腕いらずのはんばーぐ
アップし忘れてました、ごめんなさいm(_ _;)m
じゅわじゅわと、肉汁が弾ける音が鉄板の上で立つ。
お雛は両手を合わせ、目の前の御馳走に目を輝かせた。
お待ちかねのはんばーぐは、大人の手のひらくらい大きかった。そこにかかった茶褐色のでみぐらすそーすの香りだけで、ご飯二杯はいけそうだ。
大盛りのご飯はぴかぴかに白く、味噌汁は豆腐と油揚げと椎茸が入っているのが見える。三つある小鉢のうち、一つは胡瓜とわかめの酢の物、もう一つは南瓜の煮つけ。最後の一つはお雛にだけ付けられたもので、例の南瓜の種を揚げて塩をまぶしたものだ。どれも美味しそうである。
「……南瓜」
お雛にしがみついたまま料理を見下ろした紀平が、太い眉をきゅうとしかめる。自分が南瓜になりかけたのだから、見るのも食べるのも嫌なのだろう。
「紀平、そろそろお雛から離れろ。それじゃお雛もお前も飯食えねえだろ」
「ぼくは別にいーけど? なんか紀平、ちびっこみたいで可愛いし」
背中を撫でて笑うと、紀平がむすっとした顔をした。
「ちびっこ違う。可愛くない。馬鹿にすんな」
お雛から離れ、自分の座布団に座ったが、まだ頬が硬く強張っている。藤野が少し笑って、紀平の分の小鉢を指した。
「安心しろよ。お前の小鉢は南瓜じゃなくて、煎りこんにゃくになってるぞ」
「ほんとだ」
小鉢を見た紀平の眦が、ほっとしたように緩む。さざれの小さな気遣いだ。
「あれ。でも俺、南瓜は今見たくないって言ったっけ?」
「紀平、さざれさんだから」
「そっか。さざれさんだもんな」
首を静かに振った藤野の言葉に、納得したように紀平が頷く。幼馴染の会話をよそに、お雛はぱんっと勢いよく手を叩いた。
「よし食べよう! いっただきまーす!」
「「いただきます」」
三つの声が唱和する。箸を持ち、お雛は猛然とはんばーぐに挑みかかった。
大きく切り分け、大口を開けてばくんと食べる。広がるのは、でみぐらすそーすの豊潤な香り。香りづけに使われているのは、西の酒だろうか。
「んー! 腕いらずのお肉美味しいー! 蛇みたいな味してんのに濃厚ー!」
玉ねぎの甘味と茸の出汁がたっぷり出た濃厚なそーすに負けない、肉の旨味が口の中で爆発した。
蛇の肉は普通、白身魚のような淡白な味わいだ。腕いらずの肉も口に入れた当初はあっさりしていたのだが、噛めば噛むほど肉汁が溢れ、牛肉のような濃厚な味が広がっていく。
ぎゅぎゅっと詰まった肉は噛み応えがあり、ぼくは肉を食べている、肉を今食べているぞ! という満足感がある。
「はぁー、美味しい……狩ってよかった腕いらず」
「ん、美味しい」
「西極料理も久しぶりに食うなあ」
濃い味に白米が合う。熱いご飯を口いっぱいに頬張り幸せに浸っているお雛の横で、紀平がはんばーぐを噛みしめるように食べながら、ふにふにと緩んだ笑みを浮かべていた。真向かいに座る藤野も、はんばーぐと米を交互に食べている。
「ねえ、紀平達のはんばーぐはなんの肉?」
「ん? 牛」
「牛かあ。ぼく、牛肉を薄く切って、甲羅焼きにするのが好きだなー」
甲羅焼きとは、火口に住む亀の甲羅の上に、肉を乗せて焼いた赤津国の名物だ。甲羅は常に熱を帯びているので、肉はずっと熱々のままだし、鉄板で焼くのとは旨味が断然に違うのである。
米と肉を一息に飲み込んだ藤野が、「確かに」と同意した。
「あれは美味い。俺は肉を味噌漬けにした奴が好きだな」
「あー、分かる。味噌漬け美味しいよね。ぼくは塩かなー。肉の味が引き立つし。紀平は何味が好き?」
「酒粕」
「渋い!」
「お前、通だな」
美味い食事ですっかり元気が戻ったのか、紀平は快活に笑っている。怖がって震える紀平も小動物みたいで可愛いが、やっぱり紀平は元気があって、表情がくるくる変わるのが一番可愛い。
「さーて、種はどんな味かなーっと」
