ずっこけ三人組
〇 ● 〇
「ああーっ、外の空気が美味しい!」
歯車が噛み合う音を立て、『蛇』が停留所で止まる。
横っ腹の一部が、ゆっくりと長方形に開いた。そこからぴょんと飛び降り、お雛は大きく伸びをする。短い時間とはいえ密閉空間の中、数十人の乗客とすし詰めになっているのは、少々息苦しかった。
「それな。流石にぎゅう詰めの中にいるのは辛ぇわ」
隣で、藤野も肩をぐりぐり回しながら息を吐いた。白地に墨で流水模様と亀が描かれた着流しが、がっくり崩れている。
うんざりとするお雛達を尻目に、『蛇』は新たな乗客を腹いっぱい詰め込み、ごとごと動き出した。木と鉱石で作られた巨体が、身をくねらせながらゆっくりと角を曲がっていく。
二百年前に発明された絡繰獣だ。今や陽之戸大陸において、駕籠や馬に代わる足として親しまれ、ここ赤津国ではもっぱら多人数用の『蛇』が広小路を這い回っている。
「で、お雛お前、紀平とどこで待ち合わせしてるんだよ」
乗客の邪魔にならないよう、結い上げていた長髪をほどいて手櫛で梳きながら、藤野が首をかしげた。背中に広がる髪は癖が強く、いくら梳いても毛先が暴れている。
お雛も髪に挿した簪を直してから、通りの向こうを指さした。
「こっちだよ。今日は午後空いてるっていうから、一緒に陽銭の芸小屋巡りしようと思ってさあ。停留所近くのお茶屋で待ち合わせしてたんだよね」
「ふーん。お前、芸人見るの好きなのか。食いもんにしか興味ねえと思ってたわ」
「失敬な。ぼく達知り合って二ヵ月なんだからさあ、もう好きなのも嫌いなのも癖も欠点も全部知り尽くしてていいころでしょ」
「二ヵ月でそこまで分かるか」
呆れた顔の藤野がツッコミを入れる。
そうかなあ、とお雛は首をかしげる。
お雛が夕飯にしようと追いかけていた怪異を、二人が依頼を受けて探していたのが、藤野達と出会ったきっかけだ。それを一緒に解決してから白蜘蛛庵に入り浸るようになり、自分でもびっくりするほどの速度で仲良くなった。それはもう、よく遊ぶ長屋の幼馴染達と同じくらい、いやそれ以上に。おかげで幼馴染達からはよく嫉妬されている。
だから、それくらい分かっててもおかしくは――と思ったが、そういえば自分も藤野と紀平の事を、一から十まで知っているわけではなかった。
「ぼく、芸小屋結構好きなんだよねー、ピンキリで面白くって。まあ小屋の近くにある出店も好きだけどね!」
「ふーん。で、待ち合わせって、どこでしてたんだよ」
「ほら、ちょっと行った所にある『うまか堂』ってとこ」
「あーな。あそこの焼き饅頭美味いんだよなあ」
「分かる。美味しいよねあそこ」
甘い味噌だれを塗って焼かれた饅頭は、外はかりっと中はしっとりふんわりしていて、食感も良ければ味も良いのだ。五十本は食べられる。
あの味を思い出すだけで、口の中に涎が溜まっていく。
絡繰獣用の広小路の左右には、銭湯や温泉の他、居酒屋、飯屋、土産屋、各種屋台なんかが建ち並んでいた。道は遊山客や地元の人々で賑わい、色鮮やかな旗や幟がはためいている。
その間を藤野と並んで歩きながら、お雛は鳶色のお団子をぽんぽん揺らした。
「でも良かったー。あのおじさん、待ち合わせ場所から近いとこに住んでて」
陸生の家は、五棚町にあるのだという。五棚町といえば、紀平と待ち合わせをしていたお茶屋がある町なので、素晴らしい偶然だ。
ちなみに陸生には、もう一人連れて行くから先に家に戻っていてほしいと告げている。
「団扇屋なんてこの辺にあったんだね。藤野知ってた?」
「いや、俺も知らん。あーでも、こないだ粉かけた子が持ってた団扇がそうだったかもな。『野辺屋』って書いてたし」
「はー。モテ自慢やめてよね、腹立つなー」
藤野を見て頬を染める水茶屋の娘に手を振りながら、藤野が肩をすくめる。ちなみにお雛も隣で手を振ってみたが、無視された。なぜ。やはり目元か、目鬘で色気を出しているのか。
腹が立ったので藤野の脛を蹴る。
「いって!」
無駄に豪華で高そうな目鬘の奥で、瞳が痛そうに歪む。よしよし。
「お前なあ、少しは手加減しろよ。この馬鹿力」
「知らなーい。てかあのおじさんに憑いてるのってなんなの? 藤野は視えてたでしょ」
「何だ、お前分かんなかったのか?」
