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星の降る町  作者: 笹霜
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6.予感


「宮原君、ありがとう」


「え?」



跡部璃絵は、翌日の昼休み、いきなり―――銀河の居る教室に訪れて、真っ直ぐ銀河のところへ向かって来た。


そしていきなり、照れたような顔で御礼を言ったのである。


璃絵が教室に訪れた、それだけでビックリ顔のほのか。銀河もほぼ同じ気持ちで、しかもイキナリ御礼を言われる意味も分からない。


辛うじて冷静な顔を装いつつも、どこか照れと気まずさを混ぜたような不登校児に向き合った。


「えっと、どういう意味だ?」


「え?」


「御礼を言われる意味が、正直分からん」


銀河は素直にクエスチョンマークを頭上に浮かべていた。


何事かと、教室のどこぞから、エリスまで顔を見せている。ウェーブがかった豪奢な金髪を、窓からの風に靡かせて、行儀悪く誰かの空き机に腰掛けていた。


生徒会書記の割とエリスはそういうところは優等生ではなかった。


その小さな唇を開いて、


「…宮原君、昨日帰って、一応報告というか、お屋敷の人にお話しはしたんでしょ?」


「まあ一応。咲月さんには直接話してないけど」


「そうなの?」


「今、咲月さん、制作中でアトリエに籠りきりだ」


会えるのはメイドさん一人だけなんだよ、と銀河。璃絵は「…よろしく言ってくれた訳じゃないの?」とどこかビックリしたような顔だった。


「宮原君が、何か、上手に言ってくれたんだと思ってた…」


「何があったの璃絵ちゃん?」


ほのかの質問に、璃絵は少し躊躇いながらも、一枚の便箋をポケットから取り出した。


上質な和紙で出来た、上等な紙だと一目でも分かる。


手紙だった。


銀河の机の上に置かれた、和紙の便箋。達筆な文字で、絵を好いてくれていることへの感謝が綴られていた。


その達筆な筆遣いに銀河は心当たりがあった。


「間違いなく咲月さんの字だ」


「…」


どことなく溜息を洩らすような璃絵。「すごい達筆」とほのかが言い、「習字も出来るとか完璧ね」とエリスである。


そして、便箋には、これから展覧会には一切作品を出さない旨が綴られていた。


だが、代わりに、時々屋敷に招くから、その時に絵を見てはどうかという提案が綴られていた。


最後に、「返事は銀河に伝えてくれ」との文字。


「…だから、私は、宮原君が、先生に何か言ってくれたのだと」


どこか頬を赤らめながら璃絵。ぼそぼそとした喋り方だが、どこか昂奮しているようなのは見て取れた。憧れの先生から手紙を貰えて、それもこんな達筆で、純粋に嬉しいのだろう。


