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今日も元気だ怪異が美味い  作者: 所 花紅
海ぜりぃと迷子

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27/31

野菜ましまし脂たっぷり大盛太麺醤油黄麺

 それぞれ食べたいものが違うので、各々買って先ほどの場所に集合ということにし、お雛達は店へと繰り出した。

 昼時の為、三階には人がだいぶ多くなってきている。全員で昼食を買いに行っている間、席が無くなっていては元も子も無いので、縁台には紀平が残った。藤野かお雛のどちらかが戻ってきたら、交代する予定だ。


「なに食べよっかなぁー。肉、魚、麺、うーん……悩むなあー」


 ヴィーを抱っこしたまま、お雛はうらうらと視線を彷徨わせた。

 しょっぱい匂い、甘い匂い、辛い匂い、何を煎じているのか分からない渋い匂い、色々な匂いが店から漂ってきていて、非常に迷う。

 四ノ巣三階に入っている店は、全て飲食店だ。

 店内で食べる所もあるが、持ち帰りができる所も多い。買ったものをその場で食べられるように、三階にはお雛達の座っていたような縁台や、小さな座敷があちこちにあった。そのどれもが人で埋まっていて、早めに席を確保できて良かった、とお雛はほっとする。


「ねー、ヴィーちゃんは何食べたい? お肉? お魚? お米? 蕎麦?」

「んーち!」


 長い行列ができている丼飯屋を眺めながら聞くと、ちぷちぷと指をしゃぶりながらヴィーが反対の手で、びしっと一軒の店を指さした。

 黄麺(こうめん)屋だ。醤油の焦げる、香ばしい良い匂いがここまで漂ってくる。


「あー、いいねえ黄麺! 最近食べてないし、ぼくも黄麺にしよーっと」


 いそいそと行列の最後尾に並ぶ。並んでいるのは数人なので、すぐ食べられそうだ。

 黄麺はうどんと蕎麦の間くらいの太さで、濃い黄色の麺だ。塩、醤油、味噌、豚骨、様々な味があり、焼き豚や炒めた野菜、海苔なんかが上に乗せられる。味が濃くて食べ応えがあり、お雛は大好きだ。幸左も大好きで、よく二人で近所の黄麺店に食べに行く。

 屋台風になっている店の脇に、『醤油、豚骨あり(マス)』と(のぼり)が立っている。それを眺めながら、うーんとお雛は口をへの字に曲げた。


「今日はお腹空いてるし、がっつり豚骨にしよっかなぁ」

「うー」

「ヴィーちゃんも豚骨? やっぱりぼく達、気が合うねー」

「んやーい」


 ぐりぐりと頬を押し付けると、くすぐったそうにヴィーが身じろぎをする。

 じゃれながら、前に並んでいる人にヴィーのことを聞いてみるが、小さい子を探している西人は見ていないと言われた。

 そんな話をしている間に、お雛達の順番が来る。額にねじり鉢巻きをした店主に注文しようとした時、ヴィーが勢いよく身を乗り出した。


「うち! ぷーやの! うー!」

「え、え、どしたのヴィーちゃん! 落ちる、落ちちゃうって!」


 活きの良い魚の如くちたぱた暴れるヴィーを、慌てて抑え込む。ヴィーは暴れながら、品書きの一つを指さしていた。


「えーっと、『野菜ましまし脂たっぷり大盛太麺醤油黄麺』……? これ食べたいの?」

「うー!」


 勢い込んで頷く大きな頭。ひよこがぴょんぴょこ揺れる。

 品書きの隣には絵が描かれているが、丼の上に山の如く野菜が盛り付けられている。黄麺はどこだろう。

 お雛はともかく、ヴィーのようなちびっちゃい子が食べきるのは無理だ。ここは心を鬼にしよう。ヴィーちゃんの為だ。


「ヴィーちゃん、これはちょっとヴィーちゃんには」

「にーにぃ……ぷーやぃ」

「すみません、この野菜ましまし脂たっぷり大盛太麺醤油黄麺二つお願いします」


 甘えた声で首にすり寄られ、お雛は即座に手のひらを返した。

 ヴィーちゃんが食べきれなかったらぼくが食べればいっか、と軽く考えて、黄麺が出来上がるのを待つ。お雛の胃袋は底無しだ。


「まいど。……持てるかい、あんた」


 強面の店主がお盆にどんと置いた丼は、水瓜(すいか)が丸ごと入りそうなほど大きく、その上に炒めた人参やもやし、きゃべつが山と盛り付けられている。もはや麺か野菜かどちらが主役か分からない。野菜の上からは白っぽい脂がたっぷりとかけられ、どろっと滴り落ちていた。それが二つ。見るからに重たそうだ。