棒手振から杏を一つ買い、口に放り込みながら頷く。
「あー、そういやお前見鬼持ちじゃないもんなあ。怪異視えないんだったか」
「そ。匂いは分かるんだけどさー」
ひょい、と肩をすくめる。
「ま、俺も怪異が憑いてるくらいしか分からん。獣臭かったから、獣系の妖だな。どうもおっさんじゃなくて、家に憑いてるっぽいんだよな」
「ふーん。でもさあ、白蜘蛛庵で獣の毛がどうこうって言ってたじゃん。あれは?」
「獣の妖ってのは、印として毛とか爪痕を残してくことが多いんだよ。これは自分の獲物だ、って他の奴に知らせる為にな。獣臭かったから、ハッタリかました。図星だったみてーだけどな」
「ふーん」
成程、とお雛が納得した時、前方に人垣ができているのに気づいた。しかもちょうど、待ち合わせ場所のお茶屋の所に。
「ん?」
藤野も気づいたようで、訝し気な声を上げる。人垣から漂っているのは、困惑や感嘆の気配。二人、顔を見合わせる。これはもしや。
恵まれた体格を活かして、お雛達は人垣をかき分ける。お茶屋の前にぽんとできた空間に広がっていたのは、予想通りの光景だった。
「何してんの、紀平。喧嘩?」
「あ、お雛。遅い」
お茶屋の縁台で焼き饅頭を頬張りながら、紀平が唇を尖らせた。
紀平はお雛と同い年、十五歳の少年だ。
襟足ほどの白髪は、毛先だけが鮮やかな緑色。榛色の目は鋭く、駿馬のように精悍な顔つきをしている。背はお雛や藤野より低いが、体格はがっしりとしていて二人より逞しい。
朽葉色の着流しは若人が着るにしては少々渋いが、着物に着られているという印象は無く、不思議と似合っていた。
「お前が遅いから俺、変なのに絡まれたんだぞ」
そう言って唇を尖らせ、拗ねる姿は実年齢より幼く見える。それは可愛いのだが、その前に積まれた五、六人くらいの人間でできた山は可愛くない。どいつもこいつもぼこぼこにされ、うーうー呻いている。
「お、派手にやったなあ紀平。こいつらどうしたんだ」
「あー、藤野。あのな、こいつら急に絡んできたんだ。金寄越せとかなんとか言って。だから、ぼこぼこにした!」
ふふん、と自慢気に鼻を鳴らす紀平の頬を、お雛はむにっとつまんだ。無駄に柔らかくて気持ち良い。
「何すんだよ、お雛」
「んー? 喧嘩はともかく、怪我はしてないかなーって。してないみたいだね、よしよし」
「は? こんな連中相手に俺が怪我するわけねーだろ、馬鹿にしてんのか!」
頬を両側から挟んでもちもちしていると、眉を吊り上げた紀平が暴れ出す。頬を揉まれることより、怪我の心配をされたことに対して怒るところが紀平らしい。
暴れるのを宥めながら頬を揉み続けていると、後ろから手刀を落とされた。
「おい、お雛。そろそろ行くぞ。つーか、逃げるぞ」
「ん?」
「番所から番太が来てる。流石に騒ぎがでけーからな、前みたいに紀平ごと捕まるぞ」
藤野が、親指で己の背後をぐいと指している。人込みをかき分け、数人の番太がこちらに向かってきているのが見えた。
「そっか、そだね。じゃー紀平、行こ」
お雛が促すと、紀平がぽん、と立ち上がる。そのまま三人、番太達とは逆方向に走った。にわかに背後が騒がしくなり、追いかけてくる足音が聞こえる。こちらの方が足は速い。雑踏の中をじぐざぐに走れば、すぐに足音は聞こえなくなった。
よし、と三人で顔を合わせて笑いあう。番太を撒くことくらい、ちょろいちょろい。
「あ、こっちから行けば小屋は近いぞ」
走るのをやめて歩きながら、お雛は芸小屋に向かおうとする紀平の手首を掴んだ。
「紀平、ごめんだけど芸小屋はまた今度ね」
紀平の榛色の瞳が、刃物のように尖った。じわりと殺気が滲み出す。
「は? 人散々待たせた挙句、約束すっぽかしてお前は藤野とどっか行くってか? 口に石詰めて殴るぞ」
「具体的な報復方法言わないでよー、可愛いなあもう」
「可愛くない」
もちもちの頬が、それこそ餅のように膨らむ。
その顔を堪能しながら、お雛は胸の前でぱちんと両手を叩いた。
「ちゃんと紀平も一緒だから、大丈夫。お仕事行くよー、お仕事」
「お仕事……?」
きょとんと目を瞬かせ、紀平はお雛の言葉を反芻する。瞬き一つの後、「お仕事」の意味を察したのか、その顔色がたちまち青ざめていった。




