第2話 呪われた魔剣から勇者を救ってしまった
真っ二つになった聖剣を手に、シャルロットは怒りで震えていた。
「ちょっと!? これは王国から拝借しているものなのですよ!?」
勇者の聖剣は、魔王を討つために王国が代々受け継いできた秘宝だった。
それをガルドは、あっさりと叩き折ってしまったのだ。
しかもこの世で最も神聖な聖剣を。
最高の硬度を持つ神鉄で鍛えられた聖剣を、だ。
「んー……でもこれ、呪われた魔剣ですから」
ガルドは何でもないことのように言った。
「呪われた……魔剣?」
シャルロットが首をかしげた瞬間だった。
真っ二つになった聖剣から、どす黒い魔力が噴き出した。
「きゃっ!?」
それはまるで生き物のように蠢き、シャルロットへ向かって――否。
シャルロットの横を通り抜け、工房の外へと飛び出していく。
「な、何……今の……」
おののくシャルロットを尻目に、ガルドは「呪詛返しですね」と答えた。
「呪詛返し……?」
「ええ。シャルロット様にかかっていた呪いも、まとめて返っていったので……たぶん、もう楽になっているはずですよ」
「私に、かかっていた呪い……?」
聖剣はわかるが自分も? とシャルロットは呆然としながら身体を動かしてみた。
「……あ」
身体が驚くほど軽かった。
これまでずっと、何か重たいものが身体にまとわりついているような感覚があった。
そこらの魔物の討伐にすら手こずったり。
なかなか熟睡できずに疲れが取れなかったり。
何をしても気分が晴れなかったり。
魔王討伐の旅に出てから、そういう小さい不調が続いていたのだが……。
「……凄い」
シャルロットは小さく呟いた。
「凄い、凄い凄い!」
軽く息を吸えば、肺の奥まで空気が入ってくる。
胸の奥にあった鬱々とした感情まで、嘘のように消えていた。
これが本当のシャルロットの姿だったのだ。
「すごい……! 本当に楽になっています!」
「それはよかったです」
ガルドは嬉しそうに笑った。
「でも、ガルド様はどうして聖剣が呪われていると分かったんですか?」
「えっと……僕、【神匠】のスキルがありまして」
「【神匠】?」
「鍛冶に関することなら、だいたいなんでも解決できちゃうんですよね」
「…………」
シャルロットは固まった。
聖剣にかけられた呪いを見抜き、あまつさえ真っ二つにしてしまった。
しかも聖剣とシャルロットにかかっていた呪いまで術者へと返した。
しかも本人は、それを「鍛冶に関すること」とのたまっている。
(それって……【勇者】のスキルよりよっぽど凄いんじゃ……?)
そんな疑問が頭をよぎった。
「あ」
不意に、シャルロットが声を上げる。
「魔王が……死んだ」
【勇者】のスキルを授かってからひしひしとその身に感じていた魔王の気配。
遠く離れた魔王城から、ずっと自分へ向けられていた禍々しいオーラ。
それが今、完全に消えた。
「まさか……ガルド様が?」
「あ~……」
ガルドは納得したように頭を掻いた。
「魔王が掛けた呪いなら、あれだけの呪詛返しになるのも納得ですね! 一応、聖剣が持っていた力も全部付与しましたから!」
(それは「一応」で済ませていいことじゃないとおもうのだけど!?)
この鍛冶師はたった今世界を救ったのだが、全くそれを理解していない。
「まあ、聖剣は壊れちゃいましたけど、シャルロットさんが救えたんだから、僕は嬉しいですよ!」
「……あ」
胸の奥で何かが跳ね上がった。
「ありがとう……」
(ガルド様……)
ガルドは自分が何をしたのかも理解していない、穏やかな笑顔を浮かべていた。
魔王を滅ぼしたことよりも勇者を――シャルロットを救えたことを喜んでいる。
(なんて……高潔なお心……)
シャルロットの頬が、少しずつ赤くなっていく。
「あ、あの……! 私はこれから、王様に魔王討伐の報告をしなければならないのですが……ガルド様のことは……」
シャルロットは言葉を濁した。
この規格外の力を持つ鍛冶師の存在を、王に報告すればどうなるだろう。
きっと王国中が彼を欲しがる。
魔王を討った勇者の末路はいつの時代も、政治への利用と相場が決まっている。
当然、魔王すら倒して見せた【神匠】の力も利用したがるに違いない。
「僕はその、平穏に包丁とか、冒険者様の武具とかを作ってるのが性に合ってるので……」
やはりガルドは平穏な日常を望んでいるようだった。
「できれば、内緒にしてもらえると助かります」
「……そうですよね」
シャルロットは寂しそうに微笑み、自らの力不足を呪った。
命の恩人であり、世界を救った英雄に何も恩返しができないことを。
「勇者シャルロットの名に誓って、ガルド様のことは内密にします」
「あ、ありがとうございます!」
ガルドは心から嬉しそうに笑った。
その笑顔を見て、シャルロットの頬がまた赤くなる。
(……もう少しだけ、この人と話していたかったな)
そんな小さな想いを胸に抱きながら。




