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今日も元気だ怪異が美味い  作者: 所 花紅
怨獣の出汁入り味噌汁

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怨獣の出汁入り味噌汁

「あ、さざれさん。俺達が甘かったって、どういう意味だよ」


 箱膳を畳に置くさざれを見上げ、紀平が尋ねる。


「言葉通りの意味よ。お主とお雛は怨獣という大きな獲物を片付け、後はおしまいはいちゃんちゃんと、それ以降の確認を怠ったのが甘いのよなあ」


 お雛は目を輝かせて、目の前の料理を見た。

 鯵のなめろう丼と味噌汁、枝豆のかき揚げが二人前。お雛の分の味噌汁だけは、怨獣の出汁とけもどきの肉が入った特別製。まじないの紙は千切りにされ、葱と胡麻と醤油がかけられていた。からっと揚がった骨煎餅も一緒だ。


「美味しそう! いっただっきまーす!」


 まずは味噌汁を一口。甘めの味噌の中に怨獣の出汁が溶け、口内にがつんとくる獣臭が良い。お酒が欲しくなる味だ。


「確認を怠ったっていうのは……?」

「おや、ちょうど藤野が来た。後はあれに教えてもらえ」


 さざれが、ついと戸に目を向ける。

 お雛と紀平が顔を上げると同時に、それがからりと開いた。

 暗緑色の癖毛と目鬘を付けた顔が見える。味噌汁を飲み込み、お雛は大きく手を振って声を上げた。


「藤野ー! こっちこっち、ここだよー!」

「おーう、今行く」


 大股で座敷を横切ってきた藤野が、紀平の隣に座る。唇の片側がきゅっと吊り上がり、笑みが浮かんだ。


「お、美味そうなもん食ってんな」

「おふぃひーよ」


 味噌汁に入った、けもどきの肉が美味い。人と獣が混ざったような味で、噛めばぷつんと切れるほど柔らかく煮込まれている。

 もぐもぐ口を動かしながら言うと、藤野の整った顔が嫌そうに歪んだ。その身が軽く仰け反る。なぜ。


「お前、口にもの入れながら喋んなよ。行儀悪い」

「どれ。お主にも同じものでよいな、藤野。なめろうは焼いてさんが焼きにしてやろうなあ。お主、生魚は苦手だものなあ」

「っす」


 顎を軽く引くようにして頷く藤野にころころ笑い、さざれが厨房に去って行く。

 さんが焼きも美味しそうだ後で頼もうとお雛が思っていると、紀平が早速、瓦版を藤野に突き付けた。


「藤野、これ! こないだの野辺さん殺されたって。そんで、さざれさんがそれは俺らが甘かったからだって。お前、なんか隠してたよな。それ関係してるだろ、教えろ!」

「んー? あーこれか」

「やめろ撫でんな!」


 瓦版を一瞥した藤野が、がしがしと紀平の頭を撫でる。「やめろ」と言いながらも、紀平は振りほどく様子を見せない。自分が撫でるとすぐ暴れるのに。なぜ。これが幼馴染の絆という奴か。腹立つ。それにしても味噌汁が美味い。


「お雛お前目がなんか怖い!」

「そう? いつもと同じだと思うけど」

「違う、怖い! 真っ黒!」


 なぜか怯えたように、紀平が身を縮こまらせた。

 別に怒ってないのに、と思いつつかき揚げをぱくり。衣はさくさく枝豆ほくほくで美味い。柚子塩に付けて食べると、爽やかな酸味が口に広がった。枝豆と柚子は合う。覚えておこう。

 ぷるぷる震える紀平の頭をもう一度撫でて、藤野が口を開いた。


「なあ紀平。怨獣ってよ、出てくる条件があったよな。無差別に人襲うわけじゃねーだろ、あれ」

「え? えと…………あっ、あ、あ――!」


 紀平が大声を上げ、頭を抱えて突っ伏した。


「……そうだ、思い出した。怨獣って、動物を虐め殺した人だけを襲うんだ。それだ、忘れてたことってそれだ! あー! なんであそこで思い出さなかったんだ俺ー!」

「そーいうこと。あそこの厠、すっげえ臭くてなあ。見たら濡れ縁の下に死体が無茶苦茶埋まってたんだよな。四十匹くらいはいたんじゃねえか? まあ、完全に土に還った分も含めりゃもっとだろうな」

