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今日も元気だ怪異が美味い  作者: 所 花紅
腕いらずのはんばーぐ

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19/31

わるいこ、わるいこ

「紀平!」


 悲鳴の方に向かい、走る。でこぼことした地面に足を取られ、均衡を崩した身体が木にぶつかった。頬や服がざらついた木肌に擦れるが、無視。顔に張り付いた蜘蛛の巣をそのままに、お雛は周囲を見渡した。

 耳の辺りで激しく鼓動が鳴る。どこだ。どこに行った。紀平は。腕いらずは。


「紀平! いたら返事して、紀平!」

「…………!」


 静かな森に似つかわしくない悲痛な声が、右側から聞こえた。振り向く。深い茂みと木々の奥。茶色の編み笠、長い身体。それに担ぎ上げられた白い頭頂部。いた。


「そっちかあ!」


 怒号を飛ばし、地面を蹴ろうとした瞬間。背後から襟首を引っ張られた。


「待て阿呆!」

「ぐえっ」


 たたらを踏んで振り向くと、肩を上下させた藤野がお雛の襟首を引っ掴んでいる。お雛は目を尖らせ、それを振り払った。急いで腕いらず達がいた方に目を向けるが、既に編み笠も紀平の髪も見えない。


「闇雲に走り回るな、馬鹿雛」


 藤野の声は、嫌になるほど落ち着いていた。それが逆に、お雛の気持ちを逆撫でする。なんでこいつは、こんなに落ち着いていられるんだ。紀平が妖に攫われたのに。


「お前まで迷子になったら、探すのがめんど――」


 慌てた様子も見せず説教を始める藤野の胸倉を、お雛は掴んだ。力任せに引き寄せると、整った顔がわずかに歪む。


「なんで止めたのさ、折角見つけたのに」


 我ながら驚くほど、低く冷たい声が喉から流れた。

 目鬘奥にある藤色の瞳を睨みつけるが、藤野は怯む素振りも見せずに言い返す。


「地の利は向こうにある。お前が闇雲に追いかけた所で、追いつけるわけねーだろ。迷うか、怪我するかがオチだ」

「ふーん。じゃどうする気? ぼくを止めた結果ー、紀平達を見失ってー、でも問題無く紀平を見つけれるような、さぞ優秀な方法が藤野の頭にはあるんだろうねー?」


 お雛の嫌味を、藤野は鼻で笑い飛ばした。


「当たり前だろ。その優秀な方法を実行してやるから、離せ」


 腕を軽く叩かれ、渋々離す。皺になった衿元を直す様を、お雛は腕を組んで睨んだ。

 紀平は怖がりだから、一人怪異に攫われてどれほど怖い思いをしているか。だから早く探しに行きたいのに、何を落ち着いてるんだ。


 ――ぼくより付き合い長い癖に。ほんとに心配してんの、こいつ。


 いらいらと貧乏ゆすりをしていると、藤野の手に四角いものが握られているのに気が付いた。


「あれ、それ」

「紀平のかめらだ。腕いらずに攫われた時に落としたんだろうな。こっちには好都合だ」

「はあ?」


 お雛は片眉を上げた。言っている意味が分からない。

 説明しろと目で訴えるが、藤野は手のひらに乗せたかめらに札を貼り付けている。お雛は肩を軽く殴りつけた。


「なんだよ」

「説明してよ。何してんの」

「人探しの術だよ。持ち物があれば、それに術かけて居場所を探せる」

「それ、種にかければ良かったんじゃないの」

「昨日言ったろ。あれはただの種で、腕いらずの持ち物じゃねえ。探せねえよ」


 札を貼りつけたかめらに手をかざし、藤野が呪言を唱える。すぐに、札とかめらが白く光った。細い筋のように光が空を裂いた。

 光の筋は先ほど腕いらずと紀平がいた方にぐんと伸び、更に奥へと続いている。


「あっちだな、行くぞ」


 弁当の入った風呂敷包みをその場に置いた藤野が、かめら片手に光の筋を辿り出す。それを追いかけ、お雛は横に並んだ。

 先ほどより少し早足ではあるが、藤野は全く焦った様子を見せない。今やるべき事だけを、淡々と行っている。

 お雛は、顔色一つ変えていない頬に視線を向けた。


「ちょっと藤野。さっきから落ち着いてあれこれしてるけどさあ、紀平が心配じゃないの」

「ははは」


 全く感情のこもっていない笑い声を、藤野が上げた。


「落ち着いて見えるだけだ」


