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星の降る町  作者: 笹霜
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34.葵

同時刻より少し前、氷川屋敷。


その縁側では、安楽椅子に腰かけた咲月が、帰って来た管狐―――彼女の式神―――から報告を聞いていた。


「そうなの、大体のところは分かったわ」


「ふにゃにゃ」


「分かったわ、戻っていいわよアミダ。お疲れ様。今夜はハンバーグよ」


「ふにゃあ!」


嬉しそうな鳴き声を上げて、管狐は廊下を駆けて奥に戻ってゆく。


その様子を見ていた朱鞠内緋鞠は、苦笑しながら、敬愛する先輩の横顔に目を向けた。


「相変わらず現金な式神ですねお姉先輩」


「お肉に目がないのよ」


そう言う咲月は、優しい眼をしていた。


氷川屋敷の縁側は、開け放たれて、いつものように広々とした池が良く見える。


青々とした水面の内側で、鯉や鮒、はたまたオイカワやタナゴといった魚も遊泳しているのである。


畔に植えられた菖蒲は、既に紫色の蕾を大輪に花開かせようとしていた。


夕が近い。


夕焼けは過ぎて、青みが差してきた空。既に夕餉の匂いが漂って来た氷川屋敷。奥で悟が調理しているのである。


今夜、朱鞠内緋鞠がやってきているのには、特に深い意味はない。


ただ、緋鞠はお姉先輩と話したかっただけで、咲月もそれを当然のように受け入れていた。


そして、縁側でお茶をしているのである。


卓の上には、いつものように、古びていながらお洒落なカンテラが一つ。


そしてコーヒーカップが二つ。二つともカフェオレ。咲月謹製の一品である。


「全く、少し多く淹れたと思ったら、緋鞠嗅ぎ付けるんだから」


「いいじゃないですか、お姉先輩上手ですし」


「全く…。今度教えましょうか緋鞠」


「えー」


だが緋鞠、口を3の字に曲げて、


「霧夜さんから教わってもアレなのに、お姉先輩から教わっても上手くなるもんなんですか」


「それは私を馬鹿にしているの?と言いたくなるけど…」


しかしそこで、咲月は苦笑を浮かべた。哀しみの感情が、少し混じっていることに緋鞠は気づいた。しかし、まずいことを言ったという後悔はなかった。


この話題に、緋鞠は触れることを躊躇しない。


「…でもそうね。寮監さんが教えて限界なら、私が教えたところで、仕様もないものね」


「ホントに諦めるんだお姉先輩」


「私は、あの人に及ぶところはないわ」


そう言って、咲月は、儚げな微笑みであった。壊れそうな、霧のような笑みであったが、緋鞠は口を尖らせていた。


「でも、お姉先輩だって、修行したんでしょ。散々。あれから。それなのにどういうコトなんですか」


「緋鞠。確かに私は、戦闘能力という意味では、寮監さんにも今は勝るかも知れない」


そこで咲月は、コーヒーカップに手を伸ばす。


「しかし、あの人のものの教え方―――人の上に立つやり方は、まだ真似出来ないわ。だからこそ、今、修行中なのだし、大師匠様も私をそうしたのよ」


「そうなんですか?」


「戦闘能力は、まあ、大師匠様から一定の評価を貰ったわ。―――でも、人を教えて指導するのは、実際やってみないと分からないだろうからと、大師匠様は私に氷川屋敷をやらせているのよ」


その言葉に、緋鞠は暫く無言であった。


無言というより、絶句であった。


その唇が、ぽかんと開かれている。


「…お姉先輩。ということは、お姉先輩、独立してるとか、そういうことじゃ…?」


「違うわよ。まだ修業中。修業中の身よ。大師匠様から言われて、やっていること」


無論、ある程度自分の好きなようにやってはいるけれど、と咲月は言った。


緋鞠はカフェオレに手もつけず、ただ呆然とした眼で、


「…いつ、修行終わるんですか?」


「さあ?」


咲月は微笑んでいた。


例の儚い笑みであった。


「…少なくとも、もう、愛おしい人を失うことのないように。世界全てを敵に回して、それでも戦えるくらいになるまで…」


「…本気なんですか」


「本気よ?」


池の魚が跳ねる。


水面の月が揺れる。


「…それくらいの力を得るまで。力を手に入れるためなら、私は何であろうと躊躇いはしない。たとえ天魔外道の力であったって、それで力が得られるなら、私はそうする。それで愛おしい人を守れるのなら―――失わないように出来るのならば、私は力を求め続けるわ」


