【第08話】変貌する村
屋敷の扉を打ち破るように、村人たちがなだれ込んできた。
その目は焦点が合っておらず、顔には笑みとも苦悶ともつかぬ表情。
言葉も発せず、ただ襲いかかってくる。
「数が多くてきりがないわ! 魔法を撃つ暇もないっ!」
リズは腰から鞭を抜き、打ち払うように応戦しながら叫んだ。
「ユイちゃん、大丈夫!?」
「身体強化をかけておいたので、今のところは……」
ユイは冷静に動きながらも、どこか不安げだった。
「いいわねそれ。生き残れたら、私にも教えてちょうだい!」
リズが肩口の擦り傷を庇いながら笑う。
その時、村の広場の中心に、禍々しい“柱”が目に飛び込んできた。
歪な装飾、異様な色使い──完成された儀式を誇示するかのように立っている。
「……あれか」
レイが目を細めた瞬間、カイルが駆け出した。
「ちょっと、あんた何するつもり!?」
「蜂と同じさ。俺が囮になるから、あの柱の周りに集めて──魔法で吹っ飛ばしてくれ!」
「無茶よ! やめなさいって!」
「余裕余裕!」
カイルは笑って走り出した。
この時までは──かつて“最強”だった自分の感覚が、まだ残っていると思い込んでいた。
「おーい! こっちだ!」
だが、村人たちはカイルを無視して、別の方向へと散っていった。
「……あれ? 思ったより効かねぇな……」
焦ったカイルは、代わりに柱そのものに石を投げつけた。
「せめてあれだけでも壊せば──!」
その瞬間。
背後から、鈍い衝撃がカイルの後頭部を襲った。
「……っぐ……!」
視界がぐにゃりと歪む。意識が遠のきかける中、何人もの手に体をつかまれ、身動きが取れない。
「放せ……!」
だが、力は入らない。
無表情の男が立っていた。
その手には、鈍く光る──注射器。
直感が叫んでいた。
(これを打たれたら、終わる……!)
「ヤメロ」
無機質な声がユイの口から響いた。
まるで、ユイではない“誰か”のようだった。
ユイの目が──真紅に染まる。
瞬間、空気が震え、重力が反転したかのような錯覚が広がった。
次の瞬間、柱が爆音と共に炸裂する。
光と熱、爆風。
カイルを押さえていた村人たちは吹き飛ばされ、カイルの身体も地面に投げ出された。
「──かっ……は……」
土を吸い込みながらも、意識が戻る。
「おい、生きてるか」
すぐ横にレイが駆け寄り、カイルを背負い上げた。
柱の近くにいた村人たちの何人かが、混乱した表情で辺りを見回す。
「……あれ? おら……何してた……?」
「村が……なんで燃えてる……?」
偽りの狂気から、わずかに正気が戻り始めていた。
「私は……いったい、何を……?」
ユイは、ただ呆然とその場に立ち尽くしていた。
燃え上がる炎の光が、彼女の小さな背中を静かに照らしている。
「ユイちゃん、大丈夫!? しっかりして!」
リズが駆け寄って肩をつかむ。
ユイは、はっと我に返った。
「……大丈夫、です。私は、平気です」
その声はかすれていて、自分に言い聞かせるようでもあった。
「とにかく、今のうちに引くぞ! 街へ出る道はこっちだ!」
──この村から始まった狂気の片鱗は、まだ物語の序章にすぎなかった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
これにて第1章は完結となります。
次回からは新しい土地での物語と、新たな出会いが描かれます。
引き続き、よろしくお願いします!