第3話 呪詛返し(聖属性付き)にて魔王は滅んだ
ガルドが聖剣をぶっ壊した直後の魔王城。
魔王バルサは豪奢な玉座に腰掛け、ワイングラスを傾けていた。
赤黒い液体がグラスの中で揺れる。
その表情には、余裕と愉悦が入り混じった笑みが浮かんでいた。
「……今頃、勇者はそこらの魔物にも苦戦するほど力を落としているであろうな」
バルサはワインを一口含み、満足げに喉を鳴らす。
憎き【勇者】の気配が弱まっているのをバルサの中の【魔王】が感じ取っているのだ。
その傍らに控えていた魔王軍幹部が、恭しく頭を垂れた。
「流石は魔王様。あらかじめ聖剣に呪いを仕掛け、勇者の力を削ぐとは……まことに見事な策でございます」
「ふふふ……そうであろう、そうであろう!」
バルサは愉快そうに笑った。
「勇者というものは、聖剣さえあれば何とかなると思い込んでおる。単純なものよ!」
「まさしく! 聖剣の力を頼みにしている勇者など、魔王様の敵ではございませんな!」
「うむ。しかも、王国の国王がこれまた愚かでな!」
バルサはグラスを掲げ、さらに声を弾ませた。
「まさか宰相が我が魔王軍のスパイと入れ替わっていることにも気づかんとは! あのような間抜けが治める国など、いずれ滅びる運命よ!」
「まったくですなぁ! ハハハハハ!」
「フハッ! フハハハハハハハ!」
二人の笑い声が玉座の間に響き渡る。
魔王軍の勝利は目前だろう。
人類側の頼みの綱、勇者は弱体化し、王国の中枢はすでに魔王軍の手中にある。
これほど愉快なことがあろうか。
バルサはワインを一気に飲み干し、天を仰いだ。
「ハァーッハッハッハッハッハッハッハッハッハ————!」
その瞬間。
ズガァァァァァァァァンッ!!!!
「はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!?」
突如、天井が爆ぜた。
轟音とともに瓦礫が降り注ぎ、玉座の間を覆っていた魔力の結界が粉々に砕け散る。
崩落した天井の向こうから、凄まじい光が差し込んだ。
「な、なんだ!? いったい何が起きた!?」
光の中から放たれた何かが、魔王の頭上へと一直線に降り注いだ。
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
全身を貫く激痛。
それは魔王が知る、いかなる魔法とも異なる力だった。
「こ、これは……聖属性の……ぐぼらぁっ!?」
魔王の隣にいた幹部が、悲鳴を上げる間もなく光に呑まれた。
その身体は一瞬で蒸発し、跡形もなく消え去る。
「ぐぉぉぉぉぉ!」
バルサは咄嗟に闇の魔力を集中させた。
冬のコートのように幾重にも重ね、全身を覆う防御障壁を展開する。
今代の魔王として人類に恐怖をばら撒いてきた魔王バルサが、わけのわからない攻擊で死ぬわけにはいかない。
しかし光の奔流は、そんな魔王の抵抗を嘲笑うかのように押し寄せた。
「こ、この聖なる力は……!?」
防御障壁が軋み、魔力が削られ、肉体が焼かれていく。
これはただの聖属性魔法ではない。
奥底から、神々しい力が溢れ出していた。
「ま、まさか……神の力!?」
バルサの顔が恐怖に歪んだ。
神の力は本来、聖剣にしか宿ることを許されない不可侵の領域の力である。
となれば、これは魔王バルサが聖剣にかけた呪いが解かれたのだ。
バルサでしか解けないはずの呪いを、誰がが強制的に解いたのだ。
バルサを上回る馬鹿げ力を持つ人間によって。
「ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁ!!」
バルサは最後の力を振り絞り、絶叫した。
「神め! こんなデタラメな力を、たかが人間に与えるなど————うぼぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
断末魔とともに、魔王バルサの肉体が光に呑まれた。
その身体は灰すら残さず、跡形もなく消滅する。
さらに魔王を失った魔王城にも、異変が起きていた。
城を構成していた闇の魔力が、光に触れた端から崩壊していっているのだ。
柱は砕け、壁は消え、天を衝く尖塔は音を立てて崩れ落ちていく。
魔王城は、魔王バルサの闇の魔力によって形作られていた。
その主が消滅した今、城を維持する力など残されていなかった。
やがて轟音とともに城全体が光に包まれ——。
魔王城は、跡形もなく吹き飛んだ。
勇者を弱体化させ、王国を内部から侵略しようとした魔王軍の野望は、勇者が魔王城に到達するよりも先に、あっけなく潰えたのであった。
なお、魔王を倒した鍛冶師は呑気に包丁造りに励んでいた。




