第五章 第二世代本能寺システム開発!! 第14話「哀しみの決戦兵器『平蜘蛛』と、抽出される至高のブラック」
第五章 第二世代本能寺システム開発!!
第14話「哀しみの決戦兵器『平蜘蛛』と、抽出される至高のブラック」
「アカン……。もうアカンて……。ワシの生命力が、文字通り店に吸い取られとる……!」
厨房の奥深く、轟音を立てて稼働する『第二世代本能寺オーブン』。
その前で、万能バイトリーダー・羽柴秀吉は、両手に黒い手袋のような装置を装着させられながら白目を剥いて絶叫していた。
手袋の甲には小さな金属端子が埋め込まれ、そこから伸びた細いケーブルが、赤熱する第二世代オーブンへと直接接続されている。
「秀吉、喋るな……! 喋ると余計に体力が削られるぞ……!」
隣では、店長・明智光秀も同じ手袋型の端子を装着させられていた。
「いや、喋らんでも削られとりますわァァァッ!」
「昨夜、試験運転を終えたあとに松永殿が急造した『生体エネルギー抽出手袋』だそうです」
光秀の背後から、財務担当の丹羽長秀がバインダーを開きながら淡々と説明する。
「従来のように固定された端子を握らせ続ける方式では、被験者の作業効率が著しく低下しますからね」
「作業効率!?」
光秀が驚愕して振り返る。
「そこだけはブラック企業らしからぬ発想だな!」
「当然でしょう」
狂気の研究開発部長・松永久秀が、白衣を翻しながら厨房の奥から現れて答えた。
「怒りを吸い上げるために人間を働けなくしてしまっては、本末転倒です」
「本末転倒の意味が違うわァァァッ!」
松永は満足そうに光秀たちの手袋を眺めた。
「昨夜の試験運転で得られたデータをもとに、端子を手袋へ小型化しました。これなら手を自由に使える」
秀吉が恐る恐る手を握り、そして開く。
「……ほんまや。普通に動かせる」
「ええ」
松永はニッコリと笑った。
「これであなたたちは、馬車馬のように働きながら、同時に感情エネルギーを設備へ提供できます」
「言い方ァァァッ!」
秀吉の怒りが一気に増幅する。
ゴォォォォォッ!!
手袋の端子が赤く輝き、秀吉の純度の高い怒りがケーブルを通って第二世代オーブンへ吸い込まれていく。
「ほら。非常に効率的でしょう?」
「ワシらの人権を効率化するなァァァッ!」
◇
現在、第二世代オーブンに接続されている生体バッテリーは二人。
一人は、連日のワンオペと無茶振りで怒りが常に限界まで積み上がっている秀吉。
もう一人は、中間管理職として全部署の暴走の尻拭いをさせられ、三千万円という借金の重圧に押し潰されかけている光秀である。
二人の負の感情エネルギーを並列処理することで、第二世代オーブンの出力は第一世代を遥かに上回っていた。
鉄板の上では何十枚ものホットサンドが人間の手を介さずに宙を舞い、完璧な「炎上ギリギリの超絶ロースト」へと仕上がっていく。
そこへ、ホールの扉が乱暴に蹴り開けられた。
「オラァッ! 新規客十名、ご案内だァッ!」
営業部長に就任した柴田勝家が、商店街で強引に捕まえてきた客たちを次々と店内に放り込む。
「い、いやだ! 俺は隣の本願寺カフェで優雅にパンケーキを食べる予定だったんだ!」
「うるせえ! ウチのホットサンドを食わねえ奴は客じゃねえ! 座れ!」
相変わらずの営業部の暴走。
しかし、第二世代オーブンの圧倒的な処理能力と、手袋によって両手が自由になった秀吉の神がかった捌きにより、本来ならパンクするはずのオーダーが次々と消化されていく。
「素晴らしい。売上高と回転率は見事に向上していますね。しかし――」
丹羽長秀が冷徹な声で言った。
「明智統括。相変わらず原価率が高すぎます」
「また原価率か……」
「特にコーヒー豆です。佐々殿が『浅井農園との絆だから絶対に切れない』と主張し、高価な最高級豆を仕入れ続けています」
「当たり前だ!」
光秀が即座に反論する。
「浅井農園の豆は我が店の命綱だ! あそこの高品質な豆を使わなければ、最新鋭のマシンを揃えた本願寺カフェの味に対抗できない!」
「ええ。ですから、品質を落とせとは言いません」
丹羽は眼鏡を中指でクイッと押し上げた。
「しかし、足利金融から借りた三千万円には、年利十五パーセントという莫大な利息が発生します。高品質な豆を使い続けるなら、別の方法で極限まで原価率を下げる必要がある」
「では、どうする?」
「豆の原価が下げられないなら――」
丹羽の目が、氷のように冷たく光る。
「『抽出効率』を引き上げてください」
「抽出効率?」
「同じ量の豆から、これまで以上の香味成分を取り出す。一杯あたりに使用する豆の量を減らしながら、味は絶対に落とさない。物理法則をねじ曲げてでも」
丹羽は松永を見た。
「それが可能なら、浅井農園との契約を維持したまま、原価率を劇的に改善できます」
「おや」
松永が不敵に笑った。
「ようやく話が分かってきましたね」
「まさか……」
光秀の顔が引きつった。
「それを、もう作ったのか?」
「もちろんです」
松永は厨房の最奥部へ歩いていく。
「足利金融からの三千万円のうち、丹羽殿が私の研究開発費として認めてくださったのは、わずか三百万円。ですが、その大半を使って完璧に仕上げましたよ」
「三百万円なら……まあ、いい」
光秀がホッと安堵の息を吐く。
「三千万円を丸ごと使われていたら、私は今すぐ胃潰瘍で倒れていましたからね」
「では、お見せしましょう」
バサァッ!