 薄暗い森の中を真っすぐ貫く光の(しるべ)を睨む藤野の身体から、陽炎のように殺気が立ち上る。ぴりりとお雛の肌がひりついた。


「ふーん」


 への字に曲がっていたお雛の口角が、少し上がった。

 なんだ、ちゃんと怒っているんじゃないか。


「藤野は薄情な奴だから、友達付き合いやめろって説得するところだったよ」

「うるさい。走らず急ぐぞ」

「分かってるって」


 光を通さない闇色の瞳をぎらつかせ、お雛は地面を強く蹴った。


〇 ● 〇


 うえろや うえろ かぼちゃの あたま

 やろか やろか みず やろか

 そだーて そだて おおきく そだて

 あか き あお もも くろ みどり

 たねが できたら あげに いこう

 いいこの みんなに あげに いこう

 わるいこ わるいこ かぼちゃに しよう

 わるいこ わるいこ かぼちゃに しよう


〇 ● 〇


 むせ返るような土と草の臭いで、紀平の意識は急覚醒した。


「う、ぅ……?」


 ぱちりと目を開ける。ぼうっとした視界に、緑と橙の塊が飛び込んできた。

 何度か瞬きを繰り返して目の焦点を合わせ、ようやくそれが大きな葉と地面を這う長い蔓、ころりと丸い橙色の南瓜(かぼちゃ)だと分かった。


「なんで……?」


 やけに南瓜の距離が近い。すぐ真ん前だ。南瓜と添い寝でもしなければ、こんな目線の先にあるわけが――と考えて、身体が動かない事に気が付いた。顎下に冷たい土の感触。

 紀平は頭だけを出した状態で、土に垂直に埋められていた。

 全身がかぁーっと熱くなり、毛穴という毛穴からどっと汗が噴き出た。なのに頬から首の辺りに鳥肌が立ち、寒気がする。


「なんで、やだっ、これ、なんで」


 土の中で紀平の身体は、両腕を身体の脇にぴったりと当て、足も閉じた体勢にされていた。土は硬くて、指先すら動かすことができない。

 首も埋められているから、喉が圧迫されて息苦しい。どうして、なんで。目だけを必死に左右に動かして、なんとか今の状況を理解しようとする。


 どうやら、まだ森の中のようだ。視線を上げると背の高い木々の枝葉が見えた。どこからか鳥の暢気な鳴き声がする。

 自分のすぐ前の地面は一段低くなっていて、正面の南瓜がある場所は盛り上がっていた。それが左右に、長く伸びている。

 (うね)だ、と直感的に思った。

 これは畝だ。自分は畝に南瓜と一緒に埋められている。つまりここは南瓜畑か。その証拠に正面と左右には、とろりと柔らかい橙色をした南瓜と、蛇のように地面を這う蔦。そして鹿の首。


「え……っ」


 思わず、声が出る。紀平の右斜め前。橙色の南瓜が並ぶ中、角の無い女鹿の首が畝の上に。まるでこれも南瓜なのだと言わんばかりに、あった。

 ここからは後頭部しか見えない。生首を置いているのかと思ったが、違う。毛並がゆっくり動いている。生きている。耳を動かしたり鼻を鳴らすこともなく、ただ埋まっている。寝ているのか、鳴き暴れる気力も無いのかは、分からない。

 どうして、自分も鹿もこんな所に――と、ようやくその疑問が紀平の頭に湧いた時、歌声が聞こえた。


「うえろや、うえろ、かぼちゃの、あたま」


 性別の分からぬ木霊のような声。ずるずると、地面を這う音。振動。

 ひュぐっ、と紀平の喉が変な音を立てた。

 思い出した。お雛と藤野の喧嘩を笑っていたら、怖い気配がしたから逃げたのだ。だけど、すぐに捕まって、「わるいこ」と言われて、悲鳴を上げた。そこから覚えていない。気が付いたらここにいた。

 恐怖が一気にぶり返して、土の中で身体がぶるぶると震え出す。


「やろか、やろか、みず、やろか」


 ずるずる。ぴしゃんっ。ずるずる。ぴしゃんっ。音がする。太い縄を引きずるような音と、水を撒くような音。

 離れた場所に、腕いらずの姿が見えた。


「そだーて、そだて、おおきく、そだて」


 ひゅ、ひゅ、と紀平の喉が鳴る。見開いた目から涙が馬鹿みたいに零れた。


「あか、き、あお、もも、くろ、みどり」


 墨を塗ったように真っ黒な腕が動いて、ぴしゃんっと水の音がする。縄のように、腕が柄杓に巻き付いているのがここからでも見えた。右から左へゆっくりと動きながら、柄杓で南瓜に水をかけている。

