お雛
真打・お雛の登場です(/・ω・)/
「おや、まあ。今日はよく店に飛び込む輩が多いこと。小鼠に続いて次は子猫か」
「えー、ぼく子猫なの、参ったなあ。なになに、そんなに可愛い?」
照れたように頭をかいて笑ったのは、ひどく背の高い少年だった。鼻や頬の上に薄く散ったそばかすと、丸みを帯びた頬は年頃の娘のような繊細さがある。
だが声変わりをすませた声といい、外に張った肩や着物の合わせ目から覗く胸板は、明らかに男のそれだ。背は非常に高い。六尺二寸|(約190センチ)はあろうか。
「可愛くはないな。やかましやかまし」
「え、そーお? まあいいや。それよりお昼! お昼ちょーだい!」
夏の向日葵のように賑やかしく、少年が騒いだ。頭の天辺でお団子にした鳶色の髪に、雲丹の棘のようにぶすぶす挿さった派手な簪が、動きに合わせて揺れる。
そう、少年の外見は非常に派手だった。着物には無数の鳥や獅子が赤糸や銀糸で所狭しと刺繍され、下地が見えないほど。下品な派手さだ。行灯袴はなんと、金ぴかである。金箔でも貼り付けたような金ぴか袴。一体どこで買ったのか聞きたい。
「とにかく、なんか美味しいの、めいっぱい! お小遣いまだ残ってるから、いっぱい食べれるよ!」
さざれが苦笑する。陸生に対する時とは違い、微かな温かみを含んだものだった。
「いつも言っておるが、具体的な品書きを言わんか」
「じゃあ今日のおすすめ、大盛りで。よーろしくー!」
少年は適当に草履を脱ぎ捨てると、座敷に上がり込んだ。陸生には目もくれず、真っすぐ若者二人の方に駆けて行く。
「やっほー!」
若者二人も、それに手を挙げて答える。
色彩の暴力みたいな後ろ姿を呆然と見ていると、若者の一人が唐突に、こちらを指さした。少年が、お団子髪をぼんっと揺らして振り向く。
長い睫毛に縁どられた瞳は、影を固めたような漆黒。
「あっ、ほんとだ知らない人だ」
ふうん、へえ、そうなんだ。
小声で何事か話す若者に、少年が大きな声で相槌を打つ。その間も光を通さないような真っ黒な目に見つめられ続け、陸生は落ち着かない気持ちになった。
会話が終わったのか、ぱたたっと足音を立て、少年が近づいてくる。金ぴか袴に陽光が反射して眩しい。
立ち去る機を逃して土間付近でまごついている間に、やって来た少年が、陸生を見下ろした。無遠慮にじろじろ眺めた後、「ふーん」と呟く。
「おじさん、おじさん。怪異相談で来たならぼくが話聞こっか? なんか、おじさんから美味しそうな匂いするし。あ、ぼくお雛っていうんだけど」
「えっ?」
唐突な申し出に、陸生の口から間の抜けた声が漏れた。
白蜘蛛庵に転がり込んでから、話が二転三転急転換して、理解と感情が全く追いつかない。唖然としている間に、手首を掴まれた。そのまま引っ張られ、座敷に戻る。
「こっち来て。ぼくお腹空いたからさ、ご飯食べながら聞くね」
「はぁ? 何を言って……ちょ、ちょっと」
手首を掴むお雛が、陸生を振り返ってにへらと笑った。
「んーふふー、おじさん良い匂いー」
自分はそんなに美味しそうな匂いがするだろうか。朝飯の匂いが着物についていただろうか。袖口を嗅いでみるが、汗の臭いしかしない。
困惑する陸生を座らせ、その向かいに少年が座った。同時に、さざれが箱膳を持って来る。注文を受けてから少ししか経っていないのに、随分と早い。
「ほれ、今日のおすすめは揚げ肉と野菜の甘酢餡かけよ。それと菜飯と味噌汁」
「わーい、ありがとう! いっただきまーす!」
胸の前で手を合わせるが早いか箸が伸び、湯気を立てる揚げ肉が大口の中に消える。唇に付いた餡をぺろりと舐め、少年が満足気に息を吐いた。
「んー、餡に生姜入ってておいしーい! 衣もさっくさく! 菜飯もさっぱりで最高! はー、さざれさん相変わらずご飯美味しい。神。好き。おじさんもこれ頼んだら? さざれさんの料理美味しいよ。あ、それでおじさん。なにがあったの?」
「ちょっ、ちょっと待て、待ってくれ!」
このままでは、なし崩し的に少年が仕事を受けそうで、陸生は慌てて待ったをかけた。
「き、君が祓い屋なのか? いくつなんだ?」
「ぼく? 十五。もう大人だから安心してよ」
じゅうご、と陸生は繰り返す。
確かに、十五歳なら成人の儀を終えているから、大人と言っても差し支えはない。だが、成人に成りたての少年が解決できるというのか。陸生の身に起こっている、あの怪現象を? とてもそうとは思えない。
しかし断る前に、お雛が己の背後を振り向いた。
「あ、そうだ。ねえ、藤野も手伝ってよ」
そう言って、若者二人のうち片方を手招く。
「あー? ったく、しょーがねえなあ」
面倒そうに暗緑色の髪をかいて、若者がのそりと立ち上がった。
こちらもお雛と同じくらい背が高く、体格が良い。目元全体を覆う目鬘を着けているせいで年齢は分かりにくいが、お雛と同じか少し上くらいだろうか。
「お前のことだから、どうせ紀平も呼ぶんだろ? お前らだけじゃ頼りねーのは確かだしなあ。手伝ってやるから、ありがたく思えよ」
「はいはいありがと嬉しいなーぼく感激ー」