わくわくしながら黄色の種をつまみ、口に放り込む。揚げているから、当然熱い。あつあつ、と口の中で種を転がしながら噛むと、さくっと軽い感触がして種が砕けた。
胡桃のような食感かなと勝手に思っていたが、案外軽い。噛む度にさくさくっと丸い輪郭が砕けていくのが面白い。
「あー、これおやつで食べたいなー。さくさくしてて美味しーい!」
酒のあてにもいいかもしれない。もう少し種を持ってくれば良かった。ちなみにお雛は飲んでも酔わない質なので、酒の味だけを楽しんでいる。
塩でしょっぱくなった口を茶でさっぱりさせていると、つんつんと脇腹がつつかれた。見れば箸を片手に、紀平がもの言いたげな顔をお雛に向けている。
「どしたの紀平」
「お前さあ、よくその種食えるよな」
「美味しいよ? これ怪異じゃないから、紀平も食べれると思うけど。食べる?」
「やだ! だってそれ、元々目玉だったんだぞ! 絶対やだ」
ぶんぶんっ、と首が横に振られる。
「そりゃ最初は目玉だったかもしれないけど、もう種なんだから大丈夫だよ。中もね、さくって軽い感じして美味しいよー」
桃色の種を口に放り込んで、さくっと齧りながらお雛は笑う。
例の水汲み桶で水をかけられた犠牲者は、基本的に普通の苺や南瓜と変わらないものになる。食べても問題無いらしい。
ただ、その両目だけは表皮の部分に残り、目の色をそのまま残した種となるのだそうだ。それを埋めると普通の芽が出るし、普通の実ができるのだと、異怪同心は言っていた。
小鉢に盛られた種を、怪異でも見るような目で紀平が見つめる。
「俺、お前のそういう無神経なとこ、時々尊敬する」
「えー!? 時々じゃなくていつも尊敬してよ」
「どこを尊敬すればいいんだ?」
「ちょっと! 真顔やめて泣くよ! 全部だよ全部!」
「全部……どこ……?」
本気で首をかしげる紀平の頬を、むにっーと引っ張ってから、そういえばとお雛は疑問を口にした。
「なんで腕いらずはさあ、種を会う人に渡してたんだろ」
「妖の理屈なんて俺達には分かんねえよ。もし呪具を渡した奴がいたとしてだぞ。あの桶を渡す代わりに、種を他の奴にあげるって契約だったのかもしれねえし」
胡瓜をぽりぽりと齧って飲み込んでから、藤野がそれに答える。成程と頷くと、口端の片側を吊り上げて「あるいは」と笑った。
「単純に沢山収穫したから、誰かにおすそ分けしたいとでも思ってたとかな」
お雛の脳裏に、親戚から貰った大根を洗っていた喜之の姿が浮かんだ。
「あー……案外それありそうかも」
「そだ。あのさ、お雛、藤野」
不意に、紀平が声を潜めた。周囲の騒がしさで聞き取りづらいので、お雛も藤野も、身を乗り出して紀平の口元に耳を寄せる。
「あの、今日な、俺が腕いらずに捕まったの、さざれさんには内緒にしててほしい」
「え、なんで?」
きょとん、とお雛は鳶色の髪を揺らして首をかしげるが、藤野は納得したように一つ頷き、紀平の肩をぽんと叩いた。
「よし分かった、ここお前の奢りな」
「……ん、分かった」
お雛はそのやり取りを、箸をがりっと噛みながら眺める。
「まーた幼馴染あるある会話してる。二人だけで分かってないで、ぼくにも教えろっつーの」
「あ? ああ、お前知らなかったか。……あのな、紀平に術を教えたのは、さざれさんなんだよ」
ひそひそと耳元で説明してくれる藤野に、お雛もひそひそと返す。
「そうなんだ。で、それがどう繋がってくるの?」
「あのな、俺がロクに抵抗できないで捕まって埋められたってさざれさんが知ったら……」
言葉の途中で、紀平が生唾を飲み込んだ。お雛も思わず、息を詰める。
「知ったら?」
覚悟を決めたような顔をして、紀平はそれはそれは真剣な顔で、言った。
「殺される」
「ころ……っ!?」
物騒な単語が飛び出した。
目を剥くお雛に、藤野が補足する。
「あの人、修行内容が鬼でな。紀平が恐怖で頭真っ白にして何もできなかった、なんて知った日には、心霊現象盛り沢山の家やら森の中で不眠不休で丸三日結界を張り続けろとか、ちょっと危な過ぎて封印されてる怪異の封印を解いてもっかい封じ直せとかやらせかねん」
