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【第47話】おやすみ


 今回の騒動は、女神に成り代わろうとしたイシュタルの暴走──そういう形で処理された。


 創造主であるカイムに反逆し、万能勇者とトラヴィスの偽物を生み出し、サンカク大陸──ひいては世界そのものを征服しようとした。


 そういう話になっている。


 偽物はすでに処刑済み。


 イシュタリア聖協会も、いつの間にか魔王教へと改宗されていた。

 女神カイムを宗主としながら、その名は“魔王”。


 だが、それに異議を唱える者はいない。


 サンカク大陸は、平和を取り戻していた。


 ──表向きは。


 

   


「あいわかった。下がるがよい」


 セントヴェナ王の一言で、すべてが片付いたような空気が広間を満たした。


 城の人間たちは次々と目を覚まし、何事もなかったかのように日常が戻る。


 イシュタリアとの癒着も、なかったことになった。


 その代わりに。


 国内にあった教会は、すべて“魔王教”へと置き換わっていた。


 誰も深く追及しない。

 ただ、そういうものとして受け入れている。


 そしてもう一つ。


 城内でも、ごく一部しか知らない噂がある。


 第七王子エミルと、その姉には──王ですら頭が上がらないという。


 序列は低い。

 本人も王位を望まない。


 だから自由に動ける。


 だが、誰も逆らわない。


 理由を知る者は、少ない。


   


 ロマール。


「なぜ私まで駆り出されているのかしら」


 アリアが呆れたように言う。


「人手不足だからな」


 トラヴィスが笑う。


「一緒にサンカク大陸を牛耳ろうじゃないか」


「よくも抜け抜けと……」


「お、抑えてくださいアリア様」


 カシウスが慌てて割って入る。


 アリアは深くため息をついた。


 少し離れた場所。


「エミル様。私たち、とんでもないことしてるんじゃ……」


 リリィが不安げに言う。


「なに。なるようになるさ」


 エミルは軽く答えた。


「パパに任せておけば問題ないわ」


 ケイトが腕を組む。


「それより約束、忘れてないわよね」


「大丈夫だよ。君さえよければね」


「私は認めませんよ」


 リリィが即座に言う。


「私は賛成よ」


 夫人の方のセレナがさらっと続ける。


「愛人はいくら作っても構わないわ」


 ケイトが笑う。


「リリィでも、若いママでもね。でも一番は私よ」


「あらまあ」


 セレナが目を見開く。


「そういうことでは……」


 リリィが頭を抱える。


「まだママは若いわよ、ケイト」


「一応保留にした方がいいんじゃないか」


 エミルが苦笑する。


「いい相手が見つかるかもしれない」


「ありえないわ」


 即答。


「反故にしたら、あんたの国潰すから」


「冗談にしては笑えないんだが」


「君以上にいい相手などいないよ。本当に」


 トラヴィスが軽く言う。


「これは、あきらめた方がいいかもしれませんね」


 セレナが楽しげに笑う。


「どんな手を使ってもくっつけるつもりですよ」


「とんだ国家存続の危機ね」


 アリアが呟く。


「どうするの、エミル?」


 エミルは天井を見上げた。


「……現実は、厳しいな」


 ロマールとセントヴェナ。

 そして魔王教。


 その奇妙な繋がりは、やがて大陸に波紋を広げていく。


 だが──それは、また別の話だ。


   


「割とすぐ戻ってきたね」


 ノーランが笑う。


「ああ」


 クレインが肩をすくめた。


「まあ、すぐに城に戻るだろうが」


「君が城勤めとはね」


「いろいろあってな。退屈しなさそうなんだ」


「おいクレイン!」


 タケル王が手を振る。


「馬いくぞ!」


「お、もうそんな時間か」


「その次はぽーかーな」


 クレインが教えた遊びに、すっかりはまっていた。困ったものだ。


「次は助けませんよ」


 ミユキが冷たく言う。


「掛け金のカタに刀を差し出すなど……」


「何とか取り戻したんだからいいじゃねえか」


「今度やったら宿に入れませんよ」


「わかったわかった」


 タケル王は笑う。


「倍にしてくっからよ」


   


 イシュタリア。


 かつての教会は、すべて魔王教へと変わっていた。


 カイムは女神兼宗主として君臨している。


 だが──


「今日も働いていますね。よろしいよろしい」


 満足そうに頷くカイム。


 その前で、ゼノは黙々と作業を続けていた。


「少しでも……俺たちのしたことの贖罪になればいいが」


『難しいでしょうね』


 ルナの声。


 だが、その響きは柔らかい。


『……それでも、やるしかないか』


「ああ」


「その勤勉さに銘じて」


 カイムが笑う。


「ゼノが死んだあとは、ルナの腕輪は私のコレクションにしてあげましょう」


 満面の笑み。


「これで寂しくないですね。二人とも」


 相変わらず人の話を聞かない。


 ルナが小さくため息をつく。


『……考えておきます』


「そろそろ出番じゃないのか、魔王の女神様」


「あ、そうでした!」


 カイムが慌てる。


「あー忙しい忙しい」


 そう言いながら、子どもたちの方へ向かっていく。


 女神として相談に乗り、孤児院の子どもと遊ぶ。


 やさしい魔王様。


 その評判は高かった。


 ──本人は、ただの暇つぶしのつもりだったが。

 言葉と裏腹に、その笑顔はどこか満足そうだった。


   


 マルカク大陸、エルレン。


 リズの宿屋──スターチルドレン。


 温かな湯気の匂いが、部屋に満ちていた。


「で、あの後どうなったの?」


 リズが言う。


「まあ、なんとかなったよ」


「またあんた一人で何とかしたわけ?」


「みんなのおかげさ。俺も活躍したけどな」


「君が人を褒めるとは珍しいね」


 ユウトが笑う。


「いろいろあったんだよ」


「私も助けてもらいました!」


 イユが元気よく言う。


「ほんとうに? それはよかったけど」


 リズが目を丸くする。


「それにしても意外だわ。一匹狼だったあんたがね」


 レンは何も言わない。


 ただ、少しだけ目を細めた。


 やがてカップを手に取る。


「うまいな」


「何よ急に」


 リズが少し照れる。


「うれしいけど」


「淹れたの僕だけどね」


 ユウトが笑う。


「おいしいです」


 イユが素直に言う。


「ありがとう」


 ユウトが頷いた。


「リズやユウトに会っておきたくてな」


 レンがぽつりと言う。


「なによ。今生の別れみたいね」


 リズは笑った。


「……そろそろ行くとするか」


「ごちそうさまでした」


「また来なさいよ」


「ああ」


   


 エルレン近くの草原。


 夜風が静かに吹き、草がさわさわと揺れていた。


 二人は寝転ぶ。


「あー、たのしかった」


 イユが大きく伸びをする。


「やれやれ」


 レンは空を見上げた。


「やっと終わったな。傍観者を気取るつもりだったのに、まさかレイが捕まるとは」


「でも、すごい楽しかったです」


 イユが笑う。


「元に戻ったカイルと旅ができるなんて、夢みたいでした」


「俺を弱くした張本人が言うなっての」


「えへへ」


 少しの間。


「明日から何します?」


「さあな」


 レンは空を見上げたまま言う。


「明日になってから考えりゃいいんじゃねえの」


「そうですね」


 イユが笑う。


「じゃあ、おやすみなさい、カイル」


「……おやすみ、ユイ」


 一拍。


「あー、たのしかった!」


 二人は、目を閉じた。


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