↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
喫茶厨房本能寺 ―織田信長、感情のままに喫茶店を運営中―  作者: 本能寺
第四章 黄金の輝きと復興

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
35/63

第34話「新風到来――二人の新参者」

第34話「新風到来――二人の新参者」



【東暦一五七二年 六月三日・朝】


西枇杷島まつりの大混雑も相まって、清須中を巻き込む『本能寺煙上』の大騒動を起こした翌朝。


喫茶『本能寺』のフロアでは、すでに悲惨な光景が広がっていた。


「あかん……身体が……動かへん……ッ!」


秀吉がフロアの床に大の字で倒れ込み、虫の息でピクピクと身体を震わせている。昨日は通常営業のモーニングに加え、テイクアウトの『金色ゆで卵』の注文が殺到。さらには本願寺カフェとの緊急合同フェアまで重なり、秀吉は朝から晩まで広い店内を影分身のごとく走り回り続けたのだ。


「羽柴殿、しっかりしてください……! 本日の開店まで、あと一時間しかないのですよ……ッ!」


そう言う光秀も、眼鏡をズリ下げたままカウンターに突っ伏し、電卓を握りしめた手を小刻みに痙攣させている。


手作業にこだわる極上のモーニングと、黄金茶室による特別食堂。その大ヒットは喜ばしいことだったが、広大な本能寺の店舗を信長、光秀、秀吉のたった三人(+厨房奥の久秀)で回すには、もはや物理的な限界を超えていた。


「ハッ、だらしねえぞお前ら!」


仕込みを終えた信長が、缶コーヒーを片手に厨房から出てくる。


「何がだらしねえですか社長ッ!」秀吉が半泣きで叫ぶ。「うちら三人でこの広さ、毎日ドーム何個分走っとると思ってるんですか!? 今日も昨日と同じ客数が来たら、マジで俺、途中で昇天しますわ!」


「……社長。実は、こうなることは『金色ゆで卵』が当たった翌日の時点で完全に予見できておりました」


光秀が青白い顔で立ち上がり、手帳から一枚の書類を取り出した。


「ですので私、すでに求人情報誌と求人サイトに『急募・喫茶厨房本能寺 スタッフ募集』の広告を出しておいたのです! 本日、その面接日となっております!」


「なに……? 募集だと?」信長が眉をひそめる。「手作業の料理と、我が本能寺の『接客の心』を叩き込むんだぞ? そこらへんの生半可なバイトなんぞ役に立つか!」


「ですから、私たちが面接で厳格に厳選するのです! 募集したのは『ホール補佐』と『調理補佐兼仕入れ』の二名。まずはこの二人を確保できれば――」


ガラガラッ!


店の引き戸が勢いよく開いた。


「面接の約束をしておった! 前田利家ッス!」


ド派手な装飾の服を纏い、歌舞伎者さながらの傾いた格好でギラギラとした笑みを浮かべた男が入ってくる。


「そして……佐々成政だ。調理補佐と仕入れの面接に来た」


その後ろから、なぜか大きな登山リュックを背負った、鋭い眼光の真面目そうな男が続いた。



挿絵(By みてみん)



光秀は二人の履歴書を受け取る。


「前田利家殿……威勢がよく度胸あり。体力に自信があり、盛り上げや外での誘導にも強い……なるほど」


続いて成政の履歴書へ目を移す。


「佐々成政殿……食材の知識が豊富。コストカットの交渉術に自信あり……ほう」


「どうッスか?」利家が身を乗り出す。

「昨日みてえな大騒動がまた起きても、客の避難誘導や外との対応なら任せてくださいッス! 俺、度胸だけは誰にも負けねえッスから!」


「俺は食材の仕入れと調理補佐を担当する」成政が真顔で語り始めた。「信長社長の食材へのこだわりは最高峰の山だ。だが、仕入れ値という名の標高が高すぎては登頂前に店舗が倒れる。俺なら業者との交渉を四合目から泥臭く攻め、山頂まで安く引きずり下ろしてみせる!」


