第30話「次の船出――斎藤道三と義龍」
第30話「次の船出――斎藤道三と義龍」
『人生の節目を祝う特別食堂』として、新たな演出技術『黄金発光チューニング』を獲得した喫茶『本能寺』。
「……信長様。本日のお客様は、私としても身の引き締まる思いでございます」
光秀が手帳を確認し、いつになく真剣な表情で言った。
「おう、わかっている。マムシの親父……斎藤道三と、息子の義龍だな」
信長の妻・濃姫の父であり、信長にとっては義理の父にあたる道三。長年、鵜飼の鵜匠として川とともに生きてきた道三が齢を重ねて現場を引退することになり、その『退職祝い』として息子の義龍が予約を入れたのだった。
「ですが信長様、道三様といえば百戦錬磨の猛者。昔から感情を表に出さず、何を考えているかさっぱり分からないお方です。お祝いの席とはいえ、本当に喜んでいただけるかどうか……」
光秀の懸念に、信長はフッと不敵な笑みを浮かべた。
「あの親父の感情が分かりにくいのなんざ、今に始まったことじゃねえ。だからこそ……俺の料理で、あの親父の本音を引き出してやるまでよ」
ガラガラと引き戸が開き、威厳に満ちた白髪の老男・斎藤道三と、身体の大きな息子・義龍が入ってきた。道三の眼光は鋭く、まるで獲物を狙う鷹のように店内を一瞥する。
「いらっしゃいませですわーッ! 道三様、義龍様、本日は誠におめでとうございます!」
秀吉が恭しく案内した個室『黄金茶室』は、長良川の夜鵜飼を思わせる温かな提灯の灯りで情緒たっぷりに彩られていた。
しかし、席に着いた道三は腕を組み、深いため息をついた。
「……ふん。わざわざこのような大層な部屋を用意するとはな、義龍。わしはただの鵜匠を退くだけだ。祝いなど不要だと言ったろう」
「父上、そう仰るな。長年、鵜匠の父上と花火職人の私が手を携え、長良川の花火大会で夜空と水面を照らしてきたのです。今日くらいは身内だけで労わせてください」
義龍が静かに語りかけるが、道三はそっぽを向いたまま「勝手なことを」と吐き捨てた。
秀吉は息を呑んだ。
一豊の時のように励ますでもなく、家康の時のように静かに見守るだけでもない。
道三の頑なな仮面の下にある『言葉にならない本当の想い』を、いかに汲み取り、料理と空間で祝福できるか。
その時――。
「親父。相変わらず可愛くねえツラしてんな」
信長自らが、清らかな水を張った大きなタライを抱えて入ってきた。
その水面には、鵜飼舟を模した黒塗りの特注和皿が静かに浮かべられている。
「ほう……。水に浮かぶ船か」
道三が初めて眉を動かした。
船の上には、手作業で香ばしく炭火焼きにされた鵜飼の鮎と、長良川の恵みをあしらった繊細な料理が美しく盛り付けられている。
「手作業で炭を練り込み、黒く塗り上げた舟皿だ」
信長は水面に浮かぶ舟を静かに指差した。
「親父、お前は昔から感情が分かりにくくて、何を考えているのかさっぱり分からねえ。だがな――今日は、義龍にお前の本当の気持ちを見せてやる」
「……何?」
「どんなに黒く塗りつぶそうと、腹の底にある本音まで隠し通せると思うなよ。だから、あえて黒い舟を用意した。食ってみろ。お前が一生を捧げてきた川の味だ」
道三は信長を鋭く睨み返したが、やがて静かに箸を伸ばし、香ばしい鮎の身を口に含んだ。
瞬間――道三の鋭い目が、カッと見開かれた。
「……うまい」
道三が、ぽつりと呟く。
「香ばしい鮎だ。……まるで、長良川の朝靄の中に立っているようだな」
その短い言葉の中に、職人として川とともに生きてきた誇りと、現場を退く寂しさが滲んでいた。
義龍が、そっと父親の杯に酒を注いだ。
「父上。幼い頃から、川の上で鵜を操る父上の背中は、私にとって何より誇らしい舟に見えました。私が花火職人として打ち上げる大輪の花火も、父上が照らす長良川の水面があってこそ輝けたのです」
「義龍……」
「これからは、どうか肩の荷を下ろしてください。今度の花火大会からは……今度は客席から、水面と空がともに輝く美しい風景を、ゆっくりと眺めてほしいのです」
息子の心からの感謝と労いの言葉。
道三は杯をぐっと飲み干すと、そっぽを向いて照れ隠しに吐き捨てた。
「……バカ者が。わしはまだ、引退したつもりなどないわ!」
そう言いながらも、道三の目にはうっすらと熱い涙が浮かんでいた。
長年ともに川と夜空を彩ってきた父と息子の、言葉を超えた絆と真実の【喜び】。
その瞬間――。
カチッ……キーーーーン……ピカァッ!
久秀が施した『黄金発光チューニング』が作動した。
部屋全体が光るのではない。
タライの水面に浮かぶ、あの黒塗りの舟皿だけが、まるで漆黒の夜川に黄金の宝船が立ち現れたかのように、眩いばかりの黄金の光を解き放ったのだ。
その光は水面を黄金色に染め上げ、ゆらゆらと揺らめく光の波紋が道三の瞳を温かく照らし出した。
「……なッ! あの船が……船だけが黄金に輝いておる!?」
道三は水面に輝く黄金の船をじっと見つめ、やがてフッと、この日初めての温かな笑みを浮かべた。
「……クックック。なるほどな、織田の若造。引退して消え去る船ではなく、ここから次の人生へ向けて出航する『黄金の船』というわけか……」
「フン、気づくのが遅えよ、親父」
信長がニヤリと笑う。
個室の外で、光秀が感涙を拭いながら手帳を閉じた。
「素晴らしい……。精密な発光チューニングも大成功。そして――数ヶ月間積み上げてきた特別営業の利益も、ついに目標額へ到達いたしました! これで『楽市楽座』の開発資金が完全に整いましたよ!」
秀吉もまた、胸を熱くしながら水面に輝く黄金の船を見つめていた。
相手が言葉にできない想いまで深く汲み取り、それを料理と空間で祝福する。
秀吉が『接客の第四歩』を確かに刻み、本能寺が積み重ねてきた『特別な日戦略』は、ここに一つの確かな実を結んだのだった。
「よしッ! 資金も揃った! 次は、俺たちの新しい厨房設備『楽市楽座』の開発だッ!」
信長の声が真新しい厨房に響き渡る。
人生の節目を祝う港となった『本能寺』は、いま、外食産業の常識を塗り替える次なる大航海――新設備『楽市楽座』の開発へ向けて、力強く舵を切るのだった!