「…お姉先輩」


「私は二度も三度も、恋しい人を失った」


目の前で、失った、と咲月は言った。


「両親も、寮監さんも、私の目の前で消えてしまった」


「…お姉先輩」


「…だから、もう、繰り返さないの。二度と。繰り返したくないから、私は力を求め続けるのよ。無力な自分に絶望しないように」



『力が欲しいか』



そう、咲月は、銀河に言った。


まさにその通り、咲月自身が、力を追い求める者だからこそ言い得る言葉でもあった。


咲月はカフェオレを飲み干して、


「湿気た話は御仕舞にしましょうか緋鞠?」


「…先輩がそんなこと心に決めてたなんて、初めて知りました」


「話してなかったからね」


「今度は話してくださいね」


約束ですよ、と念を押す後輩の目は、微かに潤んでいるように見えた。咲月は苦笑を浮かべながら、そんな後輩の頬に手を伸ばす。


「…緋鞠は私に懐きすぎじゃないかしら?」


「だって、お姉先輩のこと、好きだから…」


そこで、潤んだ瞳の光が増した。その涙を指先で拭いながら、咲月は溜息を一つついて、優しく小さく。


「…私も、いい後輩を持ったわ」


「先輩」


「まだ、友達でいてくれるかしら」


「―――ずっと、先輩についていくつもりでしゅ」


鼻水を啜り上げる緋鞠。


いつの間にか悟が傍にやってきていて、こっそりティッシュの箱を卓に置いてゆく。咲月はそのティッシュで緋鞠の頬を拭うと、不意に安楽椅子から立ち上がった。


その衣が変わっていることに、緋鞠も悟も一瞬で気付いた。


早花咲月は、一瞬で、霊装を展開していたのである。


橙の狩衣に、深緑の袴。黒漆の刀を腰に差して、その柄に手をかけていた。


その瞳が、殺意を帯びて煌いていた。



「やるじゃない。悟にも緋鞠にも気づかせず、結界を潜り抜けて、ここまでやってくるなんて」



「―――!?!?!?」



緋鞠も悟も仰天する。




―――誰かいるのか。



しかし、二人には、その気配が微塵も感じ取れないのである。


悟も、緋鞠も、戦いを重ねた異能者―――それも人ですらないバケモノである。


しかしそんな彼ら彼女らを以てしても、その気配は微塵も感じ取れはしなかった。


咲月は唇に笑みを浮かべていた。


だがそれは、先程の笑みではなく。


殺意満点の、笑みである。


「私も気づかなかったわ、屋敷に入られるまでは」


「―――」


「十分私の相手になるでしょう」


咲月は縁側から、庭に向けて、その刀を抜き、振るった。


数十閃の閃光が、コンマ一秒の間に駆け抜けた。


悟や緋鞠の目も眩む鮮やかさであった。


時が止まったのではないかという一瞬のうちに、放たれた凄まじい数の斬撃。


しかし、その全てを、『彼女』は、その手にした鉾で弾き飛ばしていた。


あっと悟も緋鞠もそこで息を呑む。


庭に、一人の女性が立っていたのである。


先程までは、影も形も見えなかった位置に、一人の女性が立っていた。


長い黒髪を、腰まですとんと落としている。シックな青の着物の上から、紫の道行コートを着こなした、妙齢の美女であった。


その深海より蒼い瞳が、笑みを浮かべて、縁側に立つ、屋敷の主を見つめていた。


「…下手な芝居ね。私の正体に気づいていたクセに」


「緋鞠を驚かせようと思いまして」


「嘘仰い」


女性は鉾をくるくる舞わせてからどこぞに消すと、扇を取り出して、それを広げて顔の下半分を覆った。

ぞくぞくするほど、妖艶な仕草であった。


「最初の一言二言めまでは、気づいてなかったわね?」


