電卓を叩く手がガクガクと震える。


「増えた……ッ! 人件費を増やしたのに、一益殿のデリバリー売上がそれ以上に増えて、利益まで増えている……ッ!!」


光秀は頭を抱えて床に転がった。


人件費を増やして利益を減らし、危険設備を遠ざけるはずだった。


ところが、人を雇うたびにその人間が超優秀な営業マシンと化し、さらに利益を生み出してしまう。


(ダ、ダメだ……! このまま手元に利益が積み上がれば、来月にも『本能寺オーブン』と『平蜘蛛』の再建資金が貯まってしまう……ッ!!)


極限の恐怖に達した光秀の頭脳に、起死回生の悪魔的――と本人は思っている――アイデアが閃いた。


(そうだ……! あの危険設備の買い戻しを阻止しつつ、手元の現金を安全に消し去る方法が一つだけある……!!)


光秀は書類を抱え、厨房で夜食を食っていた信長のもとへ突撃した!


「し、社長ォォォッ!! 大至急お聞きくださいッ!!」


「うおっ!? なんだ光秀、血相変えて」


光秀はゼェゼェと息を吐きながら、信長の前に書類を叩きつけた!


「社長! 『本能寺オーブン』と『平蜘蛛』のことですが……あのような高火力・高圧力の過酷な感情エネルギー設備、いくら再建資金が貯まったからといって、そのまま買い戻して店舗に導入するのは絶対にあってはならない超危険行為です!」


「ぬ……? まあ、たしかに前の炎上騒ぎを考えればな……」


信長が腕を組む。


光秀は間髪入れずに畳み掛けた!


「ですから! 今回増えた潤沢な利益は、本能寺・本願寺双方の技術案件に関わっている外部のフリー技術顧問――松永久秀さんに研究開発費としてドカンと渡すのです!」


「ほう……」


「久秀さんに設備そのものの『徹底的な安全性研究と制御システム開発』を行わせ、安全性に問題がないと確認されるまで設備の買い戻しは凍結いたしましょうッ!!」


「ほう……久秀に資金を渡して安全化の研究をさせるか。一理あるな」


信長が深く頷いた。


光秀は内心(勝った……ッ!)とガッツポーズを決めた。


(完璧だ……! あの久秀さんのことだ。どれだけ研究費を投じたところで、危険設備を安全にすることなどできないという結論に達するに決まっている! これで利益は研究費として綺麗に消え去り、危険設備の復活も永遠に不可能になる……!!)


信長は手にした『缶コーヒー有楽斎』をグッと飲み干すと、不敵にニヤリと笑った。


「ガハハハハ! いい度胸だ光秀ッ! 久秀の技術力を信じて研究資金をブチ込むとは、まさに攻めの投資じゃねえか!」


「で、では……!?」


「決定だ! 当面の利益は、久秀の研究開発費として回せッ! そして久秀にオーブンと平蜘蛛の安全化実験を徹底的にやらせるぞッ!!」


「はいッ! 喜んで研究費の手配をいたします!!」


信長は高らかに笑いながら、光秀の肩を力強く叩いて去っていった。


安全研究という名目で設備購入を阻止し、増え続ける利益を久秀の研究費という名のブラックホールへ流し込んで手元資金を消し去る。


光秀の必死の防衛策は、今度こそ完璧に成功した――はずだった。


しかし光秀はまだ知らなかった。


外部技術顧問として潤沢な研究資金を手に入れた松永久秀が、その資金を「安全化」のためだけに使う男ではないということを。


そして――その研究の果てに、何が生み出されるのかを。




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