第四話「結成」
夜。
三色修人は、寮の自室で端末の画面を見つめていた。
笹枝加奈子から届いたメッセージには、今日起きたことが簡潔に、しかし十分すぎるほど詰め込まれていた。
火星災禍、雪水吹雪、王木帝子の三人が、1st.festに向けてユニットを結成したこと。
そのユニット名が、phoEniXであること。
加奈子が却白蒼に声をかけたものの、明確な手応えは得られなかったこと。
そして、愛希が同級生たちにも声をかけているが、そちらも芳しくないこと。
「……あの三人でユニット結成とは、予想外だったな」
修人は椅子の背にもたれ、天井を見上げた。
火星災禍。
雪水吹雪。
王木帝子。
加奈子が送ってきた資料には、それぞれの簡単な能力傾向も記されていた。
爆発力のあるパフォーマンス。
確かな歌唱力と表現力。
ファンを惹きつけるサービス力。
中等部からの内部進学組の中でも、目立つ存在だった三人が、このタイミングで組む。
1st.festのユニット部門において、間違いなく強敵になる。
修人は加奈子へ短く返信した。
『明日の放課後、一度打ち合わせをしよう』
送信してから、机の上に広げていた資料へ視線を落とす。
候補者は、まだいる。
中等部からの内部進学組だけに絞らなければ、高等部から入ってきた生徒にも可能性はある。
だが、1st.festまでの時間を考えれば、完全な初心者を二人加えるのは厳しい。
愛希は、まだ原石だ。
それも、応援を受けることで何倍にも光を増すタイプの原石。
だからこそ、隣に立つ二人は重要になる。
愛希を支えるだけでは足りない。
愛希の光を受け取り、返し、別の色に変えられる相手でなければならない。
修人は目を閉じる。
今すぐ答えが出る問題ではない。
明日、加奈子と一緒にもう一度一年生の動きを見る。
必要なら、直接声をかける。
そう考えながら、修人は灯りを落とした。
*
翌日。
却白蒼は、朝からずっと考えていた。
天門愛希の誤解を、どう解けばいいのか。
昨日、噴水広場で出会った愛希は、蒼の拒絶を拒絶として受け取らなかった。
素人同然のあなたと組んでもメリットがない。
そう言った。
かなりはっきり言ったつもりだった。
それなのに、愛希は言葉の続きを待つようにこちらを見ていた。
私、今、断ったよね。
そう確認したのに、愛希は不思議そうな顔をした。
挙げ句の果てに、友達になりましょうと言い出し、連絡先まで交換してしまった。
蒼は、午前の授業中も上の空だった。
講師の声は聞こえている。
板書も目には入っている。
けれど頭の中では、どうすれば愛希に「私はユニットに入るとは言っていない」と伝えられるのかばかり考えていた。
結論は出ないまま、昼休みになった。
教室の外、廊下からこちらへ大きく手を振っている少女がいる。
天門愛希だった。
満面の笑み。
蒼は、その眩しさに少し戸惑った。
昨日の時点で、彼女の中ではもう何かが成立しているらしい。
蒼は小さく息を吐き、席を立った。
「蒼さん! お昼行きましょう!」
「うん……」
二人は並んで歩き始めた。
「蒼さんは、いつもは学食ですか?」
「混むから……購買で、パンとか……」
「そうなんですね! 私は学食ばっかりです。メニューも多いし、おいしくって!」
愛希は楽しそうに話す。
「学食も購買のものも、基本的に調理科の人が作ってるみたいですよ、すごいことですよね!」
「そうね……」
蒼は少ない言葉で相槌を打った。
不思議だった。
愛希の話は、特別な内容ではない。
学食のこと。
購買のこと。
調理科のこと。
どれも、蒼にとっては何度も目にしてきた日常の一部だった。
けれど愛希が話すと、少しだけ違って聞こえる。
同じ景色を、初めて見たものみたいに楽しそうに語る。
そんな愛希の横顔を見ていると、断るための言葉がまた喉の奥へ沈んでいった。
芸能科の学食へ着くと、すでに多くの生徒で賑わっていた。
「わっ……すごい人。お喋りしてたから、少し出遅れちゃいましたね」
愛希は少しだけ背伸びをして中を覗く。
「購買にしましょーか!」
「ええ」
二人は購買で菓子パンと飲み物を買い、日当たりの良い外のベンチへ腰かけた。
