第27話「就職祝い――高山右近」
第27話「就職祝い――高山右近」
『人生の節目を祝う特別食堂』として二度目の予約営業を迎えた喫茶『本能寺』。
「羽柴殿、本日の予約客についての予習は完璧ですか?」
光秀が手帳を開きながら秀吉に問いかけた。
「バッチリですわ! 本日の主役は高山右近様。東暦世界の巨大自動車メーカー『イエスズカー』への就職が決まったお祝いですな!」
「そうです。ですが右近様は、洗練された先進技術と独特の企業文化を持つ『イエスズカー』の価値観を非常に深く重んじるお方。生半可な接客では満足されませんよ」
「任せてください! 前回の山内様のように、熱意でドカンと背中を押すのが俺のやり方ですわ!」
秀吉が気合を入れて腕まくりをした、まさにその時。
ガラガラと引き戸が開いた。シュッとしたスーツ姿の青年・高山右近を先頭に、数人の男女が店内へ入ってくる。その中には、第2話の火災騒ぎ以来の常連客であるルイス・フロイスの姿もあった。
「オォー! 右近! 就職おめでとうゴザイマスネ!」
フロイスが右近の肩をポンと叩く。
「今日はワタシたちが、右近の輝かしい門出を祝うパーティデス! 皆も楽しみにしていましたヨ!」
「ありがとうございます、フロイス先輩。皆様もご足労いただき感謝します」
右近は晴れやかに応じるものの、その表情にはどこか硬さが残り、眉間には強い緊張のシワが刻まれていた。
「いらっしゃいませですわーッ! 右近様、本日は『イエスズカー』へのご就職、誠におめでとうございます!」
秀吉が威勢よく頭を下げる。
一行を個室『黄金茶室』へ案内すると、同僚たちは右近を囲んで口々に祝いの言葉を掛け始めた。
「右近君、難関のイエスズカー合格なんて本当に凄いよ!」
「配属先は大変そうだけど、君なら絶対やっていけるって!」
「ええ……ありがとうございます」
右近は丁寧にお辞儀を返すが、やがて視線を落とし、ぽつりと吐露した。
「……ですが、本当に私などで勤まるのか……。イエスズカーは先進の理念と高い美意識を求める企業。私のような未熟者が、その気高き文化に相応しい人間になれるのか……不安で夜も眠れんのです」
憧れの企業の高いハードルと独特の美学に気圧され、右近は自分を見失いかけていた。
(あかん……! せっかくのお祝いなのに、右近様が企業のプレッシャーに押し潰されそうになっとる……!)
秀吉は身を乗り出した。
「右近様! イエスズカー様の文化が素晴らしいのは分かります! けど、右近様が選ばれたのは、右近様ご自身の魅力を評価されたからじゃないですの!? 右近様は右近様らしくやればええんです!」
熱弁を振るう秀吉。前回の一豊の時と同じように「格好をつけず、自分らしく」と励ませば前を向いてくれると思ったのだ。
しかし――右近の表情は逆にスッと冷ややかになった。
「……羽柴殿。お言葉ですが、貴殿はイエスズカーの理念の美しさを理解しておられない」
「あっ……」
「私は自分を押し通したいのではない。その気高き文化の一部になりたいのです。安易な慰めは結構です」
秀吉は絶句した。同僚たちの間にも気まずい静寂が流れる。
(し、しまった……! 右近様にとって大切なのは、「自分らしくあれ」と言われることやない。自分が心から憧れているものに近づくこと、そのものやったんや……!)
前回成功したやり方をそのまま押し付け、相手が何よりも大切にしている「憧れの文化への誇り」を踏みにじりかけてしまったのだ。良かれと思った接客が空回りし、立ち尽くす秀吉。
その時――。
「お待たせいたしました」
信長自らが手作業で仕上げた料理――『地鶏の香草塩焼きと季節の温野菜』を運んできた。感情エネルギー技術に頼ることなく、素材の色彩と香りの調和を、信長が手作業で極限まで突き詰めた美しき一皿。
右近が息を呑み、肉を一口含んだ瞬間――。
「……ッ!? これは……!」
右近の目が大きく見開かれた。
「素材の力強さを活かしながら、ハーブの香気が決して邪魔をせず、見事な調和を生み出している……!伝統を重んじながら洗練を追求する……これこそ、私がイエスズカーに感じていた美しさそのものだ……!」
フロイスがニッコリと笑って頷いた。
「オーウ、まさにその通りデスネ! 右近は昔から、イエスズカーのクルマだけでなく、その理念やフィロソフィーを心からリスペクトしていましたからネ!」
フロイスの言葉と信長の料理を受け、秀吉の頭の中に雷が落ちたような衝撃が走った。
(そうか……! 俺は『自分がどう励ますか』ばっかり考えて、右近様がどれほどイエスズカーの美学を愛し、誇りに思っているのかを分かろうとしてへんかった……!)
秀吉は右近の前に歩み寄り、深く深く頭を下げた。
「右近様……本当に申し訳ありませんでしたわ!」
「羽柴殿……?」
「俺、右近様がそれほどまでにイエスズカー様の文化を誇りに思って、その一員になることを心から望んでおられることを、ちゃんと理解できていませんでした。俺の身勝手な励ましで、右近様の誇りを傷つけてしまいましたわ」
秀吉はまっすぐ右近を見つめた。
「右近様がその美学を胸に、イエスズカーで羽ばたかれる姿を、俺は心から応援したいです!」
右近は驚いたように秀吉を見つめ――やがて晴れやかな温かい笑みを浮かべた。
「……ありがとう、羽柴殿。私の誇りを理解してくれて。……よし、私もこの美学を胸に、イエスズカーの一員として胸を張って進みます!」
「右近君なら絶対大丈夫デスヨ!」
フロイスが叫び、同僚たちからも「頑張れ、右近!」「入社したらよろしくな!」と拍手と歓声が上がった。
右近の胸の奥から、イエスズカーへの誇りと、新たな門出への【喜び】が溢れ出たその瞬間――。
カチッ……キーーーーン……ピカァッ!
黄金茶室の壁と天井が、洗練された美しい輝きを放ちながら、眩い黄金色の光で満たされた。
「オーウ……! アメイジング! なんと美しく洗練されたゴールドでしょうか!」
フロイスが歓声を上げて写真を撮りまくり、右近も「まるで新しい門出を祝福してくれているようだ」と満面の笑みを浮かべた。
個室の外で、光秀がそっと電卓を叩く。
「よし……! 就職祝い特別コースの料金とドリンク代、無事に回収いたしました! 今回の利益も上々です!」
「明智さん、ほんまに相変わらず抜け目ないですわ……!」
秀吉は苦笑しつつも、自分の胸を静かに見つめた。
自分のやり方を押し通すのではない。相手が何を大切にし、どんな価値観を誇りに思っているのかを深く知り、心からそれに寄り添うこと。
秀吉が『接客の第二歩』を確かに踏みしめたこの日、本能寺の再建資金はまた一歩、着実に積み重ねられていくのだった。




