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今日も元気だ怪異が美味い  作者: 所 花紅
腕いらずのはんばーぐ

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14/31

たねあげよ

 怪異から種らしきものを貰った男は文蔵と言い、彼らの友人なのだという。今日は一緒に葦ノ湯に来たが、昨日から調子を崩して、今は二階で休んでいるらしい。

 なので、早速お雛は会うことにした。

 葦ノ湯の二階には客が休める広間がある。広い畳敷きのそこでは、五、六人が好きにくつろいでいた。座敷の隅には本棚や積まれた座布団が置かれ、好きに使えるようになっている。

 開け放たれた窓から、やや熱を含んだ風が吹き込んできた。壁に貼られた暦の端が、ひらり揺れる。文蔵はその下で、二つに折った座布団を枕に横になっていた。


「おうい、文蔵。どうだ、少しは楽になったか?」

「ああ、だいぶ良くなりましたよ。今から入ろうと思ってたんですけど、二人共もう出ちゃったんですね」

「半刻|(約一時間)も入りゃあ、流石に煮物になりそうだったからな」

「それよっか、文蔵。お前の話を聞きてえって奴がいるんだよ。ほら、昨日俺に話してくれた奴」

「はあ……?」


 生真面目そうな顔を青くして横たわっていた文蔵が、ゆっくりと身を起こす。お雛は男達の頭上から文蔵を見下ろし、ひらりと手を振った。


「こんにちは、ぼくお雛! 昨日、あなたが怪異から種を貰った話が聞きたいんだけど、いいかな!?」

「ああ、いや、昨日の事は、あまり思い出したくなくて……ぉう」


 なんだか変な声を上げられた。


「分かる、分かるぞ文蔵」「気持ちは分かる」


 うんうんと、男二人も頷く。

 じぃっ、と三人の目はお雛の着物に注がれていた。はて、と首をかしげて己を見下ろす。

 本日の着物は、天酔堂(てんすいどう)で買い求めた丸亀花道陣羽織まるがめはなみちじんばおり。小さな亀を絡み合わせて大きな花を象った模様が、派手で気に入っている。膝丈の半袴は無地の緑だが、裾にしゃらしゃらと細い銀鎖が沢山付いているのが良い。ちなみに今日は暑いので、陣羽織の下は素肌だ。