「不覚ながら」


「私に嘘をつこうなどと、良い度胸をしているわね?」


「すみません、大師匠様」


「まあ、良いわ。コーヒーを一杯貰おうかしら」


そう言って、その女性は草履を脱いで、縁側に上がってくる。硬直している悟に向けて、咲月はピシャリと一言を放った。


「椅子の準備をなさい」


「は、はッッ!?」


悟は何が何やらサッパリ分からない。


しかし、この屋敷の主―――それよりもはるかに格上であろう相手ということは、一瞬にして分かってしまった。分からざるを得ない相手だったのだ。―――それほどの気の圧力を、この人物から、悟は感じたのだ。



―――この御方は、ヤバイ。



もしや―――。



コーヒーポットを取りに奥に消えた咲月の後ろ姿を見送って、例の女性は、悟の用意した安楽椅子に腰かけた。


悠々とした仕草が、堂に入っていた。


その蒼い瞳で、緋鞠を見つめていた。


「少しご無沙汰してたわね、朱鞠内の末っ娘ちゃん」


「…誰かと思えば、(あおい)さん」


「お姉さんはお元気かしら」


「頼りがないのは息災といいますし」


「まあそうね。御両親とはこの間茶飲み話をしてきたのだけれど」


咲月が早足で戻ってくる。


女性―――葵は咲月の手からコーヒーのマグカップを受け取ると、それを口にした。


「相変わらず良い腕前ね。霧ちゃんのものより良くなっているわ」


「…そんなことはないと言いたいのですが、大師匠様の手前ではそれは禁句ですね」


「その通りよ。私の言うことには逆らわないことね」


ニヤリと蛇のように笑って、葵はコーヒーの三分の一ほどを空けた後、一つ息を吐いた。


「面白そうなコトをしているじゃない?弥生(やよい)ちゃん」


「管狐のケゴンが大師匠様のトコロへ行ったハズですが…」


「報告は聞いたわ」


その言葉に葵は頷く。


今や緋鞠も咲月も座ってはいない。緋鞠は立ちっぱなし、そして咲月は―――『大師匠様』と呼ぶ女性の前で、片膝をついているのだった。


主のそんな姿に、悟は呆然とするしかない。


葵は言った。


「とりあえず緋鞠ちゃんも弥生ちゃんもおかけなさい。いつまでも貴女達を立ちっぱなしにさせるほど私は悪趣味でもないわ」


「思えば大師匠様とお喋りするのも一年ぶりくらいですね」


「そうかしらね」


とぼけたような葵の口調。咲月と緋鞠は腰を下ろす。カンテラを囲んで卓は三人となる。


「話は戻るけれど、報告は聞いたわ弥生ちゃん。面白そうなことしてること含め」


「お耳には入っていると思っていましたが」


「少しモタモタしているように見えたけれど、私の思惑をきちんと読んでくれたようね。とりあえず今のままで結構よ弥生ちゃん、方向性に関しては私は何も言わないわ」


葵はそう言って、ニヤリと笑う。


「貴女には大体仕込めそうな術は全て仕込んであげたわ。あとは人の上に立つ経験、そして洞察力…」


「…」


「まあ、まだ貴女の恋する霧ちゃんには及ばないみたいだけれど、そこは経験で補うしかないわね。向き不向きもあるし。頑張りなさい。貴女なら出来なくはないわ」


ただ咲月は頭を下げただけだった。どこか嬉しそうな笑みが、緋鞠にも悟にも印象的だった。


葵は扇を広げて、


「あと管からの伝言を聞いたわ。想音ちゃんへの釘刺しはやっておいたから安心なさい」


「ありがとうございます」


「あの馬鹿への釘刺しなら幾らでも聞くわ。お銀君とやらの生まれを探っているようだけれど、まあ、そこは頑張ってみなさい。私が手出ししても貴女のためにならないでしょうから」