銀河は首を傾げ、


「いや、俺は正真正銘何も…いや」


銀河は心当たりがあった。


弁当箱を閉じながら、


「確かに俺は正真正銘何もしてないが、心当たりというか…。展覧会に出さないようになった理由の方になら心当たりがある」


「心当たり?」


「今度から展覧会、喫茶サンデーでやるようになるらしい」


そんな噂話を聞いたんだ、と銀河が言えば、こくんと頷いたのは璃絵である。


「私も心当たりがある…。そんな噂話、展覧会場で聞いた」


「でも咲月さん、喫茶サンデーが本当に嫌いらしい」


だから出したくないんだろう、と銀河が言った。「意外」と言ったのはエリスである。ほのかも同意したが、璃絵は「先生が同じようなこと思ってた」とどこか嬉しそうだった。


璃絵もそういえば件の喫茶店は好きじゃなかったな、と銀河は思い出す。


「だけどそれで、跡部さんが絵を見られなくなるのは、さすがにちょっと心苦しいと思ったんじゃないのかな」


「でも私は大歓迎」


ただ璃絵はそう漏らす。間違いなく掛け値なしの本音だった。


「先生に、いつでも連絡貰えたら行きますって伝えて貰えたら、嬉しい」


「いいのか」


「誰にも邪魔されずに、先生の絵をずっと見られるのなら、それが一番最高」


文句は何もない、と璃絵の断言。ほのかが「良かったねえ璃絵ちゃん」と言い、璃絵はこくこくと頷いていたのだった。


エリスも笑顔で、


「ひとまず落着ね。良い感じなんじゃないのかしら」


「咲月さんがそれでいいなら俺に文句を言う筋合いは何もないよ」


多分、咲月さんも、自分の絵が、全く人目に触れないというのも、それはそれで、ちょっと思うところがあるのだろう。


しかし、嫌いな場所に晒されるのを我慢する程のものでもない。


今回の決着は、その妥協点のようなものでもあるのだろうと銀河は素直に思っていた。


俺は何もしていないが、しかし連絡役くらいなら幾らでも勤めようと素直に思っている。それもお嬢様の命ならば、仕事のうちだ。


放課後、この彼女をバスに乗せて屋敷に招くだけでいい。


別に話しづらい相手でもないし、―――咲月さんもそれを見越したのだろうと思う。


「分かった、咲月さんには跡部さんが歓迎してるって伝えておく」


「ありがとう」


「そうしたら多分、俺が連絡役になると思う」


「いつも美術室か準備室にいるけど、…不登校だったらほのかにお願い」


友人に丸投げの跡部璃絵である。ほのかは苦笑していた。


「宮原君、スマホとかないんだよね」


「残念ながら」


「その時は私から璃絵ちゃんに連絡するから」


「よろしく頼む」


「任されました」


ニコニコ笑顔のほのかも、悪い気持ちではないらしい。


チアリーディング部の人気者の丹羽ほのかと、欠席上等不登校児の跡部璃絵。


どうやって二人が友人となったのかは少し気になるところではあったが、後でおいおい聞けることでもあるのだろう。


そんな中で図々しい笑顔なのは鞘堂エリスで、


「今日はコーヒーないの?」


「あれは不定期だ」


「ちぇ。今度はミルク入れてアレ飲みたいなあ。ねえ宮原君、お嬢様にあのコーヒーの大ファンだって伝えて?」


そしたら招待ワンチャンあるかも?なんてエリスだが、銀河は「伝えないでおく」とけんもほろろであった。そんな図々しいお願いなぞ聞けるワケもない。


ほのかも笑いながら、


「でもスゴイよね。コーヒーも、絵も、習字まで」


「滅茶苦茶多芸ウーマンだからな」


「もっと特技出てくるかも」


璃絵の言葉。


その実、歌も滅茶苦茶達者なコトは銀河は知っているがこの場では口に出さなかった。メイさんと悟さんは知っているらしいが―――あの人は歌も滅茶苦茶に上手い。


魂を震わせるような声の持ち主なのだ。


多分天才の類ではあろうと思う。


エリスが肩をすくめて、


「でも実際勿体無いわよねえ。そこまで才能多才なのに」


「それこそソコは咲月さんの御心次第だから俺は何も言えない」


才能を人前に出す、出さないの自由もあって然るべきだと銀河は思っている。


才能は共有されるべきだ、なんて公有論はクソッタレだと銀河は思う。


ごく一部の人達のものだっていいじゃないかと思う。当事者達がそれを望んでいるなら、それでいいのだろうと思う。人前に引きずり出されて、それで傷つくのが嫌な人達だって、大勢いるハズなのだ。


時折見かける、咲月さんの背中からは、仄かにそんな雰囲気を感じ取っているのである。



―――だから。俺は。



「咲月さんが表に出ることを望まないならそれで全然アリだと思う」


「見たい人達だっていっぱいいると思うけどなあ」


「そう思うのは人の勝手だが、作品を人前に出すか出さないかも人の勝手だ。欲望だけで人に何かを強いたりすることは出来ない」


銀河はほのかに強い語調だった。


驚いたようなほのかとエリスの前で、璃絵は唇の端に微かな笑みを浮かべていた。


「…何だ、宮原君も私と一緒」


「何がだ?」


「先生の大ファン」


ああ、それはそうだ、と銀河は思う。


そうさ、俺は―――。あの日のあの湖畔の出来事から―――早花咲月の大ファンなのだ。


「…俺は、あの人の絵じゃないけど、別のもののファンかな」


「やっぱり多芸な人なんだ」


「まあそう。俺はそれが大好きだ」


だから尚更、咲月さんのそれを邪魔するようなものは全て排除したいとすら願う。多分完璧にやられてしまっているんだと思う―――。



あの美しい声と、横顔に、多分、あの日、心が滅多打ちにされてしまったのだ。



何度も夢に見る程に。


あの時の美しい残雪の風景が―――。




「後で連絡するよ」


「待ってる」




こくりと跡部璃絵は頷いた。


同じ人に憧れる手前、―――彼女は、友達というか、一種の同志なのだろうかな、と銀河はそんなことをうっすらと思ったのだった。




GWが近づいていた。


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