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喫茶厨房本能寺 ―織田信長、感情のままに喫茶店を運営中―  作者: 本能寺
第三章 本能寺の日常再び

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第22話「秀吉、散る」

第22話「秀吉、散る」



『ヒートモット』による本願寺カフェの全自動大量供給システムと、手作業の限界に挑む喫茶『本能寺』。


二つの店舗が歪な共存関係を保ったまま、激しい客の奪い合いを繰り広げてから――数ヶ月が経過していた。


「……プロポーズ、してきたですわ」


営業終了後の深夜。


清掃作業の手を止め、秀吉がポツリと呟いた。


カウンターで土地買収の書類の山と格闘していた光秀が、ガバッと顔を上げる。


「えっ、寧々さんにですか!? 秀吉殿、ついに決めたのですか!」


「……ああ。だが、振られた」


「撃沈かーーーっ!!」


秀吉は力なくカウンターへ突っ伏した。


信長が缶ビールを片手に奥から顔を出し、呆れたように鼻を鳴らす。


「なんだ秀吉、だらしねえな。お前がこの店でどれだけ稼いでいるか、ちゃんと教えてやったのか?」


「そこじゃないんですわ、社長……」


秀吉は遠い目をして、絞り出すように声を漏らした。


「寧々ちゃんに言われたんです。『秀吉くん、あなたは織田社長の言われるがままに動いているだけで、自分自身で何をしたいのかが全然見えない。そんな人に、私の人生は預けられない』って……」


店内が一瞬、静まり返った。


秀吉の胸を刺したのは、単なる振られたショックではなかった。


「俺は……俺はただ、より多くのお客さんに社長の料理を知ってもらって、喜んでもらいたくて……! それだけで夢中で突っ走ってきたのに……っ」


ぽろぽろと涙を零す秀吉。


その胸の奥から、暗く、重く、底知れない【哀しみ】の波動が立ち上り始めた。


「フン……」


缶ビールを飲み干した信長が、カウンターをドカンと叩く。


「お前が何をしたいのか、今、自分の言葉で言えたじゃねえか」


「え……?」


「なら、それを形にしてみろ」


信長はニヤリと不敵に口角を上げた。


「お前がやりたいのは、俺の料理を広めることじゃねえ」


信長は一度否定して、秀吉を見据えて言った。


「その料理で、もっと多くの人間を喜ばせることだろう?」


「……はい」


「なら、その【喜び】を生み出すための設備を、お前自身が設計してみろ」


「え……?」


秀吉が濡れた目を丸くする。


「幸いにも、今日は『平蜘蛛』の定期点検で久秀が来ている。久秀と一緒に考えろ。お前のやりたいことを実現するための設備をな」


「で、ですが社長! 俺は料理なんて考案できないですけど……!」


戸惑う秀吉に対し、信長は堂々と腕を組み、ギラギラとした熾火の瞳で力強く言い放った。


「料理にこだわる必要はねえ」


一拍。


「料理は俺の役割だ」


信長は秀吉を真っ直ぐ見据える。


「お前には、お前の役割があるだろう?」


そして――。


「その役割を果たせる設備を考えろ!」


「社長……ッ!!」


胸を打たれ、感極まる秀吉。


……しかし、その感動のキャパシティすら超えて湧き上がってきたのは、やはり寧々に拒絶された圧倒的な【悲恋の哀しみ】だった。


ブワッ!!


バックヤードの奥に鎮座する『平蜘蛛』が、見たこともない漆黒の光を放って脈打ち始めた。


「な、なんだ!? 炉心の出力が……急上昇している!?」


定期点検の工具を手にしていた久秀が、モニターに飛びつき、狂ったように数値を叩く。


「バカな……! 明智殿の【哀しみ】とは桁が違う! 一個人が抱える絶望の質量としては、完全に測定不能(オーバーフロー)領域だッ!!」


「ひぇっ!? 光秀のネチネチした胃痛より強いのか!?」


信長が目を見張る。


『平蜘蛛』の圧力ゲージは、すでに制限解除の限界値を振り切り、針がへし折れんばかりに右端へ叩きつけられていた。


不気味な重低音が『ゴゴゴゴゴゴ……』と地鳴りのように店内へ響き渡る。



挿絵(By みてみん)



八本の鉄脚が床のコンクリートを削り、炉心からは赤黒い蒸気が噴出し始めた。


「久秀殿! 圧力を下げてください! 破裂します!」


光秀が悲鳴を上げる。


「できん! できませんな!」


久秀が汗を噴き出しながら叫び返した。


「第一世代の『本能寺オーブン』と違い、この『平蜘蛛』は制御を失って暴走しているのではない!」


久秀がモニターを睨みつける。


「秀吉殿の放つ【哀しみ】があまりにも純粋で、かつ安定しているがゆえに……平蜘蛛はその巨大なエネルギーをすべて『正常に』受け止め、過剰な圧力として溜め込み続けているのだッ!!」


「暴走してないから止められないって、どういうことですかァァァッ!?」


「安定しているからこそ、逃げ場がないということですなッ!!」


人生の根幹を揺るがす、秀吉の特級の失恋。


『平蜘蛛』は破滅的な高圧を炉心に充填したまま、寸分もブレることなく過熱を続けていた。


「秀吉ッ! おい、しっかりしろ秀吉ッ!」


信長が秀吉の肩を揺さぶる。


だが、秀吉は虚ろな目で涙を流し続けるばかりだった。


「ええい、鬱陶しい! 明日はもう休め! 部屋で寝ていろッ!」


信長が怒鳴りつける。


その瞬間、久秀が青ざめた顔でモニターを指差した。


「ま、待ちなされ信長殿! 秀吉殿の【哀しみ】が平蜘蛛の安全上限(キャパシティ)を超えて飽和しています! このまま彼を厨房に置き続ければ、そう遠くないうちに――」


久秀は唾を飲み込み、重々しく言葉を紡いだ。


「平蜘蛛の構造そのものが耐えきれず、圧力破裂を起こしますぞ」


一瞬の沈黙。


ギチギチと軋む鋳鉄の悲鳴の中、信長はギラギラとした熾火の瞳で、不気味に赤く輝く『平蜘蛛』と、泣き崩れる秀吉を交互に見据えた。


「……面白い」


「面白がってる場合ですかァァァッ!!」


光秀の絶叫が響く中――。


本能寺の運命を狂わせる「圧力の限界点」は、刻一刻と迫っていた。


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