表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
83/89

【第42話】顕現


 神殿の奥。


 壊れかけた祭壇の前に、椅子がひとつだけ置かれていた。


 そこにルナが足を組んで座っている。


 ──いや。


 中身は、ルナではない。


 イシュタルだ。


「あーあ」


 ルナの顔のまま、大きく伸びをする。


「結構複雑な洗脳かけたのに、すぐ破られちゃった」


 つまらなさそうに天井を見上げる。

 亀裂だらけの石天井から、細かな粉がぱらぱらと落ちていた。


「ほんと、つまんないー」


 ゼノは槍を構えたまま、睨みつける。


 その横で、レイが剣を肩に乗せた。

 力の抜けた姿勢。しかし視線だけは鋭く、微動だにしない。


「てかレイお兄様」


 イシュタルがにやりと笑う。


「やっぱり洗脳、効いてなかったな?」


「まあな」


 レイは肩をすくめる。


「最初の方は効いてたがな」


「くっそー」


 ルナの顔が、露骨に歪む。


「やたらカイムに都合よく進むと思ったら」


 そして、ふとゼノを見る。


「てかゼノ?」


 首をかしげた。


「あんたのほんとの名前って何なの?」


 ゼノは、間を置かず答える。


「ゼノだよ」


 一瞬、静寂。


 次の瞬間。


「ブラフか!」


 イシュタルが地団太を踏んだ。


「くっそー! 心読むの縛るんじゃなかった!」


 拳を振り回す。


 完全に子供の癇癪だった。

 神の威厳など、どこにもない。


 だがその視線が、ふとゼノの腕に止まる。


「てかその腕輪、何なの?」


『あんたがやったんでしょ』


「そうだっけ?」


 イシュタルは首をひねる。


「まあいいや」


 にやりと笑う。


「というわけで」


 表情が、すっと冷えた。


「死ね!」


 空気が歪んだ。


 ルナの体から、魔力が噴き出す。

 床の石が軋み、祭壇に亀裂が走る。


「来るぞ」


 ゼノが低く言う。


 ──次の瞬間。


 イシュタルの姿が消えた。


 レイの背後に、出現。


 槍が振り下ろされる。


 ギィン!!


 レイが受け止めた。


 衝撃で床が割れる。


「速えな」


 レイが笑う。


「あたし神よ? あなたより偉いの!」


『調子に乗って!』


 イシュタルが槍をひねる。


 衝撃。

 レイが後方へ滑る。


 その隙を突いて。


 雷撃。


 ゼノが槍で弾く。

 青白い火花が散った。


「厄介だな」


「そう? まだ遊んでるだけだけど?」


 イシュタルが指を鳴らす。


 空中に魔法陣が展開され、火球が十数個浮かび上がる。


「死ね」


 一斉に放たれる。


 レイが斬り払う。

 ゼノが身を翻す。


 爆発。


 柱が崩れ、視界が煙に包まれる。


 その中から──


 蹴り。


「ぐっ……!」


 ゼノの脇腹に直撃。


 吹き飛ばされる。


「弱い弱い!」


 イシュタルが笑う。


「そんなもんで神に勝てると思ってるの?」


 雷が走る。

 床が裂ける。


 レイが踏み込む。


 剣が閃く。


 イシュタルが受ける。


 火花。

 衝撃。


 弾かれる刃。


 そこへ。


 ゼノの槍。


 イシュタルが身体をひねる──が、間に合わない。


 頬が裂けた。


「……へえ」


 イシュタルが笑う。


「やるじゃん」


 魔力が膨れ上がる。


 神殿の空気が震え、砂がふわりと浮いた。


「でも」


 目が光る。


 巨大な魔法陣が、神殿全体を覆う。


 レイの目が細くなる。


『ゼノ』


「わかってる」


 二人が同時に動いた。


 レイが斬り込む。


 イシュタルが受ける。


 その一瞬の隙に。


 ゼノの槍が、背後から突き出される。


 肩を貫いた。


 イシュタルがよろめく。


 レイの剣が、首元へ。


 だが──


 レイの動きが、止まる。


 ゼノが叫ぶ。


「このまま倒していいんだな、ルナ!」


 腕輪が光る。


『お願い!』


 ルナの声。


『やっちゃって!』


 レイが息を吐く。


「悪いな!」


 剣が振り下ろされる。


 ゼノの槍が突き刺さる。


 鈍い音が、神殿に響いた。


 ルナの体が、ぐらりと揺れる。


「ぐえー」


 イシュタルが笑った。


「なんつって」


 その体が崩れる。


 煙のように。


 輪郭がほどけて、消えていく。


 ──消えた。


 神殿に、静寂が落ちる。


 崩れた柱の破片が転がる音だけが、やけに長く響いた。


 レイが息を吐く。


「……終わったか」


「いや」


 声。


 二人が振り向く。


 柱の影から、男が歩いてくる。


 白衣。


 バルドルだった。


「お前らはバカだ」


 静かに笑う。


「イシュタル様の顕現の」


 ゆっくり天井を見上げる。


「最後の一押しをしてしまった」


 レイが眉をひそめる。


「どういうことだ」


 バルドルは楽しげに答える。


「イシュタル様が神の体を得るには」


 一拍、間を置いた。


「人間の体を──捨てねばならん」


 レイの目が細くなる。


「……なるほど」


 剣を肩に乗せ直す。


「俺たちが倒したことで、それをきっかけに顕現するってわけか」


 バルドルが笑う。


「お前は知っていたんじゃないのか、ゼノ」


 ゼノは答えない。


 ただ、黙って立っている。


「まあいい」


 バルドルが肩をすくめた。


「どうせ」


 そのとき。


 神殿の天井が、低く軋んだ。


 空気が重くなる。


 石の粉が、静かに降り始める。


「すべて終わるからな」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