松永が黒い布を勢いよく引き剥がした。
「これが――」
そこに鎮座していたのは、鈍く黒光りする巨大な金属製の機械だった。
無数の管が絡み合い、巨大な蜘蛛が腹を抱えてうずくまっているような禍々しくも美しいフォルム。中央には、日本の伝統的な茶釜を思わせる球体の抽出器が据えられている。
「千利休の茶の湯の美学と、私の狂気的な工学を融合させた、世界に一つだけの超高圧抽出機……」
松永が両手を広げて高らかに宣言した。
「その名も――『平蜘蛛』!」
「ひ、平蜘蛛……? これが、コーヒーメーカーだと言うのか!?」
「そうです、明智店長」
松永は不気味に微笑んだ。
「本能寺オーブンが『怒』を燃料にするのに対し、この平蜘蛛が消費するエネルギーは――」
松永が、平蜘蛛から伸びる一本の黒いケーブルを持ち上げる。
「『哀』です」
「哀しみ……?」
「ええ」
松永は静かに説明を続けた。
「人は過酷な労働の中で、怒りだけを抱くわけではありません」
「……」
「『なぜ自分はこんな会社に入ってしまったのか』」
「やめろ」
「『家族と過ごす時間は、もう戻ってこない』」
「やめろ」
「『この莫大な借金は、一生返せないのではないか』」
「やめろと言っているだろう!」
「そうした深く、静かな絶望と哀しみ。それを平蜘蛛の茶釜でじっくりと煮詰め、超高圧で豆へ叩き込むのです」
松永の目が狂気的に輝く。
「浅井農園の豆を安物に変える必要などありません」
平蜘蛛の中央部が、まるで生き物のように低い唸り声を上げる。
「高品質な豆を、哀しみの圧力によって極限まで圧縮し、従来よりはるかに少ない量で、これまで以上に濃厚な成分を抽出する。一杯あたりに使用する豆の量を減らしながら、従来以上のコクと香味を実現するのです」
松永は胸を張った。
「これなら丹羽殿の求める原価率改善と、信長様の求める味の向上を、同時に完璧な形で実現できます」
「……理屈だけ聞けば、ものすごく真っ当な研究だな」
光秀が震える声で呟く。
「ええ」
「だからこそ余計に怖いんだよ!」
「ちなみに接続先は切り替え式です。怒りをオーブンへ、哀しみを平蜘蛛へ。便利でしょう?」
「人間を便利に使うなァァァッ!」
「――ほう。見事なカラクリだ」
背後から、低く、しかし絶対的な威圧感を持った声が響いた。
喫茶『本能寺』の絶対的オーナー、織田信長である。
信長は黒いマントを翻しながら厨房に入ってくると、平蜘蛛を見上げて凶悪な笑みを浮かべた。
「やってみせろ、松永」
「御意」
松永は構わず、光秀へ黒いケーブルを差し出した。
「では、実験を始めましょう」
「待て」
「明智店長」
「待てと言っている!」
「あなたの人生の哀しみを、後悔を、そして三千万円の借金の重みを――」
「俺のトラウマをコーヒーのダシにするなァァァッ!」
次の瞬間。
光秀の手袋の端子に、平蜘蛛のケーブルが強制的に接続された。
ゴボォォォォォォッ!!
平蜘蛛のメーターが跳ね上がる。
光秀の脳裏に、これまでの過酷な日々が走馬灯のように駆け巡った。
――信長にホットサンドを投げつけられた日。
――秀吉と共に血を吐く思いで作ったマニュアルを、家康に笑顔で奪われた日。
――足利義昭に「将軍様」と呼ばされながら、年利十五パーセントの契約書にサインした日の、あの屈辱。
――各部署のトップが自分の都合ばかりを押し付け、誰も自分の苦労を分かってくれないという圧倒的な孤独。
「う、うおおおおおお……!」
光秀の目から、一筋の涙がこぼれ落ちる。
その純度100パーセントの「哀」が、手袋の端子からケーブルを伝い、平蜘蛛へと流れ込んでいく。
ゴボォォォォォォッ!!