 水やりをしているのだ。まるで普通の人間のように。

 それがたまらなく怖くて、紀平は、喉から上がってくる絶叫を必死に噛み殺した。「ひっ……ふ……!」と噛み殺し損ねた声が微かに漏れる。

 声を出さなければ、もしかしたら気づかれないかもしれない。……腕いらずが紀平を埋めたのだから、その前提はそもそも間違っている。そんな当たり前のことも思い浮かばないくらい、紀平の頭は回っていなかった。


「たねが、できたら、あげに、いこう」


 畝の端まで行った腕いらずが、そのまま次の畝の前に立った。今度は左から右へ、ゆっくり動きながら柄杓で水をかけ始める。

 恐怖に(おのの)く脳味噌が、逃げろと身体に指令を出し続ける。しかし土に締め上げられた身体は動かず、指の間を蚯蚓(みみず)が這う感触だけが伝わる。


「いいこの、みんなに、あげに、いこう」


 女鹿の前で、腕いらずが止まった。

 腕と同じ黒い桶を右に。左に古ぼけた柄杓を持っているのが、涙で歪んだ視界に映った。胴体に対して異常に細い腕をぐねぐねと伸ばし、柄杓を女鹿の頭上まで持ち上げる。

 南瓜を溶かしたような橙色の水が、女鹿にぴしゃんっとかけられた。

 両耳の間にある頭頂が、ぼこんっと大きく膨らんだ。

 きゅうぅ、と女鹿から苦し気な悲鳴が上がった。顔の左右が、ぼこんっぼこんっと膨らむ。ぎゅう、と捻り潰されるような声。ぼこんっ、ぼこんっと女鹿の顔のあちこちが膨らんで、膨らんだ所からどんどん橙色に染まっていって。

 あっという間に、南瓜になった。


「わるいこ、わるいこ、かぼちゃに、しよう」


 絶叫が喉から(ほとばし)った。声をできるだけ殺して気づかれないようにしよう、という決意が脆くも崩れ、首を振り指先を滅茶苦茶に暴れさせる。跳ねた土が口に入って、唾液と一緒に周囲に飛び散った。

 嫌だ。嫌だ。次は自分だ。なんとかしないと。逃げないと。術をなにか。使わないと。身を守らないと。結界を張ればきっと、助かる。でもなにも頭に浮かばない。


 ――お主は怖い怖いと思うと、そればかりで頭が一杯になってしまうからなあ。いざという時に術を発動できるよう、骨の髄まで刻んでおかんとなあ。


 呪言の一節も思い出せない。霊力も練り上げられない。

 さざれの炎のように揺らめく瞳孔と、ころころと笑い混じりの言葉だけが、空っぽになった頭をぐるぐる回る。


「わるいこ、わるいこ、かぼちゃに、しよう」


 音が止まった。目の前に、太い蛇の胴体。黒塗りの桶。古ぼけた柄杓。

 蛇や蛙独特の生臭さが津波のように押し寄せてきて、紀平は吐いた。

 吐瀉物が腕いらずにかかったが、気にした様子も無く、柄杓が持ち上げられる。関節が無いかのように、腕がぐねぐねと小刻みに上へと伸びていく。

 橙色の水滴が紀平の鼻を掠めて、地面をぽつんと湿らせた。

 腕いらずの背後に、先ほどまで女鹿だったまん丸い南瓜が見える。自分もああなるのだ。頭に水をかけられて。

 ぶわぶわと、全身に鳥肌が立った。顔をぐしゃぐしゃにして、紀平は泣き叫ぶ。

 怖い。助けて。誰か。嫌だ。死にたくない。怖い。兄ちゃん姉ちゃん、助けて。怖い。みーちゃん助けて。お雛、助けて。怖い。怖い。誰か。嫌だ。嫌だ。怖い。


「紀平から離れろこの野郎がああぁぁぁ!!」


 今にも、頭上で柄杓が傾けられそうになった瞬間。

 横合いから凄まじい勢いで走ってきたお雛が、腕いらずの身体を飛び蹴りで吹き飛ばした。

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