「そこは重々」


「大体貴女は何でも出来るでしょうから、私から言うことはもうあんまりないのよ。…まあ、先程を見る限り、剣のキレが僅かだけど鈍っていたわね」


葵はそこで、すっと目を細めてみせた。どこか空恐ろしい迫力を持った眼であった。


猛禽類に似た―――人外の眼である。


見る者の背筋を震わせるに十分な迫力を持っていた。


「少しアトリエに籠り過ぎじゃないかしら?」


「肝に銘じます大師匠様」


「あと、管も情報を拾ってくるであろうけれど、跡部は今のトコロは自分のトコで処理をするつもりらしいわね」


その言葉に、緋鞠の背筋が伸びる。咲月が頷いていた。


「ならまだ、私の出る幕じゃないですよ大師匠様」


「出る幕は心得ているらしいわね」


「玉川が出てきたら、私の出番です」


「よろしい」


葵は扇子を閉じた。乾いた音一つ。


「本当に何も言うことはないわ」


「じゃあ何のために?」


「退屈紛れに」


「相変わらずお師匠様らしい」


咲月は笑っていた。カンテラが揺らめく。緋鞠が興味津々な顔で、


「それじゃあお姉先輩、今夜は葵さんもご飯一緒?」


「たまにはそれもいいかしらね」


「大師匠様のお口に合うものが出来るかは分かりませんが」


「久々に弟子の料理の採点でもしようかしら。そこの(さとる)はとりあえず外に行かせなさい」


その言葉に、悟の背筋がギョッと伸びる。咲月が微かに眉をひそめた。


「…大師匠様、それは…?」


「弥生ちゃん、修行が足りないわね。今度鍛え直してあげるわ」


葵は溜息であった。悟も緋鞠も首を傾げる。


「市内を、屋敷に向かってくる男達がいるわ。数は14。跡部の雇った傭兵ね」


「…!」


「もっとも、そこの覚で事足りるでしょう。向かわせておきなさい。貴女は夕餉の準備。私は緋鞠ちゃんと、そこの子と話をしているわ」


葵は再び縁側に目をやった。


庭の砂利の上に、一つの影が浮き上がって、やがてそこにソレが輪郭を現した。


巫女服の上から、ローブと帽子をかぶった、頓狂な神様が一名―――。



「おお、久方ぶりだな『日ノ本最強』!」



庭に姿を現した、小柄な神様は、尊大な口調で、だが歓迎の笑顔であった。ニコニコと上機嫌そうに笑って、氷川屋敷の来客を歓迎する。


「いつぞやぶりだ?!ここ数年噂にはさんざ聞いていたから息災とは知っていたが、いつぶりだろうな!」


「久しぶりね祀ちゃん。百年ぶりくらいかしら」


「ともあれ歓迎するぞ!そして相変わらずのキレだな!ここに向かってくる不逞の輩を正確に把握するとは!」


そして祀様、ニヤリと笑い。


「それではそれ以外にも分かっているのだな?」


「ええ、市内でも二箇所に物騒な気配があるわね」


「流石、流石!神である余にも劣らぬどころか上回るその力、相変わらず冴えているなあ!余にもその力分けて欲しいくらいだ」


「修業する?弥生ちゃんみたいに」


「流石にそれは勘弁願うなあ」


だがそう渋い顔で言いながらも、祀はケラケラと愉快そうに笑っている。純粋に楽しそうであった。懐かしい旧友と出逢った、楽しい笑顔であった。


「花月の師匠をしていると聞いてはいたから、近々会えるかとは思っていたのだ。会ったら顔を出そうかと待っていたのだぞ。ようやくよくぞ来てくれた」


「待たせたようね。特に用事もないけれど」


「余も何か用事があった訳ではないぞ!」


けらけらと祀は笑う。


「だが、葵、お前がいると退屈しないのも事実でな。余はこれでも、世の理全てに反逆するお前の生き方に憧れているのだ」


「貴女は微妙に中途半端ですものね」


「うむ。何だかんだで人の在り方に左右されるのが神ゆえにな…」


祀は若干気まずい笑顔になったものの、再びからりと表情を変えて、


「だがともあれ会えて嬉しいぞ葵。余の社でもてなすことが出来ぬのは残念だが、花月の縁だ、また顔を出してくれると余も嬉しいぞ」


「ええ。でもとりあえずさし当たっては弥生ちゃん」


そう言って、葵は咲月に目を向けた。


師匠から『弥生』と呼ばれている咲月は頷いて、


