第1話 聖剣をへし折ったら勇者が激怒した
魔王討伐のため旅立った勇者シャルロットは、最近どうにも魔物に苦戦するようになっていた。
「はあっ!」
振り下ろした聖剣が、オーガの肩へと食い込む。
――が、浅い。
「グォォォォォッ!」
「くっ……!」
シャルロットは慌てて剣を引き抜き、迫りくる棍棒を横へ跳んで躱した。
以前なら、この程度の魔物など一撃で倒せていたのに最近は、何度斬っても手応えが悪い。
魔物が急に強くなったのか?
それとも――。
「……聖剣の調子が悪いのかしら?」
シャルロットは手にした剣へ視線を落とした。
【勇者】のスキルを持つ者に、代々受け継がれてきた王国が所有する聖剣。
魔王を討つために神から授けられた、世界にただ一本の至高の武器――といわれている。
そんな神器に不調などあるのだろうか?
いや武器だって道具なのだ。
長年使い続ければ、調子が悪くなることくらいあるかもしれない。
「一度、見てもらったほうがいいわね」
そう考えたシャルロットが訪れたのは、この王都で一番の腕前だと噂される鍛冶師――ガルド工房にやってきた。
カン、カン、カン。
扉を開けると、奥から金属を叩く音が響いている。
「こんにちは! 店主はいるかしら?」
「はい! ……あ、いらっしゃいませ!」
奥から現れたのはまだ若い男だった。
煤で汚れた顔に無造作な茶髪。
手には小さなハンマーを持っている。
作業中だったらしい。
「店主は僕です。ガルドといいます」
ガルドはシャルロットを見つめた。
銀の美しい髪を一本にまとめた美少女だ。
煌めくミスリルの白い鎧と金の装飾をあしらった剣帯を佩いている。
ガルドは鎧に刻まれた天使の翼をかたどった勇者のエンブレムを見て驚いた。
「もしかして……勇者シャルロット様ですか!?」
ガルドの目が輝いた。
「ええ、今日はちょっと聖剣を見てもらいたくて」
「分かりました!」
ガルドは嬉しそうに両手を差し出した。
「ずいぶんと大げさに喜ぶのね」
「鍛冶師の憧れ、聖剣ですからね! そりゃあ興奮モノですよ!」
シャルロットは少し引きながらも、聖剣を鞘から抜いた。
「じゃあ、お願いします」
「おお……!」
ガルドは恐る恐る聖剣を受け取った。
その瞬間。
「…………」
はち切れんばかりの笑顔が消えた。
聖剣に触れた手から、ぞわりとした感覚が伝わってくる。
これは――。
(……呪い?)
ガルドは武器に込められた魔力の流れを見ることができる。
だからこそ一目で見抜けた。
この剣は聖剣なんかじゃない。
凄まじい呪いが染みついた――魔剣だ。
(え? これが聖剣?)
ガルドはシャルロットを見る。
彼女は何も知らない様子でこちらを見ていた。
(いやいや、そんなわけない。勇者様が呪いに気づかないわけないもんな)
勇者といえば神様に選ばれた、世界を救う英雄だ。
そんな人物が、呪われた武器を聖剣だと思い込んでいるなんてありえない。
(つまり……これは僕を試しているんだな!?)
ガルドは勝手に納得した。
きっと聖剣に偽装された呪いを見抜けるかどうかという試験なのだ。
勇者が任せる仕事なのだから、当然一流が請け負わなければならない、ということだろう。
(さすが勇者様だ……!)
ガルドの目に、職人としての闘志が宿る。
「ええ。(呪われた魔剣ですので)かなり悪くなってますね」
「やっぱり!?」
(そうよね。最近調子が悪かったもの)
「安心してください! 僕がなんとかしますから!」
「うんうん、お願いするわね!」
シャルロットがほっと息を吐く。
ガルドは工房の奥へ向かった。
そこには金床と巨大なハンマーが用意されていた。
聖剣を金床へ置き、ハンマーを握りしめる。
「ちょ、ちょっと待って? 何をするつもりなの?」
「決まってるじゃないですか」
ガルドはハンマーを振り上げた。
「よいしょおおおおおおおおおおおおお!」
ガァァァン!!
金属同士がはげしくぶつかり合う轟音が工房中に響き渡った。
バッキィィィィィン!!
「…………」
「…………」
金床の上には真っ二つになった聖剣が転がった。
「…………え?」
シャルロットの口から、かすかな声が漏れる。
ガルドは満足そうに頷いた。
「よし! 綺麗に割れましたね!」
「…………」
シャルロットは動かなかった。
頭の中ではなぜ聖剣が折れているのか? というハテナが大量に飛んでいた。
そして――
「何してくれてるんですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「えええええええええええええええ!?」
工房が揺れるほどの絶叫が響き渡った。




