39.弥生
氷川屋敷は、いつもの食卓ではない。
幾つもの広間をブチ抜いて、宴のような様相であった。
まず上座が主ではない。
でんと座っているのは葵である。
脇に咲月。そして祀。
そこから緋鞠や陽太、晴夏、紅葉と続き、メイや悟、璃絵と銀河はかなり末席の方であった。
ひとまず自己紹介をはじめ、各自の話が終わるのにはかなりの時間を要した。
黒鎧王に絡んだ咲月の過去の話は触れられなかったが、そのうち皆に話すことになるだろうと咲月自身も思っている。ひとまずアレを知っているのは、過去を知る身内だけで良かった。
この屋敷への襲撃については、主が怒ってじきじきに退けたと簡単に語られただけだったし、皆それで納得したのである。
他としては、ひとまず追っ手を退けたのが銀河と陽太。
璃絵とメイも退けたが―――晴夏と紅葉を巻き込んだ。
これについては、咲月が苦笑を隠さなかった。
「…璃絵ちゃんが喧嘩するには少しまだ荷が重かったかしら」
「咲月、幾ら腕試しという面もあっても、ちょっとアレは見捨てておくには忍びないし相手強過ぎだよ」
「そのようね」
咲月も頷き、
「水嵐は、黒鎧王をモデルに作られた凶暴な式神で…。黒鎧王はともかくアレまで出してくるとは思わなかったわ。相当切羽詰まっているようね」
「十分追い詰めたんじゃないかしら」
葵はハンバーグを頬張りながら悠々とそう言った。
「いずれにせよ、そこの璃絵ちゃんを応援する、したいという気持ちが―――その心が追っ手を追い返したんでしょう?まあ相手が余りにも紳士的ではないというのもあるにせよ」
「そういう意味では、広義の意味での璃絵ちゃんが追い返したと言えなくもないのでしょうね」
「それならば、もう、相手を十分追い詰めているのよ」
葵はスプーンを取りながら、
「放逐したはずの娘が、謎の大量の味方をつけている…。これだけでも十分相手にとっては脅威でしょうね。でも、その状況を作りあげたのは、どういうキッカケであれ、そこの璃絵ちゃん自身なのだから、それでいいと思うのだけれど」
「日ノ本最強が喋ると花月の出番がないなあ」
「大師匠様、ちょっと前は出番はまだにすべきみたいなコト言っていたのに」
「自ら出ていったのは弥生ちゃんでしょう?それに貴女はそんな程度の私の言葉を信用している訳なのかしら」
「胡散臭いなあ日ノ本最強」
葵には良くあることである。祀の言葉にただ酌を受けながら笑っていた。
一方で悟や銀河も、璃絵の買って来たCDのジャケットを眺めながら、上座方向の主をチラ見していた。
「…お嬢様、歌手だったのですな…」
「…道理で」
クソ上手いと思った、と銀河。
中山弥生の名前は、銀河も知っている。一昔前に流行ったアイドルだ。―――目の前と同一人物とは思えなかったが。
陽太が頭を抱えていた。
「…俺かつてファンで全部CD揃えてたのに…!!握手会にも行ったのに…!!」
「やっちゃったねー小菅センセー」
「あんまり突かないでくださいね。お姉先輩あんまり触れられたくない過去だから」
緋鞠の釘刺しに頷く教職員や生徒達である。月守晴夏が味噌汁を啜りながら、
「中山弥生…アイドルとしてもそうだけど、裏世界でもかなり有名だった異能者ね」
「そうなんですか?」
「弥生は芸名。陰陽師としては氷川花月。陰陽師五大の家氷川家最後の生き残りにして、滅茶苦茶な破壊力を誇る陰陽師の術者としても名が売れてたんだよ」
晴夏の解説。へえ、と頷く皆。璃絵も真顔で、
「…跡部は所詮玉川の下。でもココは五大、氷川の本家とも言える。私が信頼してるのはソコ…」
「璃絵ちゃん注意してね。お姉先輩、氷川の家は良く思ってないからね。継ぐ気もないし」
「…うん」
こくんと頷く璃絵。咲月から声がかかる。
「フォローありがとうね緋鞠」
「お姉先輩聞いてたんだ」
「聞こえているわよ」
苦笑であった。
「気を回させるわね」
「大丈夫だよお姉先輩。私からはフォロー入れておくから、お姉先輩は葵さんと祀さんに集中して」
「あら緋鞠ちゃん私はのけ者?」
「そんなつもりないですけど」
「大師匠様はだって若い子とは話が合わな」
瞬間、咲月の姿が消えていた。祀は庭の方に視線をやった。
悟が縁側の窓ガラスを開ける。夜の庭、広い池の真中に、咲月が犬神家状態になっていた。
一同唖然。
「それは私が年増だとか言いたいのかしら弥生ちゃん?」
「日ノ本最強は平常運転だなあ」
「祀ちゃんエビフライ食べる?」
「頂く。それよりも葵」
祀は葵に酌をしながら、神妙な視線であった。
「…この先どうなるのであろうかな」
「街が荒れるのが心配?」
「別にそんなことはどうでもいい。この街が荒れるのは良くあることだ。反逆の街だからな」
祀は声を一段階落として、
「そこの璃絵のことだよ」
「…近いうちに解決するでしょうよ」
「そうなのか?」
「少なくとも弥生ちゃんが動くことを決めたみたいだし」
「あいつ、師匠ぶって高みから動かないことを決めてたと思っていたが」
「そうもいかないでしょうよ」
葵は笑っていた。
「少なくとも黒鎧王を消し飛ばして、ここまで多くの人を巻き込んだ以上、自分が出ざるを得ないとは踏んだんじゃない?それにどっちみち、もうあの娘…璃絵ちゃん一人じゃ手に負いかねる規模に発展してるのも事実よ。弥生ちゃんの希望としては、璃絵ちゃんとそこのお銀君で何とかやって欲しかったんでしょうけど、そうもいかなくなった…状況が早く回り過ぎたのと、弥生ちゃんの指導力不足でそれが出来なかった」
「…読み違え、か」
「そこが弥生ちゃんの未熟なトコロよ」
大師匠は辛辣であった。祀に声は良く聞こえるが、その実、下座一同には聞こえていない―――聞こえないようにしているのである。
「結局引っ込んでいたかったんでしょうけど、そうもいかなくなったわね。そろそろケリをつけると思うわ」
「…」
「最初から、跡部ばかりではなく、上役の玉川が動き出したら動くと決めていたらしいし」
葵は言う。
「今回ので跡部は駒を失くしたわ。もう玉川に泣きつかざるを得ないでしょう。しかし―――」
「…うむ」
「一気に、弥生ちゃんにはそれを封じられる手があるから、まあ、まず、そうするでしょうね」
葵は意味深にそう言った。




