第35話「前田利家、ホールを制す」
第35話「前田利家、ホールを制す」
前田利家がホールスタッフとして加わってから、数日が経過した。
喫茶『本能寺』の店内には、これまでにない「異様な活気」が渦巻いていた。
「よお、イヌ! 今日も元気に傾いてんな!」
「ハッ! 毎度ッス、極道組の組長! 今日の特製モーニング、トーストの焼き加減はバチッと気合入れて仕上げてあるッスよ!」
「ガハハ! 相変わらず景気が良くて気分がいいぜ!」
テーブル席で肩をいからせる強面の男性客たちや、ド派手な服を着た地元の不良少年たちに、利家が白い歯を見せて豪快に接客している。
利家の持ち前の度胸と、歌舞伎者さながらの立ち振る舞いは、近所のちょいワルな親父たちや若者たちの心を一瞬で掴んでいた。
「あいつのいる本能寺、気合いが入ってて最高だな」
そんな口コミが広がり、いつしか本能寺には、利家目当ての新たな客層まで押し寄せるようになっていた。
「……ハァ。羽柴殿、あの客層の急増はいったい何なのですか。いくら売り上げが伸びているとはいえ、私の胃が痛むのですが……」
カウンターで帳簿を開く光秀が、青い顔で胃を押さえる。
「まあまあ明智さん! 利家が入ってくれたおかげで、ホールの回転率は爆上がりですわ! 威勢はいいけど気配りも抜群やし、みんな楽しそうにメシ食うてますからええやないですか!」
秀吉がお盆を抱えて笑顔でフォローを入れた、その時だった。
ウィーン、と勢いよく自動ドアが開いた。
入ってきたのは、制服を着た警察官ふたりと、消防局の査察官だった。険しい表情で店内に足を踏み入れ、フロアを見回す。
「織田社長はおられますか! 清須署と消防局です!」
ピリッ、と店内の空気が緊張で凍りついた。常連の親父たちや若者たちが「チッ、またかよ……」と不穏な空気を漂わせ始める。
「な、なんですか!? 本日は煙の暴走など起こしておりませんよ!?」
光秀が慌てて飛び出そうとした瞬間――ガタッと大きな音を立てて、利家が先回りして警察官たちの前に立ちふさがった。
「ヘイッ! 消防の旦那に警察の旦那、いらっしゃいませッス!」
「き、君は……? 我々は昨日の『本能寺煙上』に関する周辺への影響確認と、排気設備の定期チェックで来たんだ。店主と話を――」
利家はまったく怯むことなく、ニッと豪快に笑いながら警察官と査察官の前に立った。
「旦那がた、ご苦労様ッス! 街の安全を守る警察と消防の鑑ッスね! だがッスね……うちの楽市楽座から出る煙は、ハーブとハーブ鶏を燻製する至高の『食の香煙』ッス! 隣の老舗の鰻屋さんが蒲焼きの香ばしい煙を出して食欲をそそるのと、本質は同じッスよ!」
「う、鰻屋……? いや、しかし昨日の煙の量がだな……」
「もちろんッス! だからこそ、昨日みてえな騒ぎにならねえよう、これからは俺が煙の量と周辺への影響を毎日しっかり見張るッス! 問題がありゃすぐ店長に報告して、必要なら営業時間だって調整するッスよ!」
利家は胸を張り、堂々と言い切った。
その圧倒的な熱量と、筋の通った自主管理の姿勢に、査察官と警察官は顔を見合わせた。
「……そこまで責任を持って自主的に管理してくれるなら、こちらとしても助かる。今日は設備の確認と注意喚起だけでいいだろう」
「任せてくださいッス!」
利家が胸を叩いて親指を立てると、査察官は小さく苦笑した。
「では、今後も煙の管理は徹底してくださいね」
「了解ッス!」
警察官と消防局の査察官は、最後にもう一度だけ念を押して、店を後にした。
「ガハハハハ! 見事だ利家ッ!」
厨房から、織田有楽斎監修の『缶コーヒー有楽斎』を手にした信長が出てきて、高らかに笑い声をあげた。
「あの度胸とコミュ力、まさに本能寺のホールにふさわしいぞ!」
「チッス! お褒めいただき光栄ッス、織田社長!」
胸を張る利家に、常連客たちから「よっ、男前!」「イヌ最高だぞ!」と大きな歓声と拍手が巻き起こる。
その熱狂的な光景を見つめながら、光秀は手帳を開き、静かに呆然としていた。
人手不足を解消するために雇ったはずの男が、その圧倒的なキャラクターで予想外の新規客を呼び込み、結果として人件費の増加分を遥かに上回る売上を叩き出し始めていたのだ。
「……おかしい。人件費が増えたはずなのに……なぜ利益のベースが底上げされているのですか……!?」
光秀の額に、ツッと冷や汗が伝う。
「どうしました明智さん? なんか青い顔して電卓見つめてますけど」
「……いえ、羽柴殿。何でもありません。……ただ、少し予感がするのです。この現象は……まだ始まりに過ぎないのではないか、と……」
ホールを所狭しと駆け回り、客たちを沸かせる前田利家。
その爆発的な活気に包まれながら、光秀の経営計算が静かに、そして確実に狂い始めていくのだった。




