【第06話】口にするな
「助かります。こんな辺鄙な村の依頼を受けに来てくださって……」
白髪の老人が何度も頭を下げた。
皺だらけの顔には、心から安堵したような色が浮かんでいる。
「村のはずれにハチが大量発生しておりまして。このままでは狂暴化し、魔物になってしまうかもしれません。特にあの辺りには、村で育てているトトラド草があって……あれを失うわけにはいかないのです」
「すぐ駆除します」
レイが淡々と答えると、老人はさらに深く頭を下げた。
その背中を見送りながら、リズが眉をひそめる。
「なんでこんな依頼を引き受けたのよ?」
「お前らから逃げるためだ」
即答だった。
「なおさら意味分かんないわね」
「まあ……いろいろとな」
歯切れが悪い。
追及しても答えが出ないと判断したのか、リズは肩をすくめた。
「ここにトトラド村なんてあったっけ?」
カイルが周囲を見回しながら言う。
「知らないんですか?」
「この辺はあんまり来たことなくてな。ま、今は蜂退治だ!」
「本当にやるのね……」
呆れるリズをよそに、カイルは全身を網と防具で固めて胸を張る。
「俺は囮だ! ぶっ放してくれ! 蜂への防御は万全!」
「いや、ハチじゃなくてその後の方が心配なんだけど……」
「俺は囮くらいしか役に立たないからな。レイ様はお忙しいご様子で?」
「……ふん」
「何か知ってるなら教えてくれよ」
「確実じゃない。何もなかったという話もある」
レイの目は、森の奥を見ていた。
表情は平静だが、警戒の色がある。
「ふーん。とりあえず行こうぜ」
「頑張ってください、勇者様!」
「おうっ!」
カイルは勢いよく棍棒を振り上げ、蜂の巣を叩き落とした。
「一つ!」
怒った蜂の大群が襲いかかる。
だがカイルは構わず次の巣へ突っ込む。
「二つ!」
耳元で羽音が狂ったように鳴る。
黄色と黒の群れに飲まれながら、それでも三つ目へ。
「これで最後だ!」
最後の巣が落ちた瞬間、カイルは振り返って叫んだ。
「よし、やってくれ!」
「どうなっても知らないわよ!」
リズとユイが一歩前へ出る。
「……ファイアーストーム!」
火炎の奔流が森を焼いた。
蜂の巣ごと、蜂ごと、周囲の草木ごと、まとめて飲み込む。
熱風が吹き抜け、一瞬で辺りは焼け野原になった。
その中心に、黒焦げの人影がぽつんと立っていた。
「やりすぎましたか……?」
ユイが申し訳なさそうに言う。
「一人で十分だったんじゃない?」
「バカだな……」
レイが呟いた直後。
「生き返ったよ、ありがとう!」
カイルがふらふらと起き上がった。髪は煤だらけ、服はぼろぼろだが、なぜか笑っている。
「焼き殺したの、私たちなんだけど」
「蜂よりあんたの方が回復に魔力使ってるわよ」
「さすが勇者様です」
「皮肉だよな、それ」
そんなやり取りをしていると、老人が弾む声で駆け寄ってきた。
「いやあ、ありがとうございます! 長年困っていたので、大変助かりました! 報酬の件ですが――」
レイが口を開こうとする前に、老人が続ける。
「もちろんお支払いしますとも! 今日はもう日も暮れますし、ぜひ泊まっていってください。ごちそうも用意しましたので」
「誰かさんが寝てたおかげでね……」
「うるせぇ!」
「では、お言葉に甘えて泊まらせていただきましょう!」
老人が去ったあと、レイが低く言った。
「……最後のチャンスだ。ここで別れて逃げる気はないか?」
「今さら何言ってんのよ。約束したでしょ」
リズが軽く笑って返す。
レイは一歩前を向いたまま、真顔で続けた。
「一つだけ言っておく」
森の焼け跡の匂いの向こうに、別の違和感が残っている。
湿った草の匂い。どこか甘く、鼻の奥に残る不快な香り。
「……この村で出されたものは、何も口に入れるな」
振り返らないまま、レイは言った。
「死にたくなければな」
明日は夜に投稿予定です。