 髪はいつも通り頭頂部でお団子にして、簪を沢山挿している。

 うん。いつも通り、派手で恰好良い恰好である。

 ふふん、とお雛は腰に両手を当てて笑った。


「まあ、ぼくの恰好に見惚れるのは分かるけどさあ、それは後にしてよ。まずは話が聞きたいんだってば」

「いや別に見惚れては……そもそも、こちらの方は一体どちら様なんですか?」


 文蔵に尋ねられた男二人が、気まずげに顔を見合わせた。


「いや、実は俺達もさっき風呂に入ってたら話しかけられて」

「そうそう。お前の話をしてたら、急に、なあ」

「おう」


 そういえば、自己紹介をしていなかった。お雛は三人の男達に向かい、堂々と胸を張る。


「ぼく、祓い屋だよ! 怪異に変なのを貰ったっていうなら、それが危ないものかどうか、ちゃんと見極めることができるよ!」


 見極めるというのは言い過ぎだが、こういう場合大きく出る方が良い。

 ついでに財布に付けていた根付を、男達に見えるように掲げてみせる。亀の甲羅を削って作った根付は、扇の形。開いた扇の中心には、国章である亀が彫り込まれていた。


「ほら、ちゃんと免状もある」


 民間で祓い屋をする場合、国から発行される免状が必要となる。二ヵ月前、試験を受けてこれを手に入れたのだ。

 お雛としては、あくまで食料調達の為に怪異を狩りたいのであって、祓い屋になる気は無い。ただ何かと便利だから取っておけと、さざれや藤野に勧められた結果である。

 おお、と根付を見た男達が感嘆とも驚愕ともつかない声を上げる。


「本当だ、うちの近所の磯良(いそら)婆ちゃんが持ってるのとおんなじだ」

「んだな。なあ文蔵、祓い屋だって言うんだし、話してみりゃいいだろ。お前のその具合悪いのだって、もしかしたら種のせいかもしんねえし」

「そう、ですね……」


 文蔵が、決意したように一つ頷いてお雛を見上げた。


「では、ちょっと話を聞いてもらってもいいですか」

「もっちろん!」


 お雛は満面の笑みを浮かべ、その対面に座る。文蔵という男は、嘘を吐いていない。本当に昨日、怪異から種を貰ったのだ。

 その証拠に文蔵の身体からは、怪異独特の美味そうな匂いがぷんぷん漂っていた。


〇 ● 〇


 文蔵と友人二人は、敷基からだいぶ離れた所にある小さな村で暮らしているらしい。

 村のそばにある街道を一年近くかけて整備し、ようやく村の傍を絡繰獣が通るようになったのは十日前。近隣の村からも人足(にんそく)を募っていたので文蔵達はそれに参加し、少なくない額の賃金を貰った。それで、折角なので都見物をするべく旅立ったのだ。

 都に着くまでは、いくつかの町を経由する。金を使いすぎないように気を付けながら、文蔵達は温泉や名物名所なんかを楽しんでいた。


「で、いよいよ敷基に着くって時にこいつ、腹を壊しちまってな」

「仕方ねえから一回『蛇』を下りて、一休みすることにしたんだよ」

「ふむふむ。で、それってどの辺り?」


 お雛の問いに、男二人が困った顔をした。「どこだったっけ」「俺ら、この辺詳しくねえからなあ」とぼそぼそ呟いて、文蔵を見る。


「湯華の方から敷基に入る亀守街道を通っていて、一休みしたのは森の中にある道守様のお堂でした」


 頼るような視線を向けられた文蔵が、色の悪い顔に小さく苦笑を浮かべて説明してくれる。なんだろう、自分と紀平と藤野みたいだ。物凄い既視感。


「亀守街道ってことは、亀森かあ。あそこ街道から外れるとすぐ迷っちゃうんだよねー」

「確かに、歩きにくそうな森だったなあ」


 亀森はそこまで深い森ではないが地面の起伏が激しく、所々に洞窟があったり坂があったりして迷いやすい。怪異も少ないので、お雛はあまり行かない。

 赤津国に限らず陽之戸大陸は、街道のあちこちに道守のお堂が存在する。旅費を節約したい旅人がそこで身体を休めることも多く、文蔵達もお堂の中で一休みしていたという。

 お堂の中は三人車座になってもまだ余裕がある広さで、薄い布団もいくつかあった。そこで腹が落ち着くまで布団を敷き、横になっていたのだが。

 文蔵が、はにかむように青白い頬を赤らめた。


「その……もよおしてしまいまして。(かわや)も無いので、外に出たんです」


 すぐそこだから一人で大丈夫だと、心配する友人を制して文蔵は一人、腹を抱えお堂の裏手に茂った草むらに分け入った。

 お堂の近くは道守様に失礼な気がして、周囲を見渡す。良い感じの大木が少し離れた所にあった。後ろに回ればちょうどお堂からも隠れるし、街道からも遠いから臭いも気にならないだろうと、文蔵は大木に向かった。

 つぅーっと蜘蛛が枝から下りて来たり、小枝を踏むと驚いた百足が飛び出したりと虫の多い森だったが、全く気にならなかった。

 虫より何より、早く出してしまいたい。腹の中に棒を突っ込まれ、滅茶苦茶にかき回されているかのように痛い。大木の影に辿り着くなり、着物をまくってしゃがみ込んだ。


「それで、ちょうど用を足し終わって、二人の元に戻ろうとした時でした」


 その時の事を思い出したのか、文蔵が気味悪そうに顔をしかめる。

 出すものを出してしまえば、だいぶ腹はすっきりとした。まだしくしくと痛みはあるが、これくらいなら都に着くまで我慢できる。

 晴れやかな気持ちになり、立ち上がった時。

 がさがさ、と森の奥から藪をかき分ける音が聞こえた。

 なんだろう、と文蔵はそちらを見やる。遅いから友人達が心配して、見に来たのだろうか。

 それとも、この辺を仕事場にしている木こりか炭焼きだろうか。もしそうだったら、ここで用を足したことを怒られるかもしれない、とぼんやり考えるくらいで、特に怖いとは思わなかった。