「あの時に言えよ! それ!」


 吠える紀平を、藤野は涼しい顔で受け流している。

 鯵のなめろう丼も最高だ。すり下ろした生姜が入っていて、ちっとも生臭くない。ねっとりとしたなめろうが(とろ)けて鯵の旨味が口に広がり、ご飯がどんどん進む。


「しょーがねえだろ。奥さんの怨霊に秘密にしてほしいって、頼まれちまったからなあ」

「へっ?」


 目鬘の位置を直しながら苦笑する藤野に、紀平がぽかんと口を開けた。


「お、奥さんの怨霊って……」

「お雛が爪食ってたろ。あれ、奥さんの恨みの塊な。半月くらい前、あの野郎が八つ当たりに動物を虐め殺してたところ、見ちまったんだと」

「はぁ!?」


 紀平の顔がみるみるうちに憤怒の形相に変わった。拳が畳に振り下ろされ、重い音が響く。


「なんっだそれ最低だろあいつ!」

「その後はまあ、当然口論になったんだがな。奥さんが番所に行こうとしたら、逆上したあいつに絞め殺されたらしいぜ」

「はあぁ――!? じゃああのクソ野郎、俺達を騙して怨獣と怨霊の奥さんを祓わせようとしたってか!?」


 だむだむと拳が畳に沈む。

 ああ、だからあの爪は味が濃かったのか。理不尽に殺された奥さんの恨みの塊だったのなら、そりゃ味も濃くなる。

 弁当に大量に入っていた爪を思い出す。あれは美味かった。恨みの強い怨霊は味が濃いのだ。


「そう大それたことを考えるわけがなかろ」


 藤野の分の料理を持って来たさざれが、は、と鼻先で笑い飛ばした。


「あれの本質は小心。殺したもののことを都合よく忘れておったから、本気で原因を分かっておらなんだし、奥方が失踪したと思い込んでおったのだ」


 藤野が目鬘の奥から、冷たい目を瓦版に向ける。


「ここに来た時からあの野郎、人と獣の恨みの念が全身にびっちりこびりついてやがったからな。こりゃー何かあると思ったら案の定、動物と奥さんの死体が埋まってやがった」


 じゃあ、藤野が獣系の妖が家に憑いているだの、ハッタリかましただの言っていたのは嘘か。最初から原因はほとんど分かっていたわけか。骨煎餅を一口。ばりんと小気味良い音とともに、口の中で砕ける感触がたまらない。


「あの家ではなあ、怨獣と奥方が互いに牽制し合っていたのよ。己こそが、いの一にあやつを殺したいとな」


 そこに、何も知らないお雛達――藤野は除く――がやって来て、怨獣だけを祓った。結果、牽制相手がいなくなった怨霊が陸生を襲い、恨みを晴らした。こういうわけか。成程。

 納得して、箸休めの漬物を一口。浅漬けの胡瓜(きゅうり)がぱりぱりと心地いい。そうそう、あの爪もこんな食感だった。


「奥方はなあ、あれが信用している老絵師に化け、生き埋めにしたのよ。いやはや、見事な仇討ちであったわ」

「あー、あの奥さんそんな感じで仇討ちしたんすか」


 味噌汁を流し込みながら言う藤野の肩を、紀平が軽く殴った。


「だから、言えよ! なんで言わなかったんだよ! 馬鹿! 言ったらあの野郎、あの場でぼこして番所に突き出してやったのに!」

「だからだよ。奥さんは、どうしても自分で仇を討ちたいから助けてほしいって、俺に頼んできたんだよ。だから怨獣だけを祓ったんだ。あいつがいれば、あの奥さんが仇を討てねえし」