春の陽射しは柔らかい。
校舎の影から少し離れたその場所は、昼食を取るにはちょうどよかった。
愛希はパンの袋を開けながら、また楽しそうに話し始めた。
カラオケが好きなこと。
お菓子作りが好きなこと。
最近、レッスンで筋肉痛になったこと。
加奈子が驚くほど学内アイドル事情に詳しいこと。
蒼は、その一つ一つに耳を傾けていた。
「へぇ。カラオケ好きなんだ」
「はい! 蒼さんほど上手じゃないですけど、昔から歌うことは大好きで」
愛希は照れたように笑う。
「蒼さんも、カラオケ行ったりしますか?」
「うん……一人で、だけど」
「えー、もったいない!」
「そう、かな……」
「はい! 誰かと行ったら、きっと楽しいですよ。蒼さんの歌、みんな聴きたくなると思います」
その言葉に、蒼は少しだけ視線を落とした。
自分の歌を、聴きたいと言う人はいる。
評価してくれる人もいる。
けれど一緒に歌いたいと言われた記憶は、あまりなかった。
「他にも趣味とか、ありますか? 知りたいですっ!」
「趣味……ないわね。休みもレッスンかトレーニングしてるし」
「す、ストイック!」
愛希は目を丸くする。
「私も見習わないといけないですね……」
「そんなことないよ」
蒼は小さく首を振った。
「他にすることがないだけだから」
言った直後、自分の声が少し暗くなったことに気づいた。
蒼は伏し目がちになる。
寂しげな顔をしたつもりはなかった。
けれど、愛希には見えてしまったらしい。
「もう!」
少し強い声がした。
蒼は驚いて愛希を見る。
愛希は、頬を膨らませるようにしてこちらを見ていた。
「お友達のそんな寂しそうな顔、許しませんよっ」
「……お友達」
「はい。これからは、お休みの日は私が遊びに誘いますからねっ!」
ぷりぷりと軽くお説教をしたかと思えば、次の瞬間にはにこりと笑う。
その変化に、蒼は戸惑った。
でも、不思議と嫌ではなかった。
胸の奥が、少しだけ温かい。
「う、うん……ありがとう……」
そう答えた時、蒼は自分の頬がわずかに緩んだことに気づかなかった。
けれど愛希は見逃さなかった。
「!!」
愛希の目が輝いた。
「蒼さん、やっと笑ってくれましたね!」
「私、今、笑ってた?」
「ええ!」
「……そ、そう」
蒼は少しだけ視線を逸らす。
愛希はなぜか、すっと顔を寄せた。
そして、蒼の耳元で囁く。
「とっても可愛らしかったですよ」
「っ……」
咄嗟の接近。
耳に触れるような小さな声。
そして、思いがけない言葉。
蒼は自分でも信じられないほど動揺した。
顔が微かに熱くなる。
髪を触る指先が、少し落ち着かない。
愛希はその反応を見て、内心で震えていた。
何だろう、この感じ。
クールで神秘的で、近寄りがたい雰囲気の蒼が、自分の言葉で少しずつ戸惑っている。
無表情だと思っていた顔に、ほんの少しだけ羞恥が浮かぶ。
それが、とても可愛い。
愛希の胸の奥に、未知の感覚が芽生えた。
私、結構Sかも。
「蒼さんって、とってもクールな佇まいですけど、可愛いところもいっぱいありそうですね」
「そんなことないから」
蒼は髪を触りながら、わずかに横へずれた。
「あなた、やっぱり変」
距離を取るように横へ逃げる。
その反応がまた、愛希の中に芽生えた小さな嗜虐心を刺激した。
「蒼さん」
「何」
「お友達同士は、もっと近づかないといけないんですよ」
愛希は、逃げた蒼の方へすっと近づく。
肩が触れ合うほどの距離。
「そ、そうなのね」
蒼は戸惑いながらも、離れなかった。
愛希は気づき始めていた。
友達という言葉を使えば、蒼は強く拒めない。
その事実が、彼女の中にさらに邪な考えを呼び込もうとした、その時だった。
「こら~。そこまでですよ、天門ちゃ~ん」
背後からのんびりした声がした。
愛希と蒼は驚き、同時に距離を離す。
振り返ると、そこには黄世美苑乃が立っていた。
「天門ちゃん、見てましたよ~」
「だ、誰……?」
蒼が少し警戒したように呟く。
「黄世さん!? これは、その」
愛希が慌てる。
美苑乃は二人の前へ回り込み、しょうがないなぁという顔で腕を組んだ。