「悟。色々訊きたいことがあるのは分かっているわ」


「は…」


「でも後回し。ひとまず集中して、結界をくぐって来た敵をあしらってきて頂戴。夕食は私が作るから、心配しないで大丈夫よ」


咲月の命令は絶対である。


悟は確かに、色々と尋ねたいことはあったが―――それは後でいい。


今は、屋敷の主の命令が絶対であった。


悟は一礼するや、その場から消える。実際凄まじい速度で立ち去っただけなのだが、それゆえに消えたように見えるだけであった。


悟の立ち去った少し後の沈黙。


瞳を静かに閉じていた咲月が、改めて目を見開く。


「…確かに気配がありますね」


「剣呑だがまあ、心配するには及ぶまい」


「とりあえず料理をお願いね」


祀の言葉を裏付けるかのような師匠の言葉。咲月はさっと狩衣の袖を翻して奥へ消える。


星の輝き始めた空の下。


カンテラの灯りの傍。


先程まで咲月の座っていた安楽椅子に祀は腰掛けて、ふんぞり返って客人を見た。丁寧に魔法使いの帽子は足元に置いている。


だが、祀はそのドヤ顔の中に…どこか切なさを欠片程浮かべたような表情であった。


「日ノ本最強は、何もかもを知っているのだろうな」


「せいぜい、弥生ちゃんを気に入ってあげなさい祀ちゃん」


「分かっている」


頷く祀。緋鞠が首を傾げるが、葵は「深く詮索しないでいいことよ」と釘を刺すように言った。柔らかい口調であったが、緋鞠の疑問を引っ込ませるには十分だった。


だがその代り、緋鞠は一つの疑問を口にする。


「…葵さん」


「何かしら?」


「お姉先輩が、最近…といっても三年前くらいまで、行方不明のことがありました」


三年前くらいからは知ってますけど、と緋鞠。


「それまで行方不明で、私お姉先輩には、『修業してた』って言われただけなんですけど、もしかして…お姉先輩が大師匠様なんて呼ぶってことは、葵さん」


「そうよ」


葵は扇子をパチンと閉じて、涼やかな笑みを浮かべてみせた。


「私のところで修業してたわ。四年半前くらいから、三年ちょっと前くらいまで、ちょうど丸一年とちょっとね」


「…やっぱり」


緋鞠は頷いた。


「…お姉先輩、人が変わったようになってました」


あんなにお淑やかじゃなかった、と緋鞠は言った。


「…もっとやんちゃで、明るくて、…強引で、自信たっぷりで、グイグイ押せ押せな先輩…」


「緋鞠ちゃん、今もあの子、そこの根っこのところは変わってないわよ?」


気付いてなくて?と葵は扇子を向けて緋鞠に問いかけた。だがそのしたり顔の問いかけに、緋鞠は苦笑しながら頷いてみせる。


「分かってますよ。もちろん。今も大胆不敵ですし、ふてぶてしいですし。いつもの通りお喋りですし」


根っこのところは変わらない。


緋鞠は笑っていた。


「…最初はショックでしたけど、ちょっと付き合ってみれば、やっぱり先輩は先輩でした。面倒見いいですし、大胆ですし、何だかんだで惹きつける所は変わらないですし。…だから私、やっぱりお姉先輩についてこうって」


「上っ面が変わっただけよ。私に散々鍛えられて、お作法も仕込まれたものだから、少し表が殊勝になったように見えるけれど、根っこは弥生ちゃん、変わらない」


なかなか相変わらず図太い子よ、と葵は笑っていた。


「人に懐くと本当に真剣なのも変わらないわね。そこは緋鞠ちゃんも良く似てるけれど。だから私も割とマジになっちゃったわ」


「ほう、『日ノ本最強』が本気を出したか」


笑うのは祀。


葵は咲月が置いて行ったコーヒーのポットを取り上げて、祀のカップに注ぐ。祀はそれを上機嫌で受けた。


「花月が淹れたコーヒーを『日ノ本最強』こと鷺山葵に注いで貰うとは、天変地異の前触れかな?」


「星嶺は弥生ちゃんがいる限り暫く物騒でしょうね」


「ま、上等だな」


だが祀は笑ってコーヒーを口にした。


「ところで葵、修業といっても一年ちょっとだろう?何を花月に仕込んだんだ?余の社に挨拶に来た時は凄まじいまでの術の極めようで、土地神たる余も仰天したものであったが…。今思えば、葵が力を入れたとなれば納得も出来る」


