峰川麗香中佐の憂鬱
午後8時
兵庫県伊丹市南野3丁目新住宅街
伊丹市南野3丁目一帯は新興住宅街として名高い。かの帝國大震災の後、復興の一環として大日本帝國全土各地に住宅街が整備された。鉄筋コンクリート製の5階建て集合住宅が基準に整備され、各一軒家も整備されていった。
峰川邸
「ただいま。」
峰川麗香中佐はそう言うと、靴を脱いだ。
「おかえり、姉さん。」
「おばさん、おかえり。」
峰川麗香中佐の妹峰川静香と、その娘峰川涼香が出迎えた。
「せっかくの休暇なんだから、家でゆっくりすれば良いのに。」
「軍人だからね。日頃の訓練が大事なの。はい、涼香ちゃんお土産。」
「ありがとー」
涼香はそう言って紙袋を受け取ると、部屋の奥へ走っていった。
「御飯出来てるわよ。」
「ありがとう。」
妹の言葉に、麗香中佐は礼を言った。
峰川麗香中佐。1917年~1930年に空軍に所属し、その後一時退役。その間に民間操縦士として数多くの航空競技大会に参加、優勝を連発し記録を残した。1929年9月24日には計器飛行に関する実験の為、操縦席を目隠しした飛行機で、離陸・旋回・着陸を成功させる。そして1940年に世界情勢の悪化に伴い空軍に現役復帰を果たした。
「今日は姉さんの好きなすき焼きよ。」
「嬉しいわね、わざわざありがとうね。」
麗香中佐はそう言って静香の頭を撫でた。
「そうなると早く着替えないとね。」
「そうよ。早く着替えて、ゆっくりしてよ?休める時に休まないと。」
「そうね。」
麗香中佐はそう言いながら服を脱ぎ始めた。そこへ、電話が鳴った。
「涼香、出て。」
「はぁ~い。」
静香に言われ、涼香が電話に飛び付いた。
「もしもし峰川です。………はい、帰って来てます。………分かりました、ちょっと待って下さい。おばさん!!電話だよ!!将軍から。」
「?」
麗香中佐は首を傾げた。峰川家で将軍と言えば1人しかいない。第1航空軍司令官小森聡子中将である。帝都大阪都八尾市に展開する帝都防空部隊であり、麗香中佐の所属部隊でもある。麗香中佐は涼香から受話器を受け取った。
「はい、お電話代わりました。」
『中佐、休暇中に申し訳無いわね。』
「いえ。」
『突然で悪いけど、今すぐ戻って来れるかしら?』
「…………2時間後には戻れると思います。」
『分かったわ。なに、突然だから少し遅れても良いから。気を付けて。』
「了解しました。」
『静香さんと涼香ちゃんに、宜しくね。』
「はい。」
『それじゃ。』
そう言うと電話は切れた。麗香中佐は受話器を置くと、2人の元に戻った。
「さて、涼香。おばさんは仕事よ準備して。」
「分かった!!」
静香の言葉に涼香は元気よく答えた。
「ごめんね。」
「良いのよ。姉さんは軍人なんだから。」
静香は麗香中佐に笑顔を見せた。麗香中佐も安心したように笑顔を見せた。
午後10時
帝都大阪都八尾市八尾空軍基地第1航空軍司令部2階司令官室
「時間通りね。」
小森司令官は峰川中佐を迎えた。
「ありがとうございます。」
「まあ座って。」
小森司令官はソファーを指差した。
「さてと、中佐。早速だけど。」
「何でしょう。」
「爆撃機を空母から飛び立たせられると思う?」
「爆撃機と言うのは海軍の爆撃機では無く、空軍の爆撃機という事ですか?」
「そうよ。」
「…………出来るでしょう。」
峰川中佐は暫しの沈黙の後、答えた。そしてそのまま質問した。
「空母はどれを使われます?」
「大鳳級で決定しているわ。」
「なるほど。司令官、そもそも爆撃機を空母から飛び立たせて、一体何処を空襲するつもりですか?」
「ワシントンよ。」
「本気ですか!?」
「中佐も記憶に新しいでしょ?10月29日の事件。」
「はい。危なかったです。その事件が切っ掛けですか?」
「そうよ。」
「成る程。」
峰川中佐はそう言うと頷いた。
10月29日の事件とは、アメリカ合衆国海軍潜水艦による『琉球油田砲撃未遂事件』である。アメリカ合衆国海軍の大形潜水艦が琉球油田に接近し浮上。砲撃を行おうとした所を海上警備隊(国土交通省所管の領海警備部隊)が発見。砲撃寸前の所で撃沈したのである。
「その事件に加え現状の戦況は帝國にとって不利の極みに達しているわ。それを打開する為に総理は、軍幹部に発破をかけたみたい。すると仲谷軍令部総長が呉軍港で広がってる冗談を進言したと言う事。」
「その冗談が空母から空軍の爆撃機を飛び立たせられないか?と言う事ですか。」
「その通り。」
小森司令官は笑顔を見せた。
「しかし司令官。爆撃機を飛び立たせる事は出来ますが、着艦は不可能です。爆撃して何処に帰還するのですか?最有力候補のカナダは既にアメリカ合衆国に併合されています。」
「大丈夫よ中佐。アメリカ合衆国本土を横断、各都市を爆撃。その後大西洋に抜けて海軍の潜水艦に救出してもらうわ。」
「成る程。機体は使い捨てで、落下傘降下で脱出して救出してもらう。それで宜しいですか?」
「えぇ。海軍は既にクレタ島地中海艦隊の第4艦隊に潜水戦隊の出撃命令を下したわ。ジブラルタル海峡はスペインに占領されたけど、海中までは完全に制圧出来ないわ。潜水戦隊は強行突破し、大英帝国領ガーナへ寄港。作戦開始を待つわ。」
「帰還は分かりました。使用する機体の候補はどれですか?」
峰川中佐の言葉に、小森司令官は資料を手渡した。
「百式爆撃機か一式爆撃機の2種類が安全に飛ばせると思うわ。」
「そうですね。その2種類以外は4発機ですからね。………私は一式爆撃機を提案致します。」
峰川中佐は頭の中で整理した後、小森司令官に言った。
「理由は?」
「確かに空母から飛び立つという点で考えれば、百式爆撃機の方が全長16メートル・全幅20メートルなので安全です。しかしアメリカ合衆国本土横断という主目的があります。空母を飛び立つというのが任務では無く、アメリカ合衆国本土を爆撃するのが任務であり、航続距離が4700キロで実用上昇限度が7900メートルの一式爆撃機の方が今回の任務に適していると考えます。」
「成る程。百式爆撃機は航続距離4500キロで実用上昇限度7800メートル。一式爆撃機になると全長が18メートル・全幅か22メートルになり多少危険は増すけど、主目的の爆撃を達成する為にはその方が良いわね。」
「はい。」
「分かった。中佐、早速部隊の編成を始めて。」
「了解しました。」
峰川中佐はそう言うと立ち上がり小森司令官に敬礼をした。小森司令官が答礼をし手を下ろすと、峰川中佐も手を下ろして司令官室を後にした。




