【第29話】選べ、今ここで
リズの幻影が霧のように立ち消えると、その場に現れたのはセレーナだった。
「くっ、レイではなかったのですか」
セレーナが舌打ち混じりに言葉を漏らす。
同時に、幻術の効力が緩み、レイはカイルから、カイルはレイから、それぞれの姿へと戻っていく。周囲の仲間たちも、次々に目を覚ました。
「……あれ?」ノーランがぼんやりと顔を上げる。
「いつの間に寝てたんだろ……」 リズは欠伸をしながら周囲を見回した。
ユウトもゆっくりと上体を起こす。
「……あれ、俺……何してたんだろ?」
額に手を当て、混乱した表情を浮かべる。
それを見つけたリズが、ほんの一瞬、安心したように目を細めた。
「ぱすたが消えたぞい……」ムン老師が名残惜しそうに皿を覗き込む。
「それどころではないようですよ」ミユキが鋭く言うと、ムンは口をつぐんだ。
「クレイン、術に不備があったようですね?」
いつの間にか部屋の隅に立っていた白衣の男――クレインに、セレーナが皮肉交じりの声を投げる。
「俺のせいだってのか」
クレインはふてくされたように肩をすくめる。
「クレイン! お前……!」 怒気をはらんだノーランの声に、場の空気がぴりつく。
「このことは報告させていただきます。では皆さん、ごきげんよう……」
セレーナは一礼して、闇の中に溶けるようにして姿を消した。
「ユイ?」
カイルが、小さな異変に気づいた。
「……ごめんなさい」
ユイが後ろからカイルの背中にそっと抱きついた。手が、わずかに震えている。冷たい掌が、彼の服をしっかりと掴んでいた。
「なんで謝るんだよ……」
そう言いながらも、カイルはその小さな手に、自分の手を重ねた。
* * *
「ちっ、置いてきぼりかよ……」
クレインが苛立ちまぎれに舌打ちする。
「クレイン、お前、自分が何をしてるかわかってるのか? お前のせいで、何人が犠牲になったと思ってる!」
怒声とともに、ノーランがクレインを睨みつける。
「うるせえ。お前も同罪だろうが」
クレインが忌々しげに睨み返す。
「クレインだったか」
その二人の間に、レイの声が割って入った。
「……なんだ?」
「俺たちに協力するか、ここで死ぬか。選べ。……早くしろよ? 今、俺は機嫌が悪いんだ」
低く、静かながらも殺気を帯びた声に、場が凍りつく。
「おい、レイ……」ノーランが慌てて止めようとするが、レイは目もくれない。
「悪いな、ノーラン。どうした、命が惜しくないのか?」
「そうだな……お前ら、知ってるか?」 クレインがゆっくりと、頭をかきながら呟いた。
「……何をだ」
「キケツバナはな、単体で使うと“解毒”作用があるんだ――」