「陰陽の術―――まあ私の我流だけれど、強いて言うなら鷺山流妖術とでも言うべきものかしらね。それを基礎に、剣術はじめ武芸百般、魔術、占術、結界術、加えて芸能」


ここまで弟子に仕込んだのは久方ぶりね、と葵はウインクしながら胡散臭い雰囲気を醸し出している。


「あの子は最初の師匠…霧ちゃんみたいな油彩画の能力は無かったわ。でも日本画は長けていたからその手ほどきをしたわ。あとは書道、歌唱、舞踊、茶道、華道、和楽器全般」


「…そんな時間あったんですか、一年で」


「馬鹿仰いよ緋鞠ちゃん」


葵は扇子を弄びながら笑っている。


「私の作った特殊結界内で鍛え上げたわ。一ヶ月が十年になる結界でね」


その言葉に、祀と緋鞠の両名の背筋が硬直する。


緋鞠は既に青い顔。祀もコーヒーを半分程残したまま、首を伸ばして話に喰いついた。


「…それで一年間か」


「一年ちょい。たまの外出を除いてね。約百五十年といったところかしら」


実質百五十年。


百五十年の間―――この屋敷の主は、この女のたもとで、修行していたのだというのである。


葵はさらに唇をゆがめた。


「でも百五十年といっても昼夜の別はないわ。傷を負おうが死のうが即座に回復するし。休憩とか睡眠とか無駄な時間とかは一切ナシの百五十年」


「…実態としては、三百年ってトコロですか…」


「否だ緋鞠。さらに葵の直接の指導つきだ。常人が千年かかろうが極められない術をも、極めてしまったとしてもおかしくはない」


祀の言葉に、葵は妖艶に笑んだだけだった。


「何せ…『日ノ本最強』だからな。それくらいのコトを弟子にしでかしていても、おかしくはない」


「彼岸花の紋をあの子に許すくらいには鍛えたわ」


そう言って葵は笑う。緋鞠はその紅の眼を葵に向けた。


「そういえばお姉先輩、揚羽蝶紋を使ってますけど、氷川の紋じゃないですよね」


「霧ちゃんの紋なのは緋鞠ちゃんも知っての通りよ。霧ちゃんが大好きだったあの子らしいチョイスだけれど、あの子の狩衣には彼岸花も縫われているわ」


「『彼岸花紋』か」


祀は言った。


「『日ノ本最強』葵の紋…」


「そう」


葵は頷き、


「今まで『彼岸花』を私が公認で許したのは三人だけよ。まあ弟子が勝手に使っている場合もあるけれど別にそれほど咎めるものでもないし…でもまあ弥生ちゃんは三人目」


葵は扇を閉じて、


「私の修業…まあ基礎コースだけれど、ソレを潜り抜けた弟子は二人目よ。血筋が良かったのは否定しないけれど、根性もある。霧ちゃんの縁もあったとはいえ、良く出来た弟子ね」


「…それは、花月が志願したのか」


「当然よ」


葵は言った。


「あの子が…もう、何も失いたくないからと、私の家の前で、ずっと私に願い続けていたのよ、ブッ倒れるまで」


「…」


「仮にもその段階では孫弟子にあたってはいたから、私も邪険にはしづらかったし、―――ま、私も面白そうと見込んだというのもあるわ」


結果としてそれなりの形にはなったわ、と葵は言った。


「とりあえずあとはメンタルね。あとは多少人波に揉まれればそれなりになるでしょう。今まで散々人波に揉まれてきた子ではあるから、人の下で働く辛酸はなめ尽くしているいけれど、人の上で働く経験はまるでないし」


「…だから葵さんは…」


「そういうことよ」


こくりと緋鞠の言葉に葵は頷き、


「さて、少し冷えてきたから、中に上がりましょうか。久々の弟子の料理も楽しみね」



そう言って、悠々と立ち上がったのだった。

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