「純真無垢な女の子の反応を見て、楽しんでいましたねぇ~?」
「わ~!? わー!」
愛希は勢いよく立ち上がり、持っていたパンを美苑乃の口へ突っ込んだ。
「もぐっ……おいしい」
美苑乃はパンを咥えたまま目を細める。
「もぐもぐ……このパンに免じて、見逃してあげましょ~」
「ど、どうぞどうぞ! 食べてください」
愛希は全力で差し出す。
二人の親しげなやり取りを、蒼はただ見つめていた。
まるで借りてきた猫のように、大人しくなっている。
愛希は慌てて紹介した。
「蒼さん、こちら私と同じクラスの黄世美苑乃さんです」
「よろしくね~」
美苑乃はゆったりと手を振る。
「……黄世さんも、あなたの、お友達?」
蒼がぽつりと尋ねた。
その声には、ほんのわずかなくぐもりがあった。
自分でも気づいていないような、微かな不安げな声色。
愛希と美苑乃は、その一瞬の表情を見逃さなかった。
神秘的で、威厳があるような顔立ち。
けれどそこに浮かんだのは、想像以上に幼い感情だった。
二人の胸の奥に芽生えていた嗜虐心が、強烈なシンパシーを生み、謎の連携を作り出す。
「そうだよ~。”愛希ちゃん”とは、とっても仲良しなんだぁ」
美苑乃がにこにこと言う。
「えぇ。”美苑乃さん”とは、入学してからずっと一緒なんですよぉ」
愛希も調子を合わせる。
「ふ、ふーん……」
蒼は視線を逸らした。
「別に……私しか友達がいないなんて思ってないけど」
明らかに強がっている。
愛希と美苑乃は同時に思った。
やきもち焼いてる。
可愛い。
美苑乃はさらに一歩近づいた。
「愛希ちゃんとお友達なら、もうわたしともお友達だよ~」
「そ、そうなんだ……ふーん」
蒼の表情筋が、一瞬だけ緩んだ。
美苑乃はそれを見逃さない。
この人、すっごくかわいい。
癒される。
「わたし、却白蒼……よろしく」
「蒼ちゃん、よろしくね~」
美苑乃は両手を広げた。
「はーい、これお友達のハグだから。お友達になったら、しないといけないんだよね~」
そして蒼を包むように抱きしめた。
「ちょっと!」
蒼が驚いて身を固くする。
「あーー!?」
愛希が叫んだ。
「こらっ、美苑乃さん!」
愛希は慌てて美苑乃を引きはがす。
「へへへ~……」
美苑乃は悪びれない。
「蒼さんの隙につけ込むのはダメ……ですっ!」
「さっきまで、自分だってしてたくせに~!」
「ダメですっ!」
「けちんぼ~」
美苑乃は口を尖らせる。
蒼は二人のやり取りを見ながら、まだ少し頬を赤くしていた。
大変な人たちに捕まってしまったのかもしれない。
そう思った。
けれど、不思議と嫌ではなかった。
*
そんなこんなで、三人は一緒に昼食を食べ終えた。
最初は戸惑っていた蒼も、愛希と美苑乃のやり取りに巻き込まれるうちに、少しずつ表情が柔らかくなっていた。
美苑乃は飲み物を飲みながら、ふんわりと言う。
「へ~、蒼ちゃんとユニット組むんだ~」
「そうです!」
愛希は力強く頷く。
蒼は少しだけ美苑乃を見た。
「……その、美苑乃……さんは、一緒にやらないの?」
「えっ? わたし?」
美苑乃が自分を指差す。
「だって……二人は仲良し、なんでしょ?」
蒼はぽつりぽつりと言葉を紡いだ。
「仲良しなら……ユニットも一緒にやるのかなって……」
そして、小さな声で付け加える。
「二人となら、気楽、だから」
愛希と美苑乃は、一瞬だけ目を合わせた。
蒼の頭の中には、もう誤解を解くことなどなくなっていた。
愛希は即答した。
「もちろん! 美苑乃さんも一緒にやりますよ!」
「そうだよ~。わたしも一緒にやるよ~」
美苑乃はにこにこしながら答えた。
そしてすぐ、愛希へ顔を寄せて小声で囁く。
「ちょっと~。巻き込まれちゃってるんですけど~」
愛希も小声で返す。
「ダメです。美苑乃さんは、さっき勝手にハグしたので、その…罰です!」
「も~。別にいいけど~」
二人のこそこそしたやり取りに、蒼は少しだけ首を傾げた。
昼休みの終わりを知らせる予鈴が鳴る。
「あ、そろそろだね~」
美苑乃が立ち上がる。
「愛希ちゃん、次、三階だから行かないと」
「そうですね!」
愛希も立ち上がる。
蒼は二人を見上げた。
