【第35話】振り下ろされた刃
戦場の喧騒から、少し離れた場所だった。
こちらへ向かってくるイシュタリア兵が、数人見える。
「来たぞ!」
ゼノの声と同時に、空中へ槍が現れた。
シュンッ、と透明な穂先が走る。
一人目を貫き、もう一人がリズへ突っ込む。
「下がって!」
リズの魔法が弾けた。兵士が吹き飛び、乾いた土煙が舞う。
再び静けさが戻る。
「……ここなら大丈夫かしら」
リズが辺りを見回した。
隣にはカイムとゼノ。
今回はリズを守るため、イユもそばについている。
そのときだった。
ゼノの視線が鋭く細まる。
「……来る」
リズが振り向いた。
そこに立っていたのは――レイだった。
白い剣を携え、静かにこちらを見ている。
戦場の喧騒が、その周囲だけすっと遠のいたようだった。
「やっぱり来たわね」
リズが小さく呟く。
ゼノが一歩前へ出た。
「ここは俺がやる」
透明な槍が空中に浮かぶ。
一本。
二本。
三本。
間髪入れずに放たれた。
だが、レイは体をわずかに傾けただけで一本目を躱す。
「ほう」
レイが淡く笑った。
「透明武器ですか。面白い」
次の瞬間、残る二本がほぼ同時に迫る。
レイの刀が閃いた。
軌道を正確に読み切り、すべて弾き飛ばす。
「ずいぶんと薄汚くなりましたね」
冷えた声だった。
「裏切り者にはお似合いですよ」
「……黙れ」
ゼノが踏み込む。
だが、その瞬間――レイの姿が消えた。
気づいたときには、もう目の前だった。
刀が振り上げられている。
「終わりですね」
ゼノが歯を食いしばる。
そのとき。
レイの視線が、ほんの一瞬だけ自分の腕輪へ落ちた。
わずかな沈黙。
そして、刀が止まる。
「……今回はやめておきましょう」
レイが静かに言った。
「ルナ様の命令です。感謝するんですね」
「甘いな、お前」
ゼノが吐き捨てる。
「ターゲットはあなたじゃないんでね」
レイは肩をすくめ、そのまま歩き出した。
向かう先は――リズ。
「ちょ、ちょっと――」
リズが一歩下がる。
イユが前へ出ようとした。
だが。
「あれ……?」
体が動かない。
足も、腕も、見えない鎖で縛られたみたいに言うことを聞かなかった。
「やられましたね」
カイムが小さく呟く。
遠くで、ルナが薄く笑っていた。
別の場所では、レンとジークの剣が激しくぶつかっていた。
「くそ! どけ!」
「行かせると思うか?」
ジークが冷たく笑う。
「言っただろう。終わりだと」
レンは歯を食いしばった。
行かなければならない。
リズが、レイに狙われている。
このままでは間に合わない。
だが、ここでジークに隙を見せれば、それで終わる。
剣を交えながら、頭だけが激しく回っていた。
どうする。
どうすればいい。
答えが出ないまま、時間だけが削られていく。
くそ、くそ、くそ――
レイが、刀を振り上げた。
その口が、小さく何かを呟く。
次の瞬間、刃が振り下ろされる。
リズは目をつぶった。
ギィィンッ!!
激しい金属音が響いた。
レイの刀が――止まっている。
火花が散る。
その刃を受け止めていたのは、漆黒の鎧だった。
「残念でした!」
カイムが笑う。
その視線は、まっすぐルナへ向けられていた。
「そう簡単にはやらせませんよ」
リズの前に立つその存在を、レイは静かに見上げる。
漆黒の鎧を纏う異形。
かつて洞窟の奥で刃を交えた、あの存在。
――魔王と呼ばれたものが、今ここに立っていた。