平蜘蛛内部の圧力計が一気に限界突破した。
佐々成政が守り抜いた浅井農園の最高級豆が、光秀の哀しみによって極限まで圧縮され、その香味成分を余すことなく抽出されていく。
ポタリ。
漆黒のカップに、一滴の液体が落ちた。
それは、光の反射すら許さないほどの、完全なる「黒」だった。
立ち上る香りは深く、芳醇。
浅井農園の豆が本来持っていたフルーティな香りを一切殺すことなく、今までにないほど濃密なコクと退廃的な苦味をまとっている。
「……完成です」
松永が震える手でカップを捧げ持つ。
「哀しみの決戦兵器『平蜘蛛』による、第一号エスプレッソ」
そして、堂々と宣言した。
「名付けて――『漆黒の涙』!」
「勝手に俺の名前を付けるな……!」
光秀は白目を剥きながら抗議した。
しかし、もはや誰の耳にも届かない。
信長が、無言でそのカップを受け取った。
厨房の全員が息を呑む。
信長はゆっくりとカップを傾け、その漆黒の液体を口に含んだ。
静寂。
オーブンの轟音すら遠く聞こえるような、絶対的な沈黙が流れる。
信長は目を閉じ、静かに喉を鳴らした。
そして、ゆっくりと目を開き――。
「……クッ」
肩が震えた。
「ククク……」
「ガハハハハハハハハハハッ!!」
狂気じみた大爆笑が、本能寺の店内に響き渡った。
「美味い! 美味すぎるぞ松永!!」
信長はカップを高く掲げる。
「苦味の奥底から湧き上がるような強烈なコク! しかも豆本来の香りが全く死んでいない! 本願寺の小洒落たコーヒーなど泥水に思えるほどの、暴力的な美味さだ!」
松永が満足そうに一礼する。
「これで、浅井農園との契約を維持したまま、一杯あたりに使用する豆の量を大幅に削減できます。財務的合理性と品質、両方のクリアです」
「見ろ光秀!」
信長が叫ぶ。
「貴様の絶望が、哀しみが、ついに本願寺を超える味を生み出したのだ! 喜怒哀楽をすべて会社の利益へと変換する、これぞ完全無欠のシステムよ!」
「誰が……喜ぶか……そんなもん……」
光秀はついに意識を失い、ガクリと首を垂れた。
◇
その頃――。
隣接する『本願寺カフェ』の最上階、プレジデンシャル・オフィスでは、マスターの本願寺顕如が異変を察知していた。
「マスター……異常事態です」
統括執事の下間頼廉が、タブレットを見つめながら信じられないといった声を出した。
「隣の『本能寺』の売上データが、先ほどから垂直に跳ね上がっています」
「何だと?」
「客の滞在時間、リピート率、そしてSNSでの『味』に関する評価……すべてにおいて、我が本願寺カフェを圧倒し始めています。彼らは……何らかの革命的な抽出設備を稼働させた模様です」
顕如は静かに立ち上がった。
窓から見下ろす喫茶『本能寺』の屋根からは、不気味な黒い煙と、抗いがたいほど芳醇なコーヒーの香りが漂ってきている。
「……やはり、あなたはそう来なくては」
顕如の口元に、歪んだ笑みが浮かんだ。
「ルールそのものをねじ曲げ、人間の魂すらも利益に変える……それがあなたという男だ、織田信長」
「信長……」
顕如は熱を帯びた瞳で本能寺を見つめた。
「あなたがいるからこそ、私は一番になりたい」
「あなたのその狂気を打ち砕いてこそ、私の存在意義がある」
「頼廉」
「ハッ」
「全店舗の『祈り(オペレーション)』の出力を最大に上げなさい」
顕如は静かに微笑んだ。
「本能寺の悪魔のコーヒーに、我々の『癒やし』で対抗します」
◇
一方、喫茶本能寺の厨房では。
「……あれ?」
平蜘蛛に哀しみを吸い上げられた光秀が、ふと目を覚ました。
「胃が……痛くない」
「明智殿? 大丈夫ですか?」
秀吉が心配そうに覗き込む。
光秀は虚ろな目で宙を見つめた。
「ああ……なんだか、どうでもよくなってきた」
「え?」
「借金も、過労も、クレームも……全部、些細なことじゃないか」
光秀はゆっくりと立ち上がった。
「さあ、ホットサンドを焼こう。コーヒーを淹れよう」
その目には、もう以前のような怒りも絶望もなかった。
「永遠に……永遠に……」
「光秀殿ォォォッ!」
秀吉が悲鳴を上げる。
「目が! 目が死んどる通り越してブラックホールみたいになっとるわァァァッ!!」
しかし光秀は、無表情のまま恐るべき速度でコーヒーの抽出を始めた。
平蜘蛛は、哀しみを消費する。
しかし、哀しみが消えて無くなるわけではない。
抽出の過程で生じた感情の残滓は、厨房の隅々に、壁の隙間に、そして店舗の構造そのものに、黒い染みのようにこびりついていく。
怒りから生まれる――「怨」。
哀しみから生まれる――「嗟」。
二つの感情が交わり、施設には確かな「怨嗟」が蓄積され始めていた。
今はまだ、誰も気づいていない。
この怨嗟が閾値を超えた時、喫茶『本能寺』そのものに何が起こるのかを。
繁栄と引き換えに。
最悪の地獄へのカウントダウンが、静かに時を刻み始めていた。