「たね、あげよ」


 はっきりとした声が聞こえた。


「……えっ」


 すぐ近くの藪の向こうに人影があった。いや、人影、と言っていいのか分からなかった。

 深々と被った編み笠は、顔のほとんどを隠している。その下からは、細い蔓のようなものが(すだれ)のように胸元まで伸びていた。

 木こりや猟師が着るような、袖の短い動きやすそうな着物を身に着けてはいるが、あちこち裂けて汚れ、もはや着物としての様相を呈してはいない。帯も無く、まだ葉の付いた蔓を胴に巻いている。

 緩んだ襟元から見える肌は生白く、蛇の腹のように等間隔で溝が走っていた。視線を恐る恐る下げれば藪の中に胴体が途中から消えていて、足元まで見ることはできない。

 ただその胴体は、明らかに人のそれよりも長かった。

 どくん、と文蔵の心臓が跳ねた。


「たね、あげよ」


 編み笠の向こうからしっかりと文蔵を見据えて、もう一度それが声を上げた。


「その声というのが、不気味で……なんというか、山彦のように変に反響して、感情が無い感じでした」


 文蔵は、動けなかった。

 藪の向こうにいる存在は、明らかに人ではない。きっとあれは、怪異だ。どうしよう。どうすればいい。怪異からものを貰った結果、酷い目にあったという話はよく聞く。しかし受け取らないと機嫌を損ねるかもしれない。


「たね、あげよ」


 もう一度、声が繰り返される。わんと反響したように響くそれには、何の感情も乗っていない。だから、怒っているのかそうでないのか分からない。

 耳の奥の鼓動がうるさい。怪異の言葉に答えるなんて論外。逃げるしかない。道守様の鎮座するお堂までは、怪異も追って来れないはずだ。逃げよう。

 そう思った文蔵が、足に力を込めた直後だった。

 胸元が、かぁっと熱くなった。


「あつ……っ!?」


 文蔵は、慌てて懐を探った。熱を帯びた塊を引っ張りだす。手の中に握り込める程度の、赤い巾着。

 出発前に、村で祓い屋をしている磯良婆から貰った、お守り袋だ。梢越しにちらつく陽光が、赤い布を照らす。


 ――もし、旅先でお前達が怪異に対して間違った対応をしようとしたら、お守りが教えてくれるからね。村と違って、儂は守ってやれんから、気を付けるんだよ。


 お守り袋を手渡しながら、磯良が言った言葉が脳裏に蘇る。

 今、何をしようとして、お守りが熱くなった。自分の行動が間違っていたから、お守りが教えてくれて――


「たね、あげよ」


 三度(みたび)、言葉が空気を揺らす。文蔵は、反射的に藪の向こうに手を突き出した。


「く、ください……!」


 上擦った声が、喉から飛び出る。

 梢のざやめきが消えた。

 沈黙。沈黙。沈黙。


「いいこ、いいこ」


 無音に耐え切れなくなった文蔵が悲鳴を上げそうになった瞬間、声が喜色を帯びた。

 片手が上がって、()()()と伸びて来る。それと文蔵との距離は、およそ一間|(約一.八メートル)。到底、腕の届く距離ではないのに。藪の向こうに身体を置いたまま、腕だけがぬるぬると伸びてきた。

 ひ、と小さな悲鳴が食い縛った歯の隙間から漏れた。

 生白い胴体とは裏腹に、その腕は墨でも塗ったように真っ黒だった。痩せた子どものような腕に指は無く、しゃもじのようにのっぺりとしている。その上に、胡桃(くるみ)程の種が乗せられていた。