「もっと心を込めろよ」
寸劇のようなやり取りに呆気に取られていた陸生は、我に返り立ち上がった。
「あれ、どしたのおじさん。帰るの?」
「ああ。ここに用は無い、帰らせてもらう」
もぐもぐと餡かけ肉を食べるお雛に向かい、吐き捨てる。遊び半分で首を突っ込もうとしてくる少年達に、頼むことなどない。玄関へ足を踏み出そうとした時。
「ふーん。まあ帰りたきゃ帰りゃいいだろ。あんたの家に落ちてる動物の毛、今度は床じゃなくて口ん中に出てくるかもしんねーけどな」
目鬘の若者がさらりと告げた。
思わず、足が止まった。
振り返る。金墨で藤が描かれた黒漆の目鬘の奥で、若者の瞳がついと細められたのを見た。
「どうして、それを……」
家に獣の毛が落ちてるという事は、ここに来てから誰にも言っていない。それに、口の中という言葉。
――かり、という硬い感触が蘇る。
通り過ぎたはずの衝撃と恐怖が、再び陸生を襲った。喉の奥から酸っぱいものが込み上げ、喉がぐぅと鳴る。
「お、少しは話す気になったか? まあ、話してみろよ。悪いようにはしねーから」
は、とお雛がその言葉を鼻で笑った。
「相変わらず恰好付けちゃって。やだねー藤野ったら、気障ったらしくて。でも恰好いいから今度ぼくもやろーっと」
やるのかよ、と若者のツッコミを聞き流して、お雛は立ち尽くす陸生を見上げた。
「で、家で何があったの? おじさん」
白蜘蛛庵の玄関とお雛達を何度か見比べ……陸生は、もう一度座り直した。
――そうだ、陸夫さん。梅雨が明けたら遊山に行かない? 行きたい温泉があるの。
――いいね。じゃあ、お金を貯めないと。今よりもっと団扇を売らないとね。
――無理はしないでね。それで身体を壊して貯めたお金が医者代に消えたら、馬鹿みたいよ。
――そうだね。頑張らない程度に頑張るよ。
水無月に入ってすぐにした会話が蘇る。もうそろそろ、梅雨が明ける。
本当に、さやかの失踪が怪異の仕業なら。この少年達が陸生の家に起こる異変を解決して、そうしてさやかが帰ってくるのなら。
揚げ肉にかかったとろりとした餡を睨みながら、陸生はおずおずと口を開いた。
〇 ● 〇
宝楽を見送り、細々した用事を片付け終わった時には、すでに昼時になっていた。
白蜘蛛庵とやらに早く行きたいのは山々だが、あれこれ動いたので腹が減った。先に何か食べてから行こう。
「朝飯が残ってたから、それを……」
朝はちっとも美味いと思えなかったが、今なら少し食べられる気がする。
白蜘蛛庵に行き、紹介してもらった祓い屋に視てもらう。そうすれば、家で起こっている奇妙な出来事はきっと良くなる。もしかしたら、さやかの手がかりも見つかるかもしれない。
分かりやすい目標ができたからか、気が少しは楽になった。
朝に食べ残していた弁当を取り、自室に向かう。料理というものがとんとできないので、最近はもっぱら外食か弁当だった。これも美味いと評判の所で買ったものだ。だが、さやかの味付けには遠く及ばない。
なぁーん、と甘えたような鳴き声が、濡れ縁の方からした。
「お、来たかい。どれどれ、煮干しをあげようね」
顔をほころばせて障子を開けると、さび柄の猫が濡れ縁の縁に両前足をかけ、こちらを見上げていた。
四、五日前から庭にふらりとやってくるようになった猫だ。その時に持っていた煮干しをぽんとあげた所、ここに来ればおやつが貰えると学習したのだろう。それから毎日来るようになった。
ひらりと濡れ縁に飛び乗った猫が、陸夫が置いた煮干しの前にお座りをする。見守っていると、顔を近づけて匂いを嗅ぎ、それからぱくりと一匹食べた。
口のふっくらした所から真珠のような牙が覗き、煮干しがばりっと小さな音を立てて噛み砕かれる。
「美味しいかい、良かったねえ。たんとお食べ」
犬や猫は好きだ。餌を食べる時の髭の動き、柔らかい毛並みが日差しで輝いている所、宝玉のように透き通る目を見ていると、なんともいえない心持ちになる。
たちまち煮干しを食べ終えた猫が、ちゃしちゃしと口の周囲を舌で舐めた。
満足したのか、猫はぷいと顔を背けて濡れ縁を飛び降りた。茶、橙、黒が芸術的に混ざった毛皮が、紫陽花の葉の向こうに消えていく。
それを見送って、陸生はゆっくりと自室に戻った。
餌やおやつをあげているが、飼ったりしない。触ったり、引き留めることもしない。これくらいの距離感が、自分にはきっとちょうどいいのだ。
「さて、と……」
さっさと弁当を食べてしまおう。
朝に半分食べ残していた煮びたしを箸でつまみ、口に運ぶ。
……かり、と硬いものが歯に当たった。
なんだろう。
舌で探ってみる。つるりとしていて、楕円形。鉄っぽい味を微かに感じる。
店で弁当を詰めていた時、鉄の欠片でも入ってしまったのだろうか。
手のひらに、口内の異物を吐き出す。吐き出したものを、よくよく見て、
「ひっ、ひぇえぇっ!?」
陸生は、情けない悲鳴を上げてそれを放り出した。
ぐぅ、と吐き気が込み上げる。口を押さえ、部屋を飛び出した。
部屋の隅に残されたのは、まだ新しい血肉がこびりついた生爪一枚だった。