「うわぁ……」
予想外の鬼っぷりに、流石のお雛も引いた。それは酷い。
藤野が、肩を強い力で掴んだ。
「だから、お前もさざれさんに黙ってろよ。美味い飯に釣られんなよ」
「分かった。任せて」
「バレたら笑ったり泣いたりできなくされるー……ご飯が美味しいと感じなくされるー……景色が綺麗だと思えなくされるー……」
頭を抱えて、紀平がうーうー唸った。
「大丈夫だよ、きっぺー。そんな事になったら、ぼくも着いてってあげるからさ。ね、一緒一緒。怖くないよー」
どよどよとした暗雲を背中に背負う紀平の肩を、お雛はぽんぽんと叩いて慰める。
「おや、そうかそうか。それは良いことを聞いた」
……ころころ、と楽しそうな声が上から降って来た。
お雛達は、一斉に肩を跳ねさせた。ぎし、ぎし、と固まってしまった首を背後に回す。
「お雛よ、お主は中々に友人想いであったのだなあ。食欲一辺倒だと思っておったが、やつがれは見直したぞ」
ひぇ、と小さな悲鳴がお雛の口から飛び出た。
いつの間にか、お雛の背後にさざれがぬぅと立っていた。口元に手を当てて、ころころと笑っている。視界の隅で、二人の頬がみるみるうちに血の気を無くしていくのが見えた。
「いやそうかそうか、これに着いて行ってくれるか。よいよい。――ならば、三人まとめて面倒を見てやろうなあ。紀平は言わずもがなであるし、お主らも紀平が攫われた時に初動が遅かったものなあ」
三十六計逃げるに如かず。咄嗟にばらばらの方向に逃げようとしたお雛達はしかし、あっという間に捕まってしまった。さざれがどこからか取り出した白く細い糸で全身ぐるぐる巻きにされ、畳の上をずるずると引きずられる。
「さあ行こうなあ。今日は気分が良い故、やつがれが良い所に連れて行ってやろう。なぁにそう怯えるな、大した所ではないよ。ただ鼓の音が五回ほど聞こえれば、全身裏返ってしまうという曰くのある屋敷に行くだけよ」
「やだーっ! やだ、やだー!」
「ちょっ、俺は流石に今日は家帰らねえと怒られ……あー動けねー!」
周囲からおひねりと同情の視線が飛ぶ中、お雛は視界から遠ざかるはんばーぐとさざれとを見て、悲鳴を上げた。
「待ってさざれさんっ、せめて、せめてはんばーぐ食べさせて! まだ残ってる! あと半分残ってるんだってばああぁぁぁ!!」
〇 ● 〇
その日、『鼓の家』と呼ばれ恐れられていた屋敷から「はんばーぐ!」という絶叫がひっきりなしに響き、それを境に心霊現象がぱったりと収まった為、近所ではしばらく「はんばーぐを食べると怪異が逃げていく」と局所的はんばーぐ人気が巻き起こったという。
腕いらず<うでいらず>
分類:妖
危険度:丙
概要:
蛇に似た身体と、蔓で覆われた頭を持つ妖。黒く細い腕を持っている。
人を襲う事は滅多に無いものの、好奇心旺盛で何かの真似をする事が好きであり、それによっては人に害を為すことがある。
例:
・白熱の腕いらず
二十年前、放火魔「燐火のおぎん」に使われていた個体。
おぎんが捕らえられた後、彼女の真似をしてあちこちで放火騒ぎを起こし、森一つ全焼させた。異怪奉行所によって修祓済。
・南瓜の腕いらず
八十年近く前から亀森を通る人に種をあげていた個体。
種を受け取らなかったものを「わるいこ」とし、呪具を使って南瓜にしていた。祓い屋によって修祓済。
逆に、人に懐き助けとなった腕いらずもいる。
例:
・腕守橋
百十年ほど前、赤沼と綿宮を遮る亀泣川にかかっていた橋の橋守と共に、橋を渡る人々を見守っていた個体。
大雨で増水し橋が壊れた折、橋に残っていた人の為に自らの身体を橋として人を渡らせ、自らは川に呑まれたという。その功績により亀泣川の川神によって橋守神に召し上げられ、現在も橋の傍らに社がある。
赤津国異怪奉行所発刊『よいこの怪異辞典』より抜粋