「いいこ、いいこに、たねあげよ」


 歌うような声と共に、ころりと手のひらに種が落とされる。するすると手が縮んでそれの元に戻っていく。

 もう用は済んだと言わんばかりに、それはゆるりと背を文蔵に向けた。


「うえろや、うえろ、かぼちゃの、あたま。やろか、やろか、みず、やろか」


 童歌のようなものを口ずさみながら、藪の奥へ一歩、二歩進んだ所でその姿が、まるで幻だったかのようにふぅとかき消える。

 残された文蔵は、そこでようやく悲鳴を上げた。凍り付いた喉からは、掠れた細い笛のような音しか漏れなかった。


「それで、捨てるのも恐ろしく、結局ここまで持ってきてしまったんです。……これを持っているせいなのか、なんだか頭が重くて具合がずっと悪くて……」


 懐から取り出したのは、赤い巾着。話に出てきたお守り袋だ。その口を緩めて手のひらの上で引っくり返すと、ころりと種が落ちてきた。


「お前、その種お守りの中に入れてたのかよ」

「だって、生身で持ち歩くのも怖くて……お守り袋の中に入れておけば、少しは良いような気がしたんですよ」

「ああ、でもそれちょっと分かる。確かにそのまま持ってると怖いもんなあ」

「ふーん、ちょっと見せてよ」


 ひょい、と文蔵の手から種を取って、お雛はそれをまじまじと見る。

 胡桃くらいの大きさで、色はとろりとした黄色。川底に溜まっている小石みたいに、手触りは滑らかだ。そして軽い。

 鼻にくっつけて匂いを嗅ぐと、少し甘い匂いが鼻を擽った。


「んー、良い匂い。美味しそう! 軽く炒って塩ふったら美味しいかなあ」

「はっ?」「へっ?」「えっ?」


 ぱちぱちぱちっ、と男三人がこちらを見て激しく瞬きをした。


「あ、あの、食べるんですか……? いや、というか食べれるんですか?」

「うん。だから、これちょーだい」

「おい、大丈夫なのか? その種は文蔵が貰ったもんだろ、じゃあ文蔵が持ってなきゃ、なんかこう、良くない事とかが起きるんじゃないか?」


 文蔵と種を心配そうに何度も見る男に、お雛は「だいじょーぶだいじょーぶ」と片手をぱたぱたさせた。


「んっとねえ、これ、匂いがそこまで強くないし」


 すんすん、と鼻を動かして種の匂いを嗅ぎながら、お雛は説明する。

 お雛の鼻は怪異の強さも嗅ぎ分ける。強い怪異であるほど、匂いは濃く、美味そうになる。強い怪異が高級料理の匂いだとすれば、種から香る匂いは一本四文の団子くらい。要するに、そこまで強くない存在だ。


「だからね、この種をくれた奴は弱い奴だから、種を伝って文蔵さんに害を与えたりは出来ないと思うよってこと」

「いや、言ってる意味があんま分からないんだが。なんだよ、匂いで強さが分かるって」

「えーっと、とにかくあんたがその種を貰っても、文蔵は大丈夫ってことでいいんだよな?」

「うん。あ、もし心配だったらさあ、銅爪(どうつめ)の方に祓い屋がやってる銭湯があるから、そこ行くといいよ。赤津国温泉番付持ってる?」


 その言葉に、文蔵が慌てて懐から本を出した。

 赤津国温泉番付、と表紙にでかでかと書かれた分厚い本。赤津国全土の温泉が番付で紹介されている旅の必需品だ。ぺらぺらとめくり、目当ての場所を示す。


「これこれ。この『かじり銭湯』。ほら、ここに書いてあるけど、ここの銭湯って祓い屋がやってて、お湯が特別なんだよね。ちょっとした穢れくらいだったら浸かるだけで取れちゃうから、さっぱりしてきたらいいよ。あ、そうそう! ここの名物の縁切り飴が美味しいんだよね! 薄荷(はっか)入ってるからすーってするんだあ。名前の通り、悪縁を切る飴だからさ、絶対食べたほうが良いよ! 一個二十文でちょっと高いけど、ほんっと美味しいからおすすめだよ、おすすめ!」


 番付本をぐいぐいと文蔵に押し付け、力説する。

 友人二人も文蔵の肩を左右から叩いて、「行こうぜ」と声をかける。それに文蔵は、何度も頷いた。


〇 ● 〇


 種を片手に、白蜘蛛庵の戸を勢いよく開ける。

 賑わう店内の奥で、暗緑色の髪と黒漆の目鬘が見えた。


「おーい、藤野! 山に種狩り行こー!」


 店内に響き渡る大声でお雛は叫び、満面の笑みを浮かべた。

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