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喫茶厨房本能寺 ―織田信長、感情のままに喫茶店を運営中―  作者: 本能寺
第三章 本能寺の日常再び

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第21話「職人とシステム」

第21話「職人とシステム」



『喫茶本能寺』の怒濤の快進撃は続いていた。


連日、店の前には長蛇の列ができ上がり、『平蜘蛛』による極限抽出珈琲『漆黒の涙(ティアーズ オブ ミツヒデ)』と、超高圧仕込みの新生ナポリタンを求める客で店内は溢れかえっていた。


「秀吉ッ! 二番席、ナポリタン二追加だ! テイクアウトの珈琲も三杯急げッ!」


厨房の中央で、信長が汗を飛び散らせながらフライパンを振るう。


「あいよーーっ! 毎度ありですわーーッ!」


秀吉も店内を爆走し、配膳と会計を一人でこなす。そしてバックヤードでは、光秀が引きつった笑顔で『平蜘蛛』へ向かい、胸の奥の絶望と胃痛を炉心へ注ぎ込み続けていた。


「(……厨房拡張の計画という新たな不安のおかげで……哀しみエネルギーの出力だけは最高潮だ……!!)」


だが、その繁盛は同時に、店舗の物理的限界を強烈に押し広げていた。


「す、すみません……! テーブル席、もう入れないんですか!?」


「テイクアウトのナポリタン、あとどれくらいかかりますか!?」


狭い店内は立ち見の客でごった返し、テイクアウトの列は歩道まで溢れ出していた。


ドリップ器で抽出する『漆黒の涙』は、平蜘蛛の超高圧によって数秒で提供できる。しかし、信長のナポリタンは一枚のフライパンで一皿ずつ丁寧に火を入れる手作業だ。どんなに仕込みの効率が上がろうと、信長一人の手数が追いつくはずもなかった。


「くそっ……! 珈琲は出せるのに、俺の料理だけが客に届かんッ!」


信長が苛立ちを露わにし、フライパンの握りを固く握りしめる。


「社長! 注文のキャンセルが出始めました! 店内に入りきらないお客様が諦めて帰られていきます!」


光秀が悲痛な声を上げた、まさにその時だった。


「……あちらの『本願寺カフェ』、もうテイクアウト買えるみたいだぞ!」


通りで客の一人が叫んだ。


信長たちが窓の外へ目をやると、道路の向かい側で信じがたい光景が広がっていた。


『本願寺カフェ』の店頭に設置された、巨大なタッチパネル式自動注文ステーション。客が画面をタップし注文を終えると、わずか数十秒後には専用の保温テイクアウトボックスに収められた温かな料理と珈琲が、滑らかなベルトコンベアで次々と手渡されていた。


長蛇の列は一糸乱れぬテンポで呑み込まれていく。


「な……んだ、あのスピードは……!?」


光秀が目を見開く。


向かいのテラス席では、白のロングコートを纏った本願寺顕如が、優雅にタブレットを操作しながらこちらを見下ろしていた。


「――これが、我々の提示する答えです。織田社長」


顕如の指示により、本願寺カフェの裏手で稼働を始めた巨大全自動調理施設――『ヒートモット』。


無数の調理ラインが整然と並ぶ巨大な建造物の内部では、多チャンネル制御系に進化させた無数の『ヒートクック』が連動し、重低音を響かせていた。


感情エネルギーを安定した一定出力へ変換し、急速冷凍技術と組み合わせて事前に大量仕込みを完了。店頭の注文に応じて一瞬で最適温度へ再加熱・一括提供する、狂いなき大量供給システム。


「一人の職人がどれほど技を磨こうと、手と時間の数には限界がある。……ですが、我々の『ヒートモット』は違う。ここでは無数の『ヒートクック』が、昼夜を問わず料理を生産し続ける」


顕如の冷徹な一言が、清須の街の空気を支配した。


本能寺の「至高の一品」を求めてやってきた客たちが、あまりの待ち時間の長さに痺れを切らし、次々と吸い込まれるように向かいの本願寺カフェのテイクアウト列へと流れていく。


本能寺が客を集めれば集めるほど、そこから溢れた客がすべて本願寺カフェの売上へと変換されていくという、歪で奇妙な共存関係が誕生してしまったのだ。


「客が……持っていかれる……!」


秀吉がホールで膝をつく。


本能寺の『漆黒の涙』と新生ナポリタンの圧倒的な味わいは、確かに人を惹きつけた。だが、店舗の狭さと手作業の限界という現実の壁によって、発生させた需要の大部分を本願寺カフェの完璧なシステムに横取りされる形となっていた。


信長は腕を組み、本願寺カフェの流れるようなシステムをじっと見つめていた。


「……なるほどな。大勢の客へ均一に、美味い料理を速やかに届ける……料理の提供としては、実に見事な手だ」


「し、社長……? 褒めてる場合ですか!?」


光秀が青ざめる。だが、信長の瞳に揺らぎは一切なかった。


「フン……だが、俺の料理は手作りに意味があるッ! 均一な味で満足してなるものか! 今作っているこの一皿よりも、さらに美味い次の一皿を追い求めて作る……! それこそが、俺の料理だッ!!」


信長はギラギラとした熾火の目を爆発させ、光秀の胸倉を掴み上げた。


「光秀ッ! 周囲の土地を買う手続きを進めろッ!」


「ひぇっ!? 私ですかァァァッ!?」


「当たり前だ! お前がうちの経営担当だろうがッ!」


信長は勢いよく光秀を放すと、ニヤリと不敵に口角を吊り上げた。


「これ以上、家康から借金ができんことくらい分かっている! 今ある利益から借金の返済に回し――残った金のすべてを、土地の購入にぶち込めッ!」


「ぜ、全額ですかァァァッ!? 手元の運転資金すら残さないつもりですかッ!?」


「狭いなら、店をドカンとデカくすればいい! 入らねえなら、全員入れる厨房と客席を作ればいいのだ! 最高の火と圧を叩き込める、極上の空間をなッ!」


「無茶苦茶だああああッ!!」


光秀の胃を破壊するような悲鳴が、再び本能寺のバックヤードに響き渡る。


その横でモニターを覗き込んでいた久秀が、パイプの煙をくゆらせながらニヤリと笑った。


「クックック……土地の確保、楽しみにしておりますぞ、明智殿。なにしろ私の方も……『平蜘蛛』の次なる次元を見据えた新設備の設計に、すでに着手しておりますのでな」


「久秀殿まで妙なプレッシャーをかけないでくださいよォォォッ!!」


光秀の絶望に満ちた【哀しみ】を全身で受け止め、圧力ゲージを危険域ギリギリまで振り切りながら、『平蜘蛛』はなおも重々しく唸り声を上げていた。


料理人の執念による巨大店舗構想と、巨大全自動調理施設『ヒートモット』による圧倒的システム。


職人の執念と、システムの合理性。


二つの思想が真っ向から激突する中、物語は秀吉の人生を揺るがす「ある大事件」へと、静かに舵を切り始めていた。



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