【第43話】神の遊び
カイルは意識を取り戻した。
いつの間にか、また眠ってしまっていたらしい。
だが目を開けた瞬間、違和感が走る。
空気が、重い。
──いや、違う。
“世界そのもの”が歪んでいた。
足元にはたしかに地面がある。
それなのに、踏んでいる感触が薄い。
遠くの景色はぼやけ、色も淡い。
現実なのに、現実味がない。
(……ここは)
見覚えはある。
まだトラヴィスの夢の中なのか。
いや、それとも違うのか。
カイルは視線を落とした。
そこにある自分の体は、レイではない。
カイルの体だった。
(夢じゃない……?)
うまく思考がまとまらない。
その時だった。
轟音。
遠くで何かが激突する音が響く。
カイルは反射的に顔を上げた。
視線の先で。
タケル王が、レンに襲いかかっていた。
「身体が言うことを聞かねえ! 逃げろお前ら!」
タケル王が叫ぶ。
だが、その動きは止まらない。
剣が振り下ろされる。
ミユキが受け流す。
そこへレンが横から斬り込む。
だが、弾かれた。
「しかし……!」
「とりあえず時間を稼ぐ!」
レンが言い切る。
身体強化。
踏み込み。
真正面から、タケル王にぶつかる。
衝撃。
空間が、ぐにゃりと歪んだ。
リズが魔法陣を展開する。
光が走る。
だが。
直撃したはずの魔法は、手応えもなく消えた。
「……効いてない?」
リズの声が揺れる。
タケル王が苦しげに笑った。
「やべえ、左から行くぞ!」
「右から来てますよ!」
「あれえ!?」
意味のわからない動き。
だが、速い。
レンが舌打ちする。
「あのレンとかいうの、面倒なのよね」
不意に、声がした。
空気が冷える。
カイルが振り向く。
そこにいたのは、銀髪の女。
見慣れた顔。
──いや、違う。
似ているだけだ。
別人だった。
「ユイ……いや」
カイルは睨みつける。
「イシュタルか」
女は微笑んだ。
「ぴんぽーん。ご名答」
ゆっくりと歩いてくる。
一歩踏み出すたび、空間がかすかに歪んだ。
「なぜこんなことをする?」
「暇つぶしよ」
あまりにもあっさりと答える。
「ずいぶん迷惑な話だな」
カイルが吐き捨てる。
イシュタルは笑った。
「一瞬でこの世界を消すことだってできるわ」
その目が、細くなる。
「頑張って、私の暇つぶしに協力してね。カイル」
カイルは一歩踏み出した。
「なぜ俺はここにいる」
「あなた、カイムのお気に入りだからね」
肩をすくめる。
「いやがらせよ」
その瞬間。
イシュタルの姿が消えた。
次の瞬間、目の前にユイが現れる。
剣が振り下ろされる。
カイルは、反応できない。
間に合わない。
その刹那――
横から赤い髪が割り込んだ。
イユだった。
衝撃波。
ユイが吹き飛ぶ。
「そういえば、もう一匹バグがいたわね。忘れてた」
「私、怒ってるんですけど」
低い声だった。
「めちゃくちゃ」
イシュタルが楽しそうに笑う。
「あ、そう」
興味なさげに返す。
「全然怖くないわ。あなたに怒られても」
ユイとイユがぶつかる。
剣。
魔法。
速度。
互角――に見えた。
だが、違う。
少しずつ押されている。
ユイの動きには疲れがない。
タケル王と同じだ。イシュタルが手を貸している。
カイルは歯を食いしばった。
イユの肩が裂ける。
血が飛ぶ。
それでも、踏み込む。
だが。
次の瞬間。
巨大な木の杭が、空中に現れた。
ユイが手を振り下ろす。
「終わりね」
杭が射出される。
一直線に、イユへ。
「おい、やめろ!」
カイルが叫ぶ。
「やめない」
イシュタルが笑った。
邪悪な笑みだった。
杭が迫る。
イユは、動けない。
その瞬間。
衝撃。
タケル王の体が吹き飛ばされた。
そのまま、杭の軌道に割り込む。
レンが身体強化したまま、渾身の力でタケル王を蹴り飛ばしたのだ。
木の杭が砕け散る。
破片が飛び散った。
レンが着地する。
「間に合ったか」
息を整えながら言う。
無傷のタケル王が起き上がる。
「てめえ、人をなんだと思ってやがる!」
ミユキが笑った。
「よかったじゃないですか殿、役に立って」
その声は軽い。
だが本人は息も絶え絶えだった。
イユが膝をつく。
「助かり……ました」
「あら」
イシュタルが首をかしげる。
「うまくいかないものねえ」
その時だった。
別の声が響いた。
「本当に鈍いな、神というのは」
空気が変わる。
カイルが振り向く。
そこに立っていたのは――
トラヴィスだった。
そして。
イシュタルの背中には、無数の傷。
針。
短剣。
紋様。
術式。
「お前がカイルとのおしゃべりや戦闘に夢中になっている隙に」
トラヴィスが、ゆっくり歩く。
「俺が何もしていないと思ったか?」
イシュタルが初めて、自分の体へ目を向けた。
針。
短剣。
術式の残滓。
いつ撃ち込まれたのかも、わからない。
痛みすら、なかったからだ。
その目が細くなる。
初めて。
ほんのわずかに、警戒の色が浮かんだ。
「これで最後だ」
トラヴィスの手に、赤い槍が形成される。
次の瞬間。
一直線に放たれた。
そして――
イシュタルの体を、貫いた。