 藤野が「助けるって言ったからなあ」と怨獣討伐の時に言っていたのは、奥さんのことか。

 塩気の強い骨煎餅をお茶で流し込み、なめろう丼を口に運ぶ。箸が止まらない。


「俺、そもそも嫌いなんだよな。家族を大事にしねえ奴って」


 頬杖をついた藤野が、酷薄に笑う。


「それに、赤津国(うち)は仇討ちが許可されてんだ。殺された本人が仇討ちしたって、なーんの問題もねえんだよ」


 むぅ、と唇を尖らせた紀平が、もう一度藤野の肩を殴った。


「言いたいことは分かったけど、次同じようなことがあったらちゃんと俺達にも言えよ、馬鹿。気障。かっこつけ」

「言ってもいいけどお前ら顔に出るだろ」


 だから時と場合による。

 そうばっさりと切り捨てられて唸った紀平が、今度はさざれに目を向けた。


「ちなみに、さざれさんは全部分かってたのか?」

「当たり前よ」

「……じゃあそれを言ってくれれば」


 そう言いかけた紀平の額が、軽く指弾された。


「てっ」

「それではお主らの成長にならんだろ」

「うー……」

「お主とお雛は大きな獲物に目が眩み、それ以外を些事(さじ)と切り捨てた。その結果がこれよ。次はもう少し周囲に気を配ることよな」

「……はい」


 殊勝に頷いた紀平が、ふと心配そうな表情を浮かべた。


「あの、そういえば、奥さんのその後は? 人間みんな憎いみんな死ね殺してやる、ってなったりしないよな?」

「なあに、そう案ずるな。奥方は本懐を遂げた後、思い残すことなく天へ上がって行ったわ」

「もしそうなってたら、頼み引き受けた俺が責任持って祓ってやってたから安心しろ」

「そっか、良かった……」


 ほっ、と紀平の表情が安堵に変わった。

 まじない紙の和え物を一口。うむ、美味。紙を噛む度、じゅわりと怪異の残滓が口に広がって醤油と混ざり合う。

 紙が唾液でほどける度に舌に広がる、辛子(からし)のようなぴりっと感がたまらない。


「んふー、おいひい」


 口に残る辛さを味噌汁で押し流す。これが良い。


「……おい、話聞いてたのかよ。お前ずっと食ってるだけだったろ」


 じろっ、と紀平に睨まれ、お雛は大きく頷いた。


「もちろん聞いてたよ。奥さんが天に上がったのは良かったけど、惜しかったなー。ちょっとだけ食べたかったな」


 爪があれだけ美味しかったのだから、きっと肉も美味かったはずだ。全部とは言わないが、せめて片手だけでも食べたかった。

 箸を軽く噛んで、唸る。友人二人が顔を見合わせてから、なぜかじと目でこちらを睨んできた。


「お前、そういう所だぞ、馬鹿」

「俺なあ、お前のそういう所が心配なんだよな。怪異を狩るのに、一般人囮にしそうだし」


 お雛はきょとんと首をかしげる。


「何言ってんの、やんないよそんな事。馬鹿だなー、藤野」

「祠をうっかり壊して封印されていた禍神(まがつかみ)に祟られてしまった、罪無き一般人がいます。さあお前はどうする」

「その人ほっとけば、禍神本体が来るんでしょ? じゃあぎりぎりまで置いといて、禍神が来たら狩って食べる!」


 手刀が二つ飛んできた。


「思いっきり囮にしてんじゃねーか!」

「こんの馬鹿雛! そんなんしたらその人死んじゃうだろ!」

「いったいなあ! そんなばかすか叩かないでよ! イライラには骨が効くって言うし、二人共味噌汁飲む?」


 少し残っている味噌汁を掲げてみせる。


「飲まない!!」

「飲むわけねーだろ」

「えー、美味しいんだけどなあ」


 すっぱりきっぱり拒絶され、お雛は小さく肩をすくめた。

 子猫のじゃれ合いを見るような目で眺めていたさざれが、ついと窓に目を向ける。

 外では雨がしとしと降り始めていた。

怨獣<おんじゅう>

分類:妖

危険度:丙

概要:

人間に虐め殺された獣達の怨念が影のような形をとったもの。

動物を虐めた人間のみを襲って食い殺すが、「小さい頃に犬に追いかけられて怖かったから石を投げ、それが当たった」と些細なことも「虐め」の範疇に含まれる。

その為、人間を無差別に襲うと思われがち。

普段は影に潜み、狙いを付けた人間の周囲に自分の痕跡として獣毛を置く。数日~半月ほどで、対象の人間を襲う。襲う際には実体化し、己の姿をあえて見せることが多い為、見鬼が無い人間でも見える。


赤津国異怪奉行所発刊『よいこの怪異辞典』より抜粋

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