第32話「極香の反響――燻製卵モーニング始動」
第32話「極香の反響――燻製卵モーニング始動」
『楽市楽座』の完成から数日後。
『喫茶厨房本能寺』の店頭には、新しいのぼりと看板が誇らしげに掲げられていた。
【祝・通常営業再開】本能寺名物『燻製卵モーニングセット』&『特製・金色ソフトクリーム』
朝七時。仕込みを終えた厨房で、信長が腕を組んで佇んでいる。
「……光秀、客の入りはどうだ?」
「は、はい……まだ通常営業再開の初日ですので、かつての常連様がちらほらと……」
光秀が窓の外を覗く。道路の向かいに聳え立つ『本願寺カフェ』の前には、相変わらず通勤客や若者たちの長蛇の列ができている。それに比べれば、本能寺の店内はまだ数人程度であった。
「まあ焦るなですわ、明智さん!」秀吉が元気よくお盆を抱える。「うちらには、あの『楽市楽座』で作った最高の燻製卵とモーニングがありますからな!」
「その通りだ」信長がニヤリと口角を上げた。「『楽市楽座』、始動ッ!」
ガコンッ! とレバーが倒され、楽市楽座の特殊スモーカーが重厚な駆動音を響かせる。
店内でお喋りを楽しむ常連客たちから自然に発せられる【楽しい】という温かな感情エネルギーを設備が受け取り、作動。桜チップとハーブ、そして香ばしい珈琲豆の香気が見事にブレンドされた特製の燻煙が、厨房のダクトを通じて店外へと一気に拡散され始めた。
ふわり……ふわり……。
極上の香気が、清須の朝の清涼な風に乗って街道へと広がっていく。
最初に反応したのは、本願寺カフェの行列に並んでいたサラリーマンたちだった。
「……ん? なんだこの匂い……?」
「香ばしくて……すごくいい香りだぞ? どこからだ?」
クンクンと鼻を鳴らした客たちの視線が、吸い寄せられるように道路の向かい――本能寺の煙突へと向けられる。香りを一かぎ嗅いだ瞬間、彼らの胃袋が猛烈な空腹感を訴えて鳴り響いた。
「おい、本能寺……モーニングやってるぞ?」
「でも、こっちはもう15分も並んでるんだぞ……?」
「いや、でもあの匂いは待ってでも食う価値があるだろ! ちょっと並び直さないか!?」
「……よし、行こう!」
ザッザッザッと、本願寺カフェの列から脱落した客たちが、香りに心を奪われて道路を渡り、本能寺へとなだれ込んできた!
「いらっしゃいませですわーッ!!」
秀吉の悲鳴のような歓声とともに、店内はあっという間に超満員となった。
運ばれていくのは、厚切りトーストと淹れたて珈琲、そして完璧な琥珀色に輝く『特製燻製卵』。さらにセットの締めには、久秀の『黄金発光チューニング』によってピカピカの金色に輝く『金色ソフトクリーム』が添えられている。
客たちが燻製卵を一口かじり、仕上げに金色ソフトクリームを口へ運んだ瞬間――店内中に衝撃が走った。
「う……うまいッ!! 白身に燻製の香ばしさが完璧に馴染んでいて、黄身がトロトロだ!」
「この黄金のソフトクリームもすごいぞ! 見た目も豪華で後味さっぱり、今日一日がすごく楽しくなってくる!」
「珈琲との相性も抜群だ! 朝からこんな幸せな気分になれるなんて……!」
『楽市楽座』を中心に生まれた【楽しい】の循環。
客たちが料理を味わい、会話を弾ませ、朝のひとときを楽しむ。その感情が広がるほど、楽市楽座から漂う香気もまた、さらに豊かになっていく。
そしてその香りに誘われるように、新たな客が店へと引き寄せられていくのだった。
本願寺カフェのテラス席で、その様子を凝視していた顕如が、静かにコーヒーカップを置いた。
「……ふっ、やりますね織田社長。特別な日特化で力を蓄え、今度は『香り』と『仕掛け』で日常の朝食に殴り込んできましたか」
顕如の瞳に、静かだが苛烈な闘志が宿る。
「日常のモーニング市場を巡る戦い……面白くなってきました」
一方、本能寺の厨房では、信長がさらなる仕掛けに打って出ていた。
「久秀! 黄金発光チューニングの発光機構を、楽市楽座のダクトと同期させろ!」
「クックック……お安い御用で、織田社長!」
久秀がスイッチを入れると、黄金茶室の光学系と連動した演出光がダクト内へ照射された。するとスモーカーから吹き出す燻煙そのものが、まるで光の粒子を纏ったかのように眩い**『金色の煙』**へと変化したのだ!
「なっ……煙が金色に光っていますよ!?」光秀が目を剥く。
「ガハハハ! 金色の光を纏った『金色ゆで卵』だッ! 秀吉、テイクアウト用として売り出せ!」
「任せてくださいッ! 今ならお家でも楽しめる『特製・金色ゆで卵』のお持ち帰りができますよーッ! ※ただし黄金発光の照射範囲は店内限定ですので、お持ち帰りになると普通の燻製卵に戻りますわーッ!」
「持ち帰ると普通に戻るのかよ!?」
「でも店内で撮るとめちゃくちゃ金色で映えるぞ! SNSに載せようぜ!」
「なるほど……持ち帰ると普通に戻る。つまり『金色の瞬間』を体験するためには、必ず本能寺へ来店しなければならない……これは強い!」
光秀が手帳に走り書きしながら目を輝かせる。テイクアウトのパックを受け取った客たちは、店内で輝く黄金の卵を撮影し、SNSへ一斉に投稿し始めた。
「し、社長ッ! モーニングもテイクアウトの金色ゆで卵も、大爆発です! 用意していた仕込みが追いつきません!」
「ガハハハハ! 結構! どんどん燻せッ! 清須の奴ら全員の胃袋を、この香りと光で征服してやるのだッ!」
信長が高らかに笑い声をあげ、楽市楽座の稼働率をさらに引き上げる。
香ばしくも芳しい煙が本能寺の煙突からモクモクと空へ舞い上がり、朝の清須の街を優しく包み込んでいく。
かつて【怒り】の炎で店を焦がした本能寺は、いまや【楽しさ】の香りと黄金の輝きで、再び街の注目を集め始めていた。
だが――このモクモクと立ち上る「香りの煙」が、やがて街全体を巻き込む『思いも寄らぬ大騒動』へと発展することを、この時の彼らはまだ知る由もなかった。




