【第05話】偽物と本物と
レイはいらだっていた。
──というより、少し焦っていた。
いつもの道を避け、わざとらしく回り道をしてみた。沼に入れば、さすがにリズもあきらめるだろうと思ったのだ。
だが──甘かった。
「ちょっと! なんでこんな道通るのよ!」
「ここが最短かつ、安全性が高い道です」
「一張羅のローブが台無しじゃない! 買ったばっかりなのに!」
「ローブなんて、どれも同じじゃないですか?」
「うっさいわねえ……って、誰か一人足りないような……あの手は何!?」
勇者は沼に飲まれ、その命の灯が今──
「ハッ! 勇者様!」
……消えなかった。
ユイに泥まみれで引き上げられたカイルは、唇を震わせた。
「ここは天国かい?」
「まだ現世です」
次は、越える必要のない山だった。
レイの計算では、ここで体力差が浮き彫りになって自然に脱落する……はずだった。
「この体で山越えは無理だって……。前はこんな山、半日もあれば余裕だったのに……」
「勇者様、あと少しで頂上ですよ!」
「暑い……もしレイに会えなかったら、実家でこき使ってやる……男の方はいらないけど」
「ハァ……あっ、うわぁあああああ!」
「なんで落ちてんのよ、あんた!」
「勇者様!」
カイルは崖から滑り落ち──ユイに救われた。ギリギリのところで。
「崖から落ちた気がしたんだけど、なんで助かったの?」
「うふふ」
そして夜。レイはふもとで一泊を取った。
翌朝、妙な物音とうめき声に目を覚ます。
魔物かと警戒して身構えると、そこにいたのは──見覚えのある三人。
「レ”イ”~~~!」
「うわっ、リズ! ついに魔物になったか!」
「なってないわよ! 待ちなさーい!」
レイは思わず走り出した。
──が、その逃走中、思いもよらぬ存在と正面衝突する。
「うわぁぁぁぁぁあああ!!」
猪の大群。しかもウリボーまで。
カイルは勢いよく吹き飛ばされ、そのままウリボーの群れに混ざって流された。
「勇者様! 今行きます!」
ドサッ、とユイに助け出されたカイル。
「……あんた、ユイがいなきゃ三回は死んでるわよ」
リズがやれやれとため息をつく。
ついに、三人はレイに追いついた。
「しつっこいんだよ、お前ら!」
レイが声を張り上げる。
「あんたも大概にしなさいよ! ハイランド高原に行くんなら、こんな遠回りしなくてもいいでしょ!」
「……なんで知ってんだよ」
「占いです。仲間にしてくれるまで、地の果てでも追いかけますから」
ユイがニッコリと、どこか邪悪な笑みを浮かべる。
「冗談じゃねえ! いい加減にしろよお前ら!」
「おい」
カイルが平坦な声でレイに近づく。
「……なんだよ」
レイが警戒しながら睨みつけると、カイルはそっと手を開いた。
「これ、何か分かるか?」
その掌には、レイが幼い頃から首に下げていた──あのブレスレットがあった。
「そんなはずはない……今だって、俺の首に……」
「あるのは紐だけで、中身が落ちたんだろ。キャンプしてた場所で拾ったぜ? 慌てて逃げるからだ。情けないよな、未来の勇者レイ・アール様がよぉ」
「……返せ」
「返してやるよ。俺たちを仲間にしたらな」
「……勝手にしろ」
「言ったな。ほらよ」
カイルが乱雑にブレスレットを投げ渡す。
「おい、もっと丁寧に……って、なんだこれ?」
受け取った瞬間、レイはそれが“偽物”だと気づいた。
「ただのガラクタだよ。ぱっと見、似てただろ?」
雑貨屋の廃材に小石をはめただけの、雑な細工。だが一瞬だけ──本物に見えた。
レイが自分の首元に手をやると、本物の感触があった。
「……騙したな、お前──!」
「人よりちょっと器用なだけで調子に乗って、一人で突っ走るからそうなる。視野が狭くて周りが見えてない。そんなの、いつか足をすくわれるぞ」
カイルが真剣な目で言った。
「だから練習しろ。誰かを頼る練習を。……俺じゃなくていい、リズとかさ」
「……あんた……」
リズが驚いた目でカイルを見る。
「私は?」
ユイがそっと問いかける。
「ユイは……微妙だな」
「……ハイ?」
真顔でじっと見上げるユイ。
「じょ、冗談だよ?」
「ホントデスカ?」
「……ホントデスヨ……」
カイルはじりじりと距離を取った。
「と、とにかく、俺たちもついていくからな」
「……勝手にしろ。……たまには、悪くないかもな」
その最後の一言は、ほとんど誰にも聞こえていなかった。
「ん? なんか言ったか?」
「行くぞ。用は、この先にある」
明日はお昼(12時頃)に投稿予定です。