やたらと何でも山に例える成政に、秀吉が目を丸くする。


「な、なんや妙な例え方やけど……頼もしいんか?」


「ふむ……ホールと厨房、どちらも今の本能寺に喉から手が出るほど欲しい人材です」光秀が頷いた。


だが、信長は履歴書をパタンと閉じた。


「履歴書なんぞどうでもいい。お前ら、なぜこの店に応募した?」


利家はニッと笑う。


「昨日ッス。街中が煙だらけになって大騒ぎになったのに、あの煙の中でこの店の客も、働いてるあんたらもめちゃくちゃ楽しそうに笑ってたんスよ。こんな面白え店、他になくねえッスか!」


成政も静かに熱を込める。


「煙の騒動の中、厨房から流れてくる料理の熱気と仕込みの精度……あれは並の山ではない。あの険しい料理の高峰に、俺も補佐として一緒に登りたいと思った」


信長の口元が、ニヤリと不敵に吊り上がった。


「……直感だ。お前ら二人とも採用だ! 今日から働けッ!」


「「ええええええええええっ!?」」


光秀と秀吉の金切り声が店内に響き渡った!


「し、社長ッ!? 面接時間、三分も経ってませんよ!? 人件費の計算は!?」


「ガハハハ! くだらん計算は後回しだ! 今の本能寺に必要なのは、人手だろうが! 利家! お前はホールだ! 成政! お前は厨房で俺の補佐と仕入れをやれ!」


「了解ッス!」


「山頂を目指して全力を尽くそう」


二人はさっそくエプロンを締め、やる気満々でポジションについた。


それから数日間で、本能寺の現場は劇的な変化を遂げた。


「利家! 14番テーブル様、追加注文ですわッ!」


「了解ッス秀吉さん! すぐ行くッス!」


ホールでは、利家が持ち前の威勢の良さと度胸で縦横無尽に駆け回り、客の誘導やイレギュラーな対応を見事に捌いていた。利家がホールを縦横無尽に駆け回ることで、秀吉は厨房とホールを無駄に往復する必要がなくなり、本来の「おもてなしの接客」に集中できるようになっていた。


一方、厨房では――。


「成政! 燻製卵用の極上卵、仕入れの目途は立ったか!?」


「はい、織田社長! 卵農家との交渉は難航しましたが、長期一括仕入れというロープを垂らし、仕入れ値を三割安まで引き下ろしました!」


「いちいち例えが鬱陶しいが、手際が素晴らしいぞッ!」


成政が素早く下ごしらえを補助し、仕入れの調整を引き受けたことで、信長もまた料理そのものの焼き加減や仕込みに一切の妥協なく集中できるようになった。

仕入れから仕込みまでの厨房作業全体が、以前より格段にスムーズになっていったのだ。


その日の営業終了後。


モップをかけ終えた秀吉が、ほうと深い息を吐きながらフロアの椅子に腰かけた。


「……はぁぁ。なんや……昨日までの地獄が嘘みたいに店が回ってますわ……」


「ええ……利家殿のホール回しも、成政殿の仕込み補佐も見事なものです」


光秀も手帳を閉じ、安堵の笑みを浮かべた。


「人手が増えたことで、手作業の品質を落とさずに客数をこなせるようになりました。これでなんとか、通常の営業を安全に維持できそうですね」


「ハッ、当たり前だ!」


信長が腕を組み、ニヤリと笑う。


「この二人が入ったことで、俺たちの足場は固まった。ここからさらに本能寺の『食の力』を研ぎ澄ましていくぞッ!」


「「おーッ!!」」


利家と成政という強力な新参者二人を迎え、人手不足の危機を乗り越えた『喫茶厨房本能寺』。


だが――この「人を雇ったことで現場が回り始めた」という小さな一歩が、やがて本能寺の経営に思わぬ変化をもたらすことを、彼らはまだ知る由もなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。