「うーん、多分だいじょぶ」


 幸い、縁台までは近い。そろそろと進めば大丈夫だろう。無理だったら、大声をあげて助けてもらおう。藤野に。


「ところでおじさん、この子を探してる西人って見た? それか、この子が誰かと一緒にいる所って見た? 迷子なんだよね」

「やっ」


 店主がヴィーの顔を見やすいように身体をかたむけると、ヴィーは小さな声を上げてお雛の首に顔を埋めた。


「西人かい。さぁー……見てねえなあ」

「そっか、ありがとおじさん!」

「おう。早く見つかるといいな」


 武骨な手が伸びてきて、ヴィーの頭をがしっと撫でた。お雛の首に顔を埋めたまま、ヴィーがむいむいと首を振る。「なんだ、人見知りかい」と笑った店主が手を引っ込めた。

 片腕だけでヴィーを抱っこし直し、反対の腕にお盆ごと乗せてもらう。手のひらでは絶対に支えきれないので、腕全体でお盆を支えて持ち上げた。結構重たい。ずっしり来る。


「う? うーち! にーに、あーち!」

「ヴィーちゃん、危ないから暴れないでねー。でないと、黄麺落としちゃうからねー」


 黄麺屋から離れた瞬間、顔を上げたヴィーが、お雛の頬を引っ張って何かを訴える。もしかして兄を見かけたのか。だが黄麺を運ぶのに精一杯で、そっちを見る余裕が無い。


「うわ、えげつないもん持ってきたなお前」


 縁台には藤野が座っていた。藤野は天ざるを選んだようで、ざるに盛られた蕎麦と、隣の天婦羅(てんぷら)が美味しそうだ。紀平はまだ戻ってきていない。

 藤野がお盆を取って縁台の間にある机に置いてくれたので、お雛は痺れた腕をくるくる回して息を吐く。山の頂点に盛られたもやしがお盆にぼろぼろ落ちていたが、なんとか大惨事を引き起こさずに済んだ。


「はぁー……意外と重かったあ。あ、聞いてみたけど、誰もヴィーちゃん見てないってさ」

「おー。俺も聞いてみたけど、西人っぽい奴は見てないってよ」

「そっか。あ、あとさあ、ヴィーちゃん人見知りっぽい感じ? なんかねー、黄麺屋さんに対してなんか素っ気ないっていうか、そんな感じでさー」

「人見知りぃ?」


 縁台に大きなお尻ででっちんと座ったヴィーを、二人で見つめる。ヴィーは、早く食べたいと言わんばかりに小さな手で机をぺちぺちと叩いていた。ちなみに机に対して背が足りないので、座布団を何枚か重ねている。


「うーやーい! にーに、にーに!」


 ふくふくほっぺに満面の笑みを浮かべたその姿は、とても人見知りとは思えない。


「ま、人見知り云々は置いといて。これ、海ぜりぃな」


 自分の脇に置いていた風呂敷包みを持ち上げ、軽く揺らす。おお、とお雛は目を輝かせた。


「おー、後で食べよーね! ヴィーちゃんも一緒に……あ、そうだ。ところで、さっき何見てたの? なんか見てたよね。お兄ちゃんみっけた?」

「うー!」


 ヴィーは、人波に煽られてひらひら揺れる幟を指さした。串に刺さった果物がいくつも描かれている。


「あっ、果物飴? じゃあご飯食べたらあれ買おうねー」

「うー」

「甘やかし過ぎだろお前。……そのちびの分の昼飯はどうした?」

「ヴィーちゃんもこれ食べるっていうから、一つはヴィーちゃんの分だよ」

「……」


 何かを察したような顔をした藤野が、自分の蕎麦を半分に分けて、ざるの左右にまとめた。天婦羅も同じように、皿の左右に分け始める。


「何してんの?」

「ちょっとな」


 藤野の行動の意味が分からず首をかしげていると、紀平が戻ってきた。

 両手で持った盆の上には、鰹節がたっぷり乗ったお好み焼きが三枚、重なって乗せられている。お好み焼きは、二年くらい前から流行り始めた料理で、香ばしいたれと厚い生地が非常に美味しい。お雛も好きだ。


「お好み焼きじゃん。どこにあったの?」

「奥の方。珍しいから買ってきた」


 んふー、と満足そうに笑った紀平は次の瞬間、机にででんとそびえたつ二つの野菜の山を見て榛の目を見開いた。

 数瞬硬直した後で、お雛に視線を滑らせる。こくん、と小首がかしげられた。


「…………豚の食いもの?」

「違うよ! 黄麺! どっからどう見たら豚の」


 ご飯に見えるのさ、と続けようとしたお雛の袖が、くいくいっと引かれる。ヴィーがぽんぽこのお腹をさすりながら、うるうると赤紫色の瞳で見上げてきていた。


「にーに、うぷやーいの、やーの」

「あっごめんねヴィーちゃんお腹空いたよねいただきますしようね、ほら紀平座って座って!」


 舌戦を切り上げて、縁台に座るよう手招きする。


「……」


 紀平はぱちりと瞬きした後、唇をへの字に曲げて縁台に座った。盆を乱暴に置き、机の下でお雛の向こう脛を蹴り飛ばす。


「いっだ! 何すんの!?」

「いただきます」


 お雛の抗議を無視した紀平は行儀良く手を合わせて挨拶し、お好み焼きをばくばく食べ始めた。もっちりした頬を膨らませて眉をきゅっと寄せ、いかにも私は怒っていますと言いたげだ。

 今のどこに怒る要素があったのだろう。分からず首をかしげると、藤野が苦笑して紀平の頭をがしがし撫でた。


「お前なあ、紀平。お雛とわちゃわちゃしてんの邪魔されたからって、ちびに嫉妬すんなよ」

「してない」

「えっ、紀平嫉妬したの? ぼくと言い合いできなかったから? ぼくにどう言い返そうか考えてたのに邪魔されたから怒ったの? えー!?」


 そうかそうか、もうちょっと言い合いを続けたかったのか。なんだそれ滅茶苦茶可愛い。

 によによと笑いながら頬を両手で掴んでこねくり回すと、顔を赤くした紀平が腕を振り回した。


「うっさい! 黄麺で絞め殺すぞ!」

「黄麺は食べるものでしょ! 食べ物粗末にしたら駄目だよ!」

「うー! にーに! にーに! ぷぎゃーい!」


 小さな足をぱたぱたさせ、痺れを切らしたヴィーが叫ぶまで、お雛と紀平はもちゃもちゃとじゃれあいを続けていた。

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