「そっか。二人は……同じクラス」
わずかに俯く。
その表情を見て、愛希と美苑乃は顔を見合わせた。
「でも、まずは蒼さんを送ってからですね!」
「そうだね~」
美苑乃も頷く。
蒼は顔を上げた。
「! ……ふーん。勝手にすれば」
そっけない声。
けれど、明らかに先ほどよりも嬉しそうだった。
愛希と美苑乃は、同時に思う。
なんていじらしくて、かわいい生き物なんだろう。
*
放課後。
愛希、美苑乃、蒼の三人は、芸能科A棟の一室を訪れていた。
室内には、修人と加奈子がいる。
加奈子は資料を広げ、修人はタブレットに何かを入力していた。
愛希は勢いよく一歩前へ出る。
「黄世美苑乃さんと却白蒼さんがユニットに参加してくれるそうです!」
加奈子が目を丸くした。
「おお!?」
修人もわずかに眉を上げる。
「加奈子。却白さんのスカウト、できなかったって言ってなかったか?」
「そ、そうですよ……! 愛希ちゃんの魅力ですかね!?」
「まあ……いいか」
修人は深く追及しなかった。
少なくとも、目の前に二人がいる。
しかも蒼は、逃げ出す様子もなく愛希の隣に立っていた。
美苑乃はいつも通り、ゆったりとした笑顔を浮かべている。
修人は椅子から立ち上がった。
「俺は、三色修人。これから三人のユニットをプロデュースさせてもらう」
加奈子も元気よく続く。
「笹枝加奈子です! みんなのマネジメントを担当します!」
「よろしく……お願いします」
蒼が小さく頭を下げる。
「よろしくおねがいしま~す」
美苑乃もふわりと頭を下げた。
修人は三人を見渡す。
「ユニットのコンセプトを決めるために、二人の自己紹介とか、これからのビジョンを聞かせてもらえるかな」
まず、美苑乃が口を開いた。
「わたしは~、人を癒せるアイドルになりたいです~」
その声は、いつも通りゆっくりしていた。
「不安な人とか、疲れてる人とか、ちょっとしんどい人が、わたしを見てほっとしてくれたらいいなぁって思ってます~」
修人は頷いた。
明確だ。
言葉は柔らかいが、目指す場所ははっきりしている。
陽だまりのように、見る人の緊張をほどくアイドル。
次に、蒼が少しだけ視線を落とした。
「私は……歌で、人々を惹きつけるアイドルになりたい」
言葉は少ない。
けれど、その声の奥には強いものがあった。
「上手く話せないし、表情も……多分、苦手。でも、歌なら、届けられると思う」
蒼は一度、愛希と美苑乃を見た。
「だから……やるなら、ちゃんと上を目指したい」
修人は、蒼の言葉を静かに受け止めた。
中等部での実績。
高い歌唱力。
失敗を重ねてなお消えていない、アイドルへの情熱。
それが、少ない言葉の中にあった。
修人は三人を見た。
方向性は違う。
けれど、噛み合えば面白い。
そして嚙み合わせるのは、自身の力次第だ。
「いいね」
修人は微かに笑った。
「二人とも、すごく心強いよ」
愛希が嬉しそうに目を輝かせる。
「三人のユニットで、1st.festのトップを目指していこう」
「へへ~。神仙凛子さんのプロデューサーさんに褒められると、嬉しいです~」
美苑乃が笑う。
蒼は少しだけ顔を背けた。
「……ふん」
照れているのだと、愛希にはもうわかった。
「それで、これからはどうしましょうか!」
愛希が元気よく尋ねる。
修人は腕を組んだ。
「まずは、三人に合ったユニットのコンセプトと名前を決めることかな。それは、俺の仕事だ」
「ユニット名……!」
愛希の顔が明るくなる。
「みんなはその間、いくつかの基礎レッスンとトレーニングを受けてもらう」
修人は続ける。
「ユニットの方向性が決まったら、楽曲を選んで、いよいよ本格的なレッスンへ移る。そんな流れだな」
「なるほど!」
愛希は力強く頷く。
美苑乃はにこにこしながら言った。
「素敵なユニットにしてくださいね~」
修人は、三人を見渡した。
「任せてくれ」
修人ははっきりと言った。
こうして、天門愛希、黄世美苑乃、却白蒼の三人によるユニットは結成された。
1st.festへ向けて。
まだ名前も、曲も、コンセプトも決まっていない。
けれど確かに、その日、ユニットは